第4話 クラスメイトの少女は、透の幼馴染に絶対に勝ちたい
愛乃と本屋で遭遇した翌日。
午前の一時間目の英語の授業が終わり、短い十分間の放課(愛知県では休み時間のことをこう呼ぶ)となった。
透は小さくあくびをした。
(……眠い)
昨日の夜は録画していたアニメを見て、積読していた海外の推理小説を読んで……としていたら、つい夜ふかしをしてしまった。
寝たのは午前三時だから、完全に寝不足だ。
次の時間は世界史。
この学校は、進学校であると同時に、自由放任の校風が特徴だ。
つまり、厳しい教師以外の授業なら、授業中に居眠りをしていても、何も言われないことが多い。
世界史も居眠りしていてもおそらく何も言われない。けれど、透が唯一楽しみにしている授業でもあった。
もともと透は歴史が好きだったが、世界史の教師は雑談が圧倒的に面白かった。
ということで、眠るという選択肢はない。
けれど、休み時間のあいだは眠気がひどい。いつもなら、本でも読んで過ごすところなのだけれど、このままでは寝てしまいそうだ。
そのとき、背後からバシバシと背中を叩かれた。
「……痛い」
透が感想をつぶやくと、相手は透の目の前に回り込んだ。そして、「眠そうにしてたから」とからかうように言う。
その女子生徒は、猫のような瞳を細め、微笑んだ。
「おはよう、連城!」
「桜井さんは元気だね」
透は肩をすくめた。
目の前の少女は「そう?」と首をかしげ、セミロングの綺麗な茶髪がふわりと揺れる。
彼女の名前は桜井明日夏。透とはクラスメイトで、中等部以来の知り合い。それ以上でもそれ以下でもない。
明日夏はすらりとした美人で、明るい性格の人気者だった。
制服をおしゃれに着崩している。
少しギャルっぽい見た目に反して、成績は極めて優秀でいつも学年一桁前半だ。
おおよそ、非の打ち所のないタイプの人間だ。普通なら、透はこのタイプの人間にあまり近づかないようにしている。
そんな明日夏とときどき話すような仲になったきっかけは、透の幼馴染だった。
透は微笑んだ。
「ところで、今度の定期試験では近衛さんに勝てそう?」
「もちろん!」
ぶんぶんと手を振り回して、明日夏はガッツポーズを作った。
近衛さん、というのは、透の幼馴染の近衛知香のことだ。もう透は、知香のことを名前では呼ばない。
それはそれとして、明日夏は知香のことを目の敵にしている。
というのも、明日夏はとても優秀な少女なのだけれど、いつも知香の下に甘んじていた。
中等部時代、成績は知香が学年一位、明日夏が学年二位ということが多かった。生徒会長選挙も、一騎打ちの上で、明日夏が敗れた。
他にも学年のテニス大会でも、決勝で負けていた。
すごく優秀だけれど、一歩だけ知香に及ばない。
それが桜井明日夏という子だった。
なので、明日夏は知香を勝手にライバル認定して、必ず勝つと固く決意しているようだった。
そこで、透の出番である。明日夏は、透が知香の幼馴染だと知り、知香に勝つために近づいてきた。
それが中等部三年のときだった。
ところが、残念なことにそのときには、透と知香はもう疎遠になっていた。
(だから、桜井さんからしてみれば、俺は役立たずだったと思うんだけどね)
ところが、それ以来、縁が続いているから不思議なものだと思う。
とはいえ、時々話すクラスメイト以上でも以下でもないのだけれど、たまに他の男子生徒から羨ましがられることがある。
明日夏も知香と並ぶほどの美少女だ。しかも知香と違って親しみやすいフレンドリーな性格をしているから、かなりモテると思う。
本人はあまり色恋沙汰に興味がないようで、透の知っている範囲の明日夏は、「打倒近衛知香!」に燃える愉快な少女でしかない。
そして、そういう明日夏のことを、透は嫌いではなかった。
透は、知香の隣に立つのにふさわしい人間になろうとかつて思っていた。そして、とっくの昔に挫折した。
でも、明日夏は諦めずにチャレンジを続けている。たとえどれほど負け続けても。
そういうところが、透にとってはまぶしかったし、羨ましかった。
明日夏がひそひそ話をするように、透の耳に顔を近づける。
女の子特有の甘い香りがして、透は一瞬ドキリとする。
(また他の男子生徒から嫉妬されるな……)
透は心の中で苦笑した。
そんな透の心中になんて、明日夏は気づいていないだろう。
「ねえ、あの知香の弱点、なにかないの? 一発で倒せちゃうような致命的な弱点とかさ」
「たとえば?」
「蛇がすごく苦手で、見せただけで失神するとか?」
「そういう話は聞いたことがないなあ」
あの知香に限って、そういうわかりやすい弱点はない。
透は、幼い頃から知香のことをずっと知っているし、そして知香が完璧超人だとわかっていた。
……その知香をしても、どうしようもないことがあったけれど、でも、それは弱点とは違う。
それに、仮に知香に弱点があったとしても、無意味だと思う。
「桜井さんは、近衛さんの弱点をついて勝つようなやり方では、満足できないんじゃない?」
そういう卑怯なやり方で勝つことを、明日夏は良しとはしないだろう。自分の力で知香に勝ってこそ、意味がある。
そう考えているはずだ。
浅い付き合いとは言え、そのぐらいは、透も明日夏のことを理解していた。
明日夏は透の言葉にきょとんとした顔をした。それから少し頬を赤くして、嬉しそうに微笑む。
「そうね。よく分かっているじゃない。あたし、連城のそういうところ好きだよ」
「からかわないでほしいなあ」
「からかっているわけじゃないんだけれどね」
明日夏はくすくすっと笑って、そう言った。
【★あとがき★】
次話で教室での愛乃が登場……! なお12/26日(日)までに第一部完結(18話)まで一気に投稿する予定です!
少しでも「面白そう!」「ヒロインたちのことが気になる!」と思っていただけたら……
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