第35話 もう一度走り出す
限界だった。うわぁぁんと泣きながら絶叫する。次の瞬間、ヤコは首の後ろを掴まれ盛大に引き倒されていた。馬乗りになった誰かは、甲高い声を降らせてきた。
「『誰も』守れなかった? うぬぼれてんじゃないわよ! スーパーヒーローにでもなったつもり? 現状見なさいよ、アンタが憧れるレイだって被害を0には抑えられてないの。全部が全部、完璧にできるヤツなんているわけないでしょうが!!」
「お、おいミミカ」
「アンタが居た事で救われた命がどれだけあると思ってんの! アタシだってそうよ、なのに勝手に落ち込まれるとかガチでムカつくんですけど! なによ、つまりアンタが守りたい人の中にアタシは含まれてなかったってわけ? あーそう」
「ち、違……」
あっけに取られて彼女を見上げると、ポタポタと熱い雫が落ちて来た。激昂した彼女は感極まって泣いていた。
「取りこぼしたものを嘆いている暇があるなら、まだ手の中に残っている者を考えてよ……ヤコ」
「ミミカちゃ――」
「それがっ、ガードでしょうがバカぁー!」
バチーンと凄まじい音が響き、容赦ない平手打ちを一発喰らう。
さすがに仲裁され引き剥がされる。ジンジンと痛む頬を押さえて唖然としていたヤコは、ミミカの言葉の意味を考えていた。なんだなんだと外に出てきてこちらを見上げたクルーたちの姿が目に入る。その中には、この船に乗ってから良くしてくれた面々がまだたくさん残っていた。
――この世界でっ、優しくしてくれたみんなを、居場所をっ、守りたい! ぜんぜん役に立たないかもしれないけど、でもっ、ちょっとでもみんなの助けになれるならっ それがガードだと思うからぁッ!!
ガードになる決意をした時に宣言した言葉がよみがえる。そうだ。そうだった、あれだけ大見得を切ったくせに、どうして自分は忘れていたのだろう。涙がボロボロと零れて嗚咽が喉をつかえる。
「う、うぅ、うぅぅ~」
そっと寄ってきたレイが、膝をついて優しく肩に手を乗せた。
「ヤコ、君が成長してないだなんてそんなことは無い。泣き虫……なのは今も変わらないが、それでも君は自分にできる限界を超えてまで努力を重ねてきた。そのおかげで、君に救われた命がこの船にはたくさんある」
心からの声が胸の内にじんわりと広がって行く。泣き言を言ってばかりの自分がそんなにまで言って貰って良いのだろうか。涙を拭って顔を上げると、レイを始め仲間たちが暖かくこちらを見下ろしていた。もう片方の手も肩に乗せて来たレイは、まっすぐにこちらを覗き込みながら言う。
「その上で頼む。あともう少しだけ私を助けてくれないか」
守りたい、この人たちを、今も階下で震えているクルーたちの力になりたい。改めてそう思ったヤコはキュッと拳を握りしめた。
「行きます、私を連れてって下さい」
会議の結果、昼過ぎには荷物をまとめて出発することにした。
そろそろ時間だ。厳めしい顔つきのまま集合場所へ向かおうとしたヤコは、ツクロイが居た箇所に通りかかり足を止める。彼女は相変わらず虚ろな眼差しで通路脇に座り込んでいた。愛しい人の頭を膝に乗せたまま抜け殻のようになっている。
キッと眉を吊り上げたヤコは、彼女の肩を掴んで顔を上げさせた。視線は合わなかったが、それでも少しでも届くよう声を張り上げた。
「ツクちゃん、私行ってくる。ポーラスターに行って必ず助けを呼んでくるから、だからそれまで無事でいて!」
「……」
反応はない。だがヤコは声が届いていると信じて勇ましく立ち上がった。踵を返し親友を後にする。
見送りは少なかったが旅立つ3人は気にしなかった。動ける者は生命線の維持に忙しいだろうし、それにこれを永遠の別れにするつもりは毛頭ないのだから。
「必ず戻る! それまでどうか持ちこたえてくれ!」
レイの宣言を合図に、ヤコたちは遠く見える工場地帯を目指して走り出した。
拠点から出て5分もしない内に、周囲の砂から敵がせり上がり行く手を阻む。ハジメと共に先を走っていたレイが素早く指示を出す。
「最低限の戦闘で切り抜ける! 気をつけろ、どうやら回復能力がだいぶ落ちている、一発かすったらアウトだと思え! ヤコは前進することだけに徹しろっ」
「はいっ」
以心伝心の先輩二人が防いでくれる間を縫ってヤコは駆け抜ける。前方で砂が盛り上がる気配があったので手前で踏み込み飛び越えた。空中で一回転し着地した後は勢いを殺さないままにすぐに駆け出す。
そのようにして一行は風のような勢いで進軍した。怒涛の出現地域を越えたのか、敵の姿が見えなくなったところで岩陰に入り小休憩を挟む。
「それにしてもニアのやつ、なんであんなことをしたんだ」
水の入った水筒を呷ったハジメが忌々し気な顔をする、だがその瞳には苛立ちと共にどこか後悔が含まれているようだった。
「あの野郎、自分から刃に当たりに行ったように見えた。俺は斬るつもりは無かったのに」
「わかっているさ」
レイが乱れた髪の毛を整えながらそう返す。水を飲み終えたヤコは水筒をリュックに詰め直しながら口を開いた。
「でも……不思議なんです、ニアさんは私たちをポーラスターに連れて行くのが使命だったんですよね? それなのにどうして途中で船を落としたんでしょう?」
その問いに二人は考え込む。考えてみればおかしな話だ。ニアがスパイだったとしたらあのまま目的地へ飛んでいれば任務遂行だったろうに。
「罪の意識でも感じてたんじゃないのか? クソッ、あいつめ……」
殺してしまった時の感触を思い出したのだろうか、ハジメの眉間のシワが深くなる。これ以上考え込んでしまう前にと、レイが休憩を切り上げて立ち上がった。
「ここで話していても結論は出ないさ。さぁ行こう、私たちは進まなければ」
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