第34話 もう嫌
ハジメたちが敵を倒して帰ってきたのは、何とか防衛ラインが出来上がった頃だった。出迎えに飛び出たヤコは、彼に背負われているナナの姿を見て足を止める。その全身はぐったりと力なく、肩から投げ出された両手がだらりとぶら下がっていた。
「ナナちゃん……?」
やめてくれ、もうたくさんだと頭のどこかで叫ぶ声が聞こえたが、現実は無情だった。ハジメが小さな体をバリケードの壁に寄りかからせながら言う。
「妙だ。力がいつもより出せない。いつもならこんな怪我すぐにでも回復するはずなんだが」
目の前が真っ暗になるようだった。ニアが裏切り、ツクロイが壊れ、その上さらにナナまで失うと言うのか。その時、うっすらと目を開けたナナは、ヤコの姿を認めると手を伸ばしてきた。
「あ、やこちゃんだ、えへへ、おかしいよねぇ。なんだか、ぜんぜん、元気にならないんだ」
「いい、いいよ、喋らなくていいから、治すのに集中して、おねがい」
泣き出しそうな顔をなんとか堪え、その手を取って祈るように包み込む。あぁ、また同じだ、大切な友達の手が冷たくなっていく。
(神様おねがいです。もうこれ以上奪わないで下さい)
必死に祈るも、物語のように天からの助けが颯爽と現れるようなことはなかった。ヒュウヒュウと苦しそうな呼吸の合間に、彼女は最後の望みを託す。
「ヤコちゃんは、生きてね、ナナの分まで、おねがい……」
「やだ……そんなこと言わないで……大丈夫だよ、レイさんがなんとかしてくれるから、もうちょっとだけ頑張って……」
「ポーラ、すたぁ……見たかった……なぁ。もっとみんなと、一緒に、……、……」
「だめ! ナナちゃん!! ナナ――」
あんなにもキラキラと星のように輝いていた瞳が、ふぅと閉じられる。かすかに上下していた胸の動きが止まった時、ヤコはもう二度と彼女が眼を覚ますことはないのだと悟った。
「……」
涙すら出なかった。頭がぼんやりと霞がかったようで、肩をポンと一つ叩かれるまで自分が誰で、何をしているのかさえ思い出すことが出来なかった。
「行くぞ、弔いは他のクルーに任せておけ。レイが緊急会議のために他のガードを集めている」
***
生き残った者たちを展望ルームだった場所に集めると、その数は6割以下まで減っていた。
総勢9人居たガードは残り5人。食糧と水は、今の人数で分け合えば2日持つかどうか……。これが墜落し、ボロボロになったフォーマルハウトの現状だった。
「まぁあれだ、無理に良い所をあげんなら、もうこれ以上悪くなりようがないっつーとこだよな」
簡易バリケードの屋根の上に集まったガードたちは、それぞれが背中を向け四方を見張りながら会議をしていた。恨めしくなるぐらい良い天気の下で、ムジカが乾いた笑いを上げる。その横に居たミミカは、頭を抱え込んで相当参っているようだった。
「もう訳わかんないわ……あたしたち一体これからどうしたらいいわけ?」
「嘆いていても仕方ない、ここから何とかして生き残る道筋を探さないと」
真後ろに位置する箇所からレイの声が聞こえてくる。こんな状況でも凛とした姿勢を崩さないその強さが羨ましかった。
「つったって、どうすんのよ? 宛てでもあるわけ?」
「少人数でポーラスターに助けを求めに行く」
レイの提案に、顔は見なくとも皆が驚く気配が伝わってきた。しばらくしてムジカが代表して問いかける。
「正気か? あの眼鏡野郎は裏切者だったんだろ? そいつが連れて行こうとしたポーラスターなんてどう考えても怪しいじゃねぇか。敵の巣窟だったらどうすんだ」
「だとしても、ここで干上がるのを待つよりはマシだろう。話の通じる誰か、もしくは文明があるならば向かうべきだ。友好ならばそれでよし、敵だとしても代わりになりそうな船を探して奪い取る」
「い、いつになく過激だな」
だが四の五の言っていられる状況でもないのはムジカも分かっているのだろう。ハァ、とため息をついた彼はその場に腰をドサッと落とした。
「分かった、行けよ」
「え」
「どうせ、お前とハジメが行くつもりなんだろ? オレぁそういった交渉とか探索は苦手だからこの船残るわ」
こン中で上手くやれる可能性があるなら、レイだろうしな。と、続ける。
「オレらはリーダーの帰還を信じて待ってますよ。なぁミミカ?」
「うぇ、まぢムリめじゃん。ガード3人でこのオンボロ砦守れとか冗談きついわー」
「お、じゃあレイについてくか?」
「は? アンタだけに任せるとかこの船見捨ててくようなもんでしょ。残りますけど?」
おそらく、どちらにとっても厳しい状況になるのは間違いないだろう。ただでさえガードの能力が落ちているのに分散させるリスクは――いや、それらを考慮した上でのレイの賭けだ。彼女の判断を信じるしかない。
ここにきてようやく頭がめぐってきたヤコは、この場での防衛戦の役割を考える。
「私も、頑張ります。ムジカさんミミカさんの突破力があれば、コアも見つけられると思いますし」
「いや、ヤコは付いてきてくれないか」
レイの確固たる声の響きに反応が遅れる。キュッと唇を噛みしめたヤコは、無言で続きを促した。
「ニアも言っていたが、やはり君は何か特別なのかもしれない。そもそもが声に呼ばれた事でポーラスターに向かうことになったわけだし、向こうで君の存在がキーになる気がする」
「私、そんな特別な存在なんかじゃ……」
たくさんの親しい者を一度に失ったヤコは、だいぶ情緒の安定を欠いていた。自分が特別だというのなら、なぜ彼らを救えなかったのだろう。急に込み上げてきた涙をポロポロこぼしながら顔を覆う。
「やっぱり私、疫病神です、なんにも成長してない、誰も守れなかった……!」
「ヤコ、それは」
「私なんか連れてったら、きっとお荷物になります!!」
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