第14話 想外の意思
○
「話の続きだが……」
先の一幕から数分後。少し話が長引きそうだからと、青宮先輩が紅茶を淹れてくれた。
紅茶の香りはいつかどこかで過ごした時間を思い出させる。古い紙の薫りが満ちる部屋の情景が浮かんで、そして泡のように跡形もなく消えていった。
「あっちにはとんでもないカリスマが一人いるんだよな。あいつを何とかせんことにはどうにも……」
「……カリスマ?」
「ええ。
「……?」
「その様子だと、まだ見たことない感じだね」
今の質問だけで見たことがあるかどうかわかっちゃうんすか。
「私は何回かお会いしたことがあります。なんて言うか、理想そのものだなって……」
「彼女は私たちの学年の総合成績主席なんです。しかも学園史上最高の成績なんですよ」
「すっごく綺麗で、穏やかな人なんだけど、自分に対して揺らぎない自信を持ってる人なの」
三人の女性たちは一様に結咲先輩の事を憧憬を込めた声音でもって語る。
そんなに凄い人なのか。……早く会ってみたいな。……というかその。
―――『すっごく綺麗』って、御三方よりも綺麗なんでしょうかね。
と思ったが、そんなことを面と向かって訊ける訳もなく。俺はただふんふんと相槌を打つに留めた。
「しかしだ、今選挙に向けてできることは、校内で活躍する、それだけ。特に瀬之上」
「………俺ですか?」
「ん。桜浜は入学式で挨拶しただろ。一年生の中じゃ知名度が群を抜いてる。実力も十分だし、桜浜を支持しようとする奴は生徒会に票を入れるだろうな」
「………えー。何をしろと?」
先生はにやりと笑う。
「知らん。頑張れ」
ちょっと。そこを投げられても困るんですけど。
「全然気負う必要はありませんよ。普通に過ごしていただくだけで大丈夫ですから」
先生の適当な発言に、慌てて青宮先輩が訂正を加える。
……と、言われましても。
「深澄先輩は彩翼天来の代表でしたよね」
「……まあ、ね」
「青宮先輩は彩翼天来の術式を構築してましたよね」
「……そう、ですね」
「……先生、もしかしなくても、あれって飛びぬけて優秀な人達に任せられるんじゃ……」
「ああ。深澄は魔法制御で学年主席。青宮は空間魔法で学年主席。総合で二位と三位だ」
――――俺に求められてるレベル、高過ぎ?
「まあ頑張りたまえよ少年」
先生はそう言って、今日はこれで解散な、と言った。
○
「先生、少し質問が」
青宮先輩と深澄先輩、それから桜浜さんは既に生徒会室を出て、帰路についている。俺は先生に窓閉めを手伝ってくれと言われたので、窓を閉めてかちゃかちゃと鍵をかける。
単調な作業で暇なので、少し引っかかっていたことを訊いてみることにした。
「なんだ?まだ授業も始まってねぇのに」
「いえ。大したことではないんですけど」
俺は短く息を吸った。
「深澄先輩に集合時間を遅く伝えたのは何故ですか」
返事はない。
「深澄先輩は俺たちが生徒会室に着いてから――五分後くらいにやってきましたよね。最初はホームルームの時間が長引いたのかと思ったんですけど、先生は時間をかなり気にされていましたし、終了時間は厳守なんじゃないかと」
返事は、ない。
「桜浜さんと階段を降りてきたときに、青宮先輩は既に一階にいました。なら、学年ごとに終了時間が異なるということでもなさそうです。今日が初対面ですけど、深澄先輩が時間にルーズだということも考えにくい」
風が窓を打ち付けて、かたかたと揺れ出した。
「深澄先輩は入室するときに、ただ、『失礼します』と言っていました。遅れていたのに気づいていたとしたら……文言はどうでもいいですけど、『遅れた』というニュアンスの言葉があったでしょう」
しかし。
「現実はそうではなかった。それは、遅れていたことに気づかなかったから。それは何故か。伝えられた時間が違うから。そう考えます。しかし――何故そんなことをしたのかが、分からない」
俺が窓から目を離し、先生の方を向いたとき、そこには既に先生はいなかった。
そこにいたのは、明晰で特異な頭脳を持っていたがゆえに魔法という奇跡に魅せられ、奇跡が生み出す大海のその水底に沈む何かを――魔法を魔法たらしめているモノを探し求め、情熱と命を注ぎ込み続ける――探究者の男が一人、居ただけだった。
風は大して強くないはずなのに、窓が音を立て続けている。しかしそれは俺の錯覚かもしれない。幻聴を聞いても何らおかしくないと思えるほどに、この空間は異様な気配に満ちていた。男が持つ雰囲気は、永い年を経た自然に酷似していた。
人はそれを見た時に――本能で知覚した時に、畏怖を覚える。
中には恐怖を覚える人もいるだろうが……しかし。いや、だからこそ。
だからこそ、俺は心に歓喜が湧くのを感じていた。
そうだ。それでこその――――霧峰才。
男は薄く微笑んだ。それは先生の笑い方とは明確に異なっていた。
「意図を教えるわけにはいかない。が、ヒントをやるよ」
男はポケットの中を探り、何かを掴んだように見えた。
「一つ目。お前はその問いの回答を、行動で示す必要がある」
男の掌の上には小さい結晶があった。俺にはそれが、先のオリエンテーションで窓外から飛来したものだということが分かった。
「二つ目。俺は――ただ、恩返しがしたいだけだ」
男は掌の中の結晶を俺に向かって放り投げた。俺は何とか両手で受け止める。結晶は微笑むように光を散らしていた。
俺にはまだ男の意図が分からない。しかし近いうちに知ることになるだろうという確信があった。俺は再度、渡された結晶を眺める。
窓から夕陽が放つ斜光が差し込む。男を影絵のように見せるそれは、俺の元へもわずかに辿り着く。結晶は光を受けて、俺の掌を仄かに赤く染めた。
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