第13話 戒黎部

 生徒会室に入り、会議用だと思われる長机に着く。俺の右隣には桜浜さんが座り、斜め向かいに青宮先輩、そして真正面に奴が着席する。

「……あの、全力で箱を投げてましたけど……ファンなんじゃ……」

「それはそれ。罪には罰」

 小声で訊ねてくる桜浜さんに、この世の真理を告げる。

「……瀬之上、お前割と力あるな。この箱軽いのにめっさ痛かったんだが」

「……いえ、箱に怨念的な何かが込もって重量が増したんじゃないですかね」

「俺に避ける隙を与えないとはやるな」

「魔力は全く込めませんでしたからね」

 俺がそう言うと、桜浜さんが不思議そうな顔をして、

「魔力を込めたほうが速度が大きくなっていいんじゃ……」

 と訊ねてくる。まあ、普通に考えればそうなんだが。

「先生には逆効果なんだよ……そうですよね」

 先生は苦々しい顔をして俺を見ている。当たりだったようだ。

 桜浜さんはまだ疑問が完全に解消されたとは言えない様子だったが、細かく説明すると先生の弱点の暴露にもなりかねない。

 だから、桜浜さんには悪いが……今回はちょっと省略。

「それで、何故生徒会室に呼び出したんですか?」

 見たところ他の役員もいないようだし……と思っていると、こんこんとドアがノックされる。

「入っていいぞー」

 先生がそう返すと、静かにドアが引かれ、女子生徒が姿を見せる。

「失礼します……ってありゃ、新入生?」

「そうそう。初日から見学に来るなんて有望だろ?」

「先生が職権濫用して連れてきたみたいですけどね」

 青宮先輩が言うと、女子生徒――深澄先輩は、あははと朗らかに笑う。

「去年の詩織と私みたいだねー。ようこそ生徒会へ」

「よろしくお願いします、深澄先輩」

「よろしくお願いします」

 桜浜さんが優雅な仕草でお辞儀をすると、深澄先輩も、よろしくね、と言って頭を下げる。

「んじゃ、始めますかね……今日ここに呼んだのは、現在の生徒会の立ち位置について理解してもらうためだ」

「生徒会の立ち位置……ですか」

「ああ。まずこれを知っているかどうかなんだが……この生徒会に会長がいないってのは知ってるか?」

 なんだそりゃ。……会長がいないんなら副会長が会長に繰り上がるもんなんじゃないのか?

 と考えながら右隣を見ると、桜浜さんは何の疑問も持っていないようだった。……まじか。

「……存じ上げないです」

 話の大前提の部分を知ったかぶっていると全く話についていけなくなりそうなので、正直に打ち明けるしかない。

「……そうか。えーとだな……さっきの学校行事の説明で、選挙が盛り上がるって話したよな」

「それは存じ上げてます」

「よろしい。で、その盛り上がる理由ってのが、二つの派閥による戦いだっていうことなんだ」

「……生徒会の他に有力な派閥があるってことですか」

「ああ。戒黎部って言うんだが……。昨年度の選挙で、会長がそっちにとられちまってな」

「……正確には生徒会の長ではないので、『会長』ではないのですが、生徒をまとめる者として、形式的に会長と呼んでいます」

 先生の説明に、青宮先輩が補足を加える。……なるほど?

 先生は腕を組んで、斜め上を睨み。

「前回負けた理由は正直……」

 更に視線を鋭くして。

「……『戒黎部』って名前がかっこいいからだと思うんだよな……」

 生徒会室に生半可な事象じゃ塗り返せないほどの決定的な沈黙が満ちた。

 ……いや、ワンチャンあるなそれ。生徒会も改名した方がいいのでは。

 俺がそう言おうとしたとき、右隣から、千年前の空気を閉じ込めたままに存在する氷山もかくやと思われる、鋭く冷たい声が飛ぶ。

「……先生、真面目に考えて下さい」

「ここの生徒が名前で投票先を決めると思いますか?」

「ちょっと考えられないと思いますけど……」

 青宮先輩、深澄先輩からも叱責の声が。

 …………。

 ………………。

 そんなもんかな……。

 

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