第12話 ご機嫌麗しゅう……?

 先輩は先刻と変わらずこの上なく美しい笑みを浮かべているが、俺の手は震え、背中が冷たくなる。

 何か機嫌が悪くなるような出来事があったんだろうか……俺が何かした?

 ともかく現状を知ることが先決だと思った俺は、先輩に近づいていくことに決めた。桜浜さんも俺の後ろを歩いている。

「ごきげんよう、誠月君。楓恋ちゃん」

「ご、ご機嫌麗しゅう……」

 俺は恐る恐る挨拶を返す。

 先輩は一層美しい笑みを形作り、

「入学初日からデートですか?」

 と訊ねてきた。

 俺は一瞬で否定の言葉を返す。

「いやちが」

「そうなんです」

 なん……だと……。

「そうですか……デートにはどちらへ?」

「詩織さんに何か関係があるのですか?」

 ……なんかおかしくね?流石に険悪過ぎね?

「……もしかして、互いに面識が?」

「ええ」「はい」

「「十二年前から」」

 ……あ。

 唐突に俺の脳内に閃きが生じる。

 桜浜家は……青宮家と並ぶ名家だ。国を代表するような名家が互いをライバル視するのはなんら不思議なことではない。しかも両家の令嬢の歳が近いと来たら――比較され、競わされるのは当然の成り行きだろう。

 つまり。

 修羅場確定演出です本当にありがとうございました。

 ○

 この状況から脱するには外部から何らかの働きかけをもらわないといけない。とすれば、とりあえず目的地に移動するしかなかろう。生徒会室には修羅場仲裁に長けた人材がいるかもしれないし。

「……とりあえず、生徒会室に行きません?」

「……あら、生徒会室でデートなんて、斬新ですね」

「価値観は人それぞれですよ、詩織さん」

「……はーいもう行きまーす」

 誰か来てくれ。頼む。胃がもたない。

「誠月君、顔色が悪いですけど、どこか具合が悪いですか?」

「……いえ」

 居心地が悪いです。

「……誠月君を困らせるのは本意じゃないので、一旦休戦しましょうか?」

「それがいいですね」

 と言って、二人の美しい少女達は微笑みを交し合う。

 ……ま、まあ、全く気が合わないってわけでもなさそうだな、うん。

 ……いやちょっと待って?これ最悪の場合生徒会室に入った瞬間に休戦協定の期限が切れちゃうんじゃないの?

 今のうちに何か策を考えておかないと……と思っていたが、すぐに生徒会室に到着してしまう。

 ……何か打開策をもたらしてくれる人いないかな。そう考えながら、生徒会室のドアをノックし、内側からの返事を待ってから「失礼します」と言ってドアを引いた。

 すると。

 見慣れた男の姿がある。

「おお、瀬之上。遅いじゃないか。生徒会に入った初日から令嬢を二人も連れて重役出勤か?」

 俺は素早く思考を巡らせる。俺をこの状況に陥れたのは誰なのか――どうして青宮先輩はあの場にいたのか。今先輩が俺たちに着いてきていることから考えるに、それは生徒会室に呼ばれたからではないのか。どうして俺と桜浜さんが生徒会室に来ることになったのか。生徒会室に生徒を自然に呼べる人物とは誰なのか。

 考える時間はもはや三秒も必要なかった。俺は入り口のわきの棚の上に置いてあったティッシュ箱を掴んだ。青宮先輩と桜浜さんが、え、と呟くのが聞こえた。俺は目標をセンターに入れて右手を軽く持ち上げて振り、最高速度に到達すると思われる瞬間に五指を物体から離すことによって全ての元凶かつ諸悪の根源たる男の鼻面に打撃を与えることに成功し、世界に平和で澄明な風が吹き渡ったのだった。

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