第11話 日暮れ前の空の色

 ○

 滝岡に挨拶をして、俺は先生が待つ教壇の方へと歩いていく。桜浜さんは席が前の方なので、既に先生の前に立っていた。

 二人がそろったのを確認すると、先生は咳払いをして、

「生徒会に興味ない?」

 と訊いてきた。

 …………ん?

「先生って生徒会の顧問なんですか」

「ああ。かなり仕事が多くて残業時間と反比例するように体力がマッハで削れていく」

「そんなことは聞きたくなかったんですけど」

「……あの、私達を選んだのは何か理由が?」

 桜浜さんの疑問は尤もだと思う――いや、桜浜さんだけなら分からなくないのだが、俺を呼んだ理由が分からない。

 果たして、男は何事か呟く。

「なんか面白そうだったから」

「……何て?」

「真面目そうだったし成績も優秀で学園の為に力を尽くしてくれそうだったから」

「明らかに長くなってますよ」

 桜浜さんが少し温度の下がった視線で先生を射抜く。すると先生は悪びれもせず、

「本音は前者だ。俺は勘を割と頼りにする。そして俺の勘は割と当たる」

 と言った。桜浜さんの視線の温度は更に下がる。

 だが……この先生が勘を頼りにしているというのは――嘘ではないだろうが、真実だとも思えない。彼には何らかの思惑が別にあり、しかしそれを明かすことはできないため、わざと適当な言動をして追及を避けているような気がする。

 だとしたら。

 稀代の天才魔術師に、俺が生徒会に入ることによって起こる何かが見えていて――その上で俺を勧誘しているというなら、入る価値は十分にある。そう思う。

「じゃあ俺は入りますよ。面白そう、なんですよね?」

 俺がそう訊くと、先生は何も言わずににやりと口角を上げた。俺も笑みを返す。

 にやにやと笑う男二人の様子を見ていた少女は、数秒間悩んだ後、一度小さく頷いた。

 考えがまとまったのだろうか。

「……なんだかわかりませんが、私も入ります。生徒会の活動には興味がありましたし……」

 桜浜さんがそう言うと、先生はガッツポーズをして喜んだ。俺の時との反応の違いは何なんですかね。順序の問題ですかね。

 ……して、用件は終わったのだろうか。なら一刻も早く帰ろう。そうしよう。

「あの、用件は――」

「じゃあ、今から生徒会室へ行くぞ」

 終わってなかった。

 ……いや、終わった。

 ○

 生徒会室は一階にあるらしい。俺と桜浜さんは荷物をすべて持って、階段を下りていく。

 ちなみにあの教師は先に行っててくれとか言って教室に残った。初対面の男女を二人きりにするとか鬼畜にもほどがあると思うんだが、いかがなものでしょう。

 あー俺から話しかけてみたほうがいいよな。第一印象が大事だって聞いたことあるしな。とか何とか人見知りなりに考えてみる。

 俺は話題を切り出そうと息を吸った。

「……あの、瀬之上さん」

 が、唐突に桜浜さんが声をかけてくる。俺は不意を突かれ、肩が跳ねてしまった。

「ん?」

「……先ほどの先生のお話について、少し意見を伺いたいな、と……」

 彼女が何を言わんとしているのかは見当がつく。

「勘がどうとか、ってやつ?」

「……はい。先生は――その……」

「多分本当のことを言っていない。でもまるっきり嘘でもない、と俺も思う」

 俺がそこまで言うと、彼女は二度瞬きをした。

「……すごいです。心が読めるんですか?」

「いや全然。……考えることは一緒かなと思っただけ。当てずっぽうだよ」

 俺は苦笑を浮かべる。

「桜浜さんもかなりあの先生の事を知っていたようだったし」

 そう言うと、桜浜さんは今まで二段分ほど空けていた距離を詰めて、俺に並んだ。

「どうし――」

 隣に並んだ桜浜さんの目を見て、俺は言葉を続けられなくなる。

 薄暗いこの空間に、突如として光が差したように錯覚する。それは彼女の碧眼が日没直前の空を思わせるえもいわれぬ美しい色彩を有していることに気づいたからで、かつその瞳に喜びの色が拡がっていくのを見たからでもあった。俺はしばしその瞳に見入ってしまう。

、ってことは、やっぱり瀬之上さんも霧峰先生の事をよくご存じなんですね!」

「……ま、まあまあかな」

「でも、私よりも早くあれがサプライズだと気づいてましたよね」

 ……いや待て、席の配置的に、桜浜さんが気づいたことに俺が気づくのは簡単だが、逆はそうも行かないはず……。

 俺の顔に浮かんだ疑問に気づいたのか、少女は嬉々として言う。

「椅子が鳴って、瀬之上さんが外からくる何かに、私とほぼ同時に気づいたことが分かりました。同じ列ですし、大体の位置は分かりますから」

「……お、おう」

「でもその後、杖を出すことすらしませんでしたよね。私は杖を出してから十秒くらい警戒し続けてしまったのに」

 ……しまったな。あの場でそこまで知られていて――しかも、ここまで鋭いとは。

「ということは、先生の意図をすでに理解していたということなんじゃないかと思ったのですが……当たってますか?」

「……認めるよ。俺はかなりのファンだ……君も?」

「はい。でも……私は先生の魔法学への深い造詣と、その術式の繊細な美しさに心を打たれていたので、さっきはちょっとショックを受けちゃいました」

「ああ、だからあんなジト目を……」

 ていうか俺も別に先生の人となりを許容している訳ではないんだが。

 それを説明しようとした矢先、階段の終わりが見える。一階へ着いたようだ。

 こつ、と床へ足を着く。生徒会室は確か右だったよな。

「じゃ、行こうか」

「あの、瀬之上さん……ちょっと……」

「……ん?」

 桜浜さんが見つめている方向を向いた俺の目に飛び込んできたのは、微かに青みがかった見事な髪を持つ女子生徒。

 つまり青宮先輩だった。

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