第9話 門を敲く者
○
「入学式でのパフォーマンスが衝撃的だったからな。俺も負けちゃいられねぇと思って頑張って用意したんだって。……彩翼天来は言わば映画を見てるようなもんだから、ここでしか味わえない、まあその、スリルというか臨場感を味わってほしくて――」
とか何とか言っているが、先生は多分面白い事がしたかっただけだと思うんだ。そしてこの考えは当たっていると思うんだよ。
「……なあ瀬之上、あの先生は当たりか?」
「……腕は確かだよ。さっきの見ただろ」
「腕以外のことを聞いてんだよ……」
知ってた。
「……先生、その前にお名前を伺いたいのですが」
先ほど詩を朗読させられた生徒が、満身創痍な様子で問う。
「んああ、すまん……担任は久しぶりだから、オリエンテーションの流れがよくわかんなくなったな」
少なくともあんな心臓に悪いサプライズはどんなオリエンテーションの流れにもないと思うが、軌道に乗ったようなので口を挟まないでおこう。
先生はチョークを持つと、先刻の行いに対してあまりにも繊細で流麗な文字でもって自分の名前を記し始める。名字が刻まれた途端、「うそぉっ」という声が前方から生まれ、数秒後には――魔術を志す者なら知らぬ者はいない、世界でも屈指の技術を有する鬼才の名が完成する。
○
魔道の祖、ファルガンドが残した書物『後の者たちへ』。それは魔法の神髄を見た老人が――それでも果てに辿り着けなかった難問が数多く記されている。
世の研究家たちは実験や思索を重ね、千年で七十二問あるうちの二十問余りを解いた。それでもまだ、道の半ばにも辿り着くことができなかった。
――その男が生まれるまでは。
男は、貴族の家の長男として生まれた。英才教育を施そうとした彼の両親はすぐに、子の才能に気づいた。それは危うさを感じさせるほど鋭かった。命を削っているようにすら見えた。しかしそれは、男には何の不思議もないものだった。
彼は十四歳の時に、ファルガンドが残した難問――そのひとつの答えに辿り着いた。いや、辿り着いたというより、彼はすぐそこにある答えの在りかを、周囲の者にもわかるように示しただけだった。それは彼には明らかだった。なんの疑いを持つ必要もないと思えた。
彼はその才能を認められ――魔術発祥の地であり、現在でも世界中の魔術師が訪れたいと夢見るソフィニエンドへと渡った。
かの国には精霊の血を引く種族が暮らしていた。その種族は魔術の極みにもっとも近いと言われ、他種族が太刀打ちすることはできないと言われていた。
――それもその男が現れるまでの話だったが。
彼はソフィニエンドの魔術師養成機関への入学を許され、意気揚々と乗り込む。
しかしすぐに、彼は失望した。
極みに最も近いなどと持て囃され、その名声に甘んじて努力を忘れた彼らは、既に衰退の流れに身を任せているように思われた。彼らが呑まれている濁流には光が差し込む余地はなく、陽光はただその醜悪さを際立たせているに過ぎなかった。
流石魔術の国と言うべきか、人々は魔術に対してプライドを持っているようで、彼には幾度も果たし状が届いた。彼は逃げることなく、そして傷ついて帰ることもなかった。
また、魔術の腕を競う学内大会において、彼は相手の悉くを数十秒のうちに地に転がした。
――この国にいる必要、ある?
彼の心の内には、確かにそのような疑念が根付いてきていた。到着から半年を待たずに、彼は帰国を考え始めた。
しかし彼は――帰国を見送った。少女と出会い、初めて自身と同じレベルで魔術について語り合える友人を得て、親交を深め、共に歩み、その日々の続くことを願い。
―――――いつしか関係は断たれ、グライミィス学園の門は敲かれる。
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