第4話 先輩と彼女と
○
長い夢を見た気がする。
誰かに励まされていたような、誰かを慰めていたような。浮遊感にも似た感覚が体に残っていた。
……………。
なんだか記憶が曖昧だな。昨日の夜寝て……それで…。それで?今日は?
……………。
「――入学式ッ」
まずい入学初日に寝坊で遅刻はあり得ないってッ!
瞬時に体を起こし、ベッドから降りようとする。と、誰かに腕を優しく掴まれた。
「…………凛香?」
「……いえ、残念ながら」
今まで気づかなかったが、ベッドの横には椅子が置かれていた。そしてそこに青宮詩織が座っていた。
何で?
いや、何で?
「………何で?」
「記憶が混濁してるんですか?それは大変……」
記憶……ああ、そうだ、今日は一度目覚めていて、朝食を食べて、んで学園に着いて―――。
……思い出さないほうがよかったかもしれない。切実に、そう思った。
「すみません本当に迷惑おかけしました」
謝罪余裕でした。周りを見る限り、ここはどうやら保健室らしいし、校門前で倒れたはずの俺が保健室にいるということは先輩が人を呼ぶなりしてここに連れてきてくれたのだろう。重かっただろうに。
「いえ、大丈夫ですよ。それより、怪我はありませんでしたか?」
……天使かな?
「怪我はないです。ちょっと……魔力切れを起こしたみたいで」
「魔力切れ…ですか」
「……僕は、生まれつき魔力の回復が遅いみたいなんです。昨日どうしても魔法を使わないといけなくて、そこで消費した魔力を補うことが出来ずに――」
「倒れてしまった、と」
「はい」
体を循環する魔力は、肉体の組織の働きを補助する。そのため、魔力が切れてしまうと、常の何倍もの負担に体が耐え切れず、令嬢の前で倒れ、保健室に運んでもらわなければならなくなる。皆さんも魔力の管理には気を付けて。
俺が説明すると、青宮先輩はちょっと目を伏せて、それから俺を見つめた。
「大変でしたね……」
「……え、あの」
澄んだ美しい瞳が目の前にあって俺は落ち着かないのだが、なおも先輩は俺の目を覗き込み続ける。何かを見出そうとしているような、あるいは、何かを伝えようとするような、そんな意思を感じた。
そんな時間が数十秒続いた後、先輩は唐突に頬を朱に染めて、失礼しました、と言って身を引いた。
「ご、ごめんなさい。私の友達にも、同じような症状がある子がいて……。回復魔力欠乏症、ということですよね」
「……そうなりますね」
なるほど、先輩の知り合いにも同様の症状が出ている子がいるから、こんな感じの反応をしたのか、と思っていると、先輩は――よほど恥ずかしかったのか、矢継ぎ早に言葉を続ける。
「そ、それでですね、その子は、魔力が回復しないことに絶望して一度は魔法の道をあきらめようとしていたんですけど、どうしても追いたい夢があるからと言って、他人の何倍も努力して、苦しい思いもして――そして今日、私の学年の代表として、ステージに立つんです」
先輩は一度、目を細めた。
「……試練や困難から逃れようとしたことはあるでしょう。でも本当に逃げたことはない。いつも彼女は自分の弱さを乗り越えてきました。彼女が切り捨てたものはただ一つ――甘え、です。人を切り捨てたことも、夢を切り捨てたことも、彼女にはないんです。どうしてそんな子に、憧れを抱かずにいられるでしょうか」
……それでその、感情移入しちゃって、と先輩はか細い声で呟いた。
恥ずかしがっている先輩は非常にかわいらしく、いつまでも見ていたい気持ちはあったが、それよりも気になることが出来てしまったので――というか、気がかりなことを思い出したので――訊いてみる。
「じゃあ、ご友人の晴れ姿を見に行った方がいいんじゃ……」
「……ああ、それは大丈夫です。まだ入学式は始まっていませんから」
「……あれ、そうなんですか」
「ええ。結構長い間眠ってましたけど、入学式まではまだ三十分あります」
一番乗りでしたからね、と先輩は微笑んだ。
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