第3話 事件に関する記述
○
隼雄さんが作ってくれた朝食を食べ終え、一息つくと、軽く新聞に目を通す。便利な情報機器は発達しているが、俺は紙に印刷された字を見るのが割と好きだ。温かみを感じるからかもしれない……それはさておき。
第一面は、このところあらゆるメディアを騒がせている事件についての記事だった。
またも犯行。貴族の被害やまず。
……読み進めても、ほとんど新しい情報は入ってこない。
「まだ何の手掛かりも得られていないのか……」
俺の呟きを聞いた隼雄さんが、物憂げな表情で言葉を返す。
「ええ。犯行を繰り返しているのに殆ど痕跡が残されていない――これはもう、相当高度な隠蔽魔法を行使できる者の犯行と考えるべきでしょうな」
「国際魔術師団の一人が調査をしても『魔法が使われたという事実』だけが何とか分かった程度……。まずいんじゃないか?」
「……ええ。被害に遭った貴族は全員が死亡しています。そろそろ本格的に国際魔術師団が動き出すかもしれません。……そうなると、協力を仰がれることになるやも」
「そう……だよな」
そしてそうなれば、凛香に負担がかかることになる。何とかしたいが、無力な俺にはどうすることもできない。
俺は本当に無力だ。
あの頃のことは…もう忘れたほうがいい。そうわかっていながらも、過去を振り切ることはできなかった。
彼女の声が、寂しそうな横顔が、うれしそうな笑顔が、いまだに俺を生かしてくれているのだと、知った。
「……じゃあ、そろそろ行くよ」
「……誠月様。一つだけ」
「ん?」
「どうか、無理はなされないように。何かあったら、お嬢様が悲しまれます」
「……わかった。ありがとう」
隼雄さんはどこまで気づいているのだろう、と思う。
けれど、それを考える余裕はなかった。
○
学園への道は予習済みであり、特に迷うこともなくたどり着いた。
校門を見ると、既に開いていて―――その前に、生徒会の人だろうか、黒地に白い花が描かれた腕章を着けた女生徒が立っていた。
背中まで伸びる、ほのかに青みがかった艶のある髪。清らかな美しさを醸し出す佇まい。
どこかで見たことがあるなと記憶を探ってみると、そう長く考え込まないうちに答えが頭に浮かぶ。
あれは日本を代表する名家――青宮家のご令嬢だ。確か名前は、青宮詩織。
まじか、そんな大物が校門の前に突っ立っていていいのか、と思っていると。
彼女が不意にこちらを向き、存在を認識されてしまった。
「……お、おはようございます」
初手は挨拶で間違いないよね。大丈夫だよね。……いきなり話しかけるのは失礼なんだっけ?
一瞬のうちに脳内反省会を展開していたが、彼女はふわりと可憐に微笑んで、
「はい。おはようございます」
と返してくれた。……いや、良かった。不敬罪にならなくてよかった。
「新入生、ですよね?一番乗りですよ」
「その、……なんだか緊張して早く目覚めちゃったので、遅れるよりはいいかと思いまして……すみません」
「責めてるわけではないですよ?早く登校するのはとってもいいことです」
「ど……どうも」
会話を続けているとぼろが出そうな気がする。早いとこ学園内に入ろう。
「じゃあ俺――僕はこれで………」
そこで俺は体の全感覚を喪失した。
どこにも力が入らない。あまりにも突然で、一瞬、何が起こっているのか認識することができなかった。
気づいたときには、世界が倒れてきていた。いや、倒れているのは俺の方だ。前のめりになり、体が傾いていく。わずかな時間が、何十分にも感じられた。
思考だけが加速していく。どうすれば体を制御し直すことができるのか、かつてない速度で考えが頭をめぐる。しかしどれも通用しないことが直後にわかる。全ての方策を試しては玉砕していく。
沼に落ちていくような、そんな気分だった。水に沈んでいくような、そんな気持ちだった。世界の深みに呑まれ、俺という存在が消えて。
「――止まれ」
いくその前に、凛とした声が聞こえたような気がした。
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