第34話 ショコラポーションの価値
ラウルスの暴露に、さらに混乱に陥ったその場。陽哉は怒りを通り越して深いため息をついた。
「怒らないでくれハルヤ。もちろん何も考えていない訳じゃないさ。勝手な判断で悪いが、最初から二人はハルヤ達の味方候補だったんだ。もちろん二人にはまだ何も伝えていなかったけれど」
「味方?」
「ラタムはこの世界でもトップクラスの戦闘員でね。我が国では騎士団と守護団の橋渡し的な役割も持つし顔が広い。そしてトネリコはこの都市の支部長であると同時に、この国の守護団の団長だ。守護団は各国の団長達の集まりで運営されているから、当然権力がある。貴族と同等と扱われるくらいの権力者でありながら、ある種別格なんだ。そして父が信頼する人格者でもある」
「……なるほどな」
ラウルスの説明に、陽哉より先にフロウディアが納得したように呟く。
「フロウ?」
「貴族対策か」
「その通りです、フロウディア様」
「フロウディアでいい。一国の王子であるお前がそう呼べば、今のようにすぐにバレる」
「それは、そうですが、しかし」
「お前とアスターには特別に許してやる」
「素直じゃなんだから、フロウ。そんな言い方しなくてもいいじゃない」
「うるさいぞ、フィア」
「ふふ、私もエリフィアでいいわ、ラウルス王子。ハルに接するのと同じようにしてちょうだい」
「……かしこまりました」
「ふ・つ・う・に!」
「は、いや、うん、わかったよエリフィア嬢、では、俺もラウと」
「ええ、改めてよろしくねラウ」
「いやうん、仲良くしてくれるのは嬉しいけど、なに? 貴族対策って?」
仲良くなってくれることはありがたいが、フロウディアが発した言葉は正直陽哉からするとあまり聞きたくない言葉だ。
「この前も言っただろう? 貴族がちょっかいを出してくるかもしれないって」
「いや、言ってたけど」
「”私の友人”であればある程度は牽制になる。それこそ商人や他国の者には効果は絶大だ。けれどそれが貴族相手になると、慎重にはなるだろうが、むしろ君自身の価値と”私の友人”という価値が合わさって、是が非でも君を手の内に入れたい貴族は多いはずだ」
「なにそれ諸刃の刃じゃん」
「だからこそ、信頼できて権力にも対抗できる味方は多い方がいいんだよ」
「それがトネリコさんとラタムさん、ってことね。……そこまでしなくていいと思うけど」
何度も自分の立場を諭されれば、さすがの陽哉も自覚する。けれどとりあえず気をつけよう、というレベルなのを、ラウルスは見抜いていた。
「ハルヤ、お願いだからもうちょっと危機感をもってくれ。神獣のお二人がいるから何もしてないけど、本当なら専属の護衛数十人は付けたい所なんだからね」
「いや多いわ! むしろその人数必要なのお前!」
「やめてくれ常にそれは息が詰まる」
「自分が嫌なことを友人にやろうとするな!」
「思っただけでしてないだろう?」
「おい」
コントのようなやり取りに、クスクスとエリフィアとベリスが笑う。当事者のはずのトネリコ達は、未だに唖然としていた。話にまったくついて行けていない。
「まぁエリフィア嬢達がいればそれこそ護衛数百人に相当するから問題はないし、味方とは言ってもトネリコ達を直接的な護衛にしたいわけじゃない。陽哉のポーションが追々量産できれば、主に使うのは騎士団と彼ら守護団だ。それが分かっているんだから、今のうちから守護団の方も上が把握しておくのは悪い事じゃないさ」
「いやまぁ、そりゃそうだけど」
そういう意味での味方は、確かに必要だった。量があるならともかく、少ない内で貴重ならば騒動の元になる。
「いいかい陽哉。君の持つ技術は、はっきり言って国すら揺るがす」
「は?」
「国家間の政治にも影響を及ぼすだろうし、我が国の経済にだって影響する。それをもうちょっと自覚して」
「……」
「ハルヤ?」
「……了解」
さすがにそこまで言われたら、自覚せざるをえないだろう。今までは行ったり来たりしていた為に、ラウルス達に自分の存在と作るショコラがどれだけ重要か言われてもどこか他人事だったが、こちらの世界に完全に移転してしまった今、今後の身の振り方をどうするかきちんと考えないといけないと陽哉は心にとめる。
「あとはフウカ嬢が守護者に志願してくれたから、余計に二人には知っておいて貰わないと」
「楓花?」
「君の弟子でさえ守りが必要だと判断したくらいだよ? 君の妹君であるフウカ嬢なんて、さらに守りが必要になるに決まってるじゃないか」
「……ナルホド」
ラウルスの言葉で思わず楓花を見れば、彼女はきょとんと首を傾げていた。
「君と一緒に仕事をしてくれるとしても守りは必要だったが、守護者となってくれるなら一つの場所に留まらないしベリス嬢達もいるからなんとかなるだろう。守護団は危険ではあるが、対貴族という意味なら下手に別の職に就かれるよりはよかったよ」
「……いろいろ考えてくれてありがとな」
「友の為だからね」
陽哉の為。結局は、ラウルスの行動はそれが根本にあった。
「……ハル、ラウ」
「何? フロウ」
「何でしょう、んん、何かな? フロウ」
「いい加減、そいつらに説明してやれ」
「そいつら?」
「……あ」
呆れたように視線を向ける先には、混乱で意識が飛びかけているトネリコとラタムがいた。
「異世界人で、しかも効果が桁違いのポーション職人、ですか」
「……それは確かに、国すら揺るがしますね」
トネリコたちに説明すれば、二人は頬を引きつらせながらすぐに理解した。
「殿下に評価していただけるのは光栄なのですが、その、俺は何をすれば」
「ラタムにはハルヤの存在が知れ渡った際、守護団員が横暴な態度で買い占めなどしないように目を光らせて欲しい。もちろん全員制御は難しいだろうから出来る限りで構わない。トネリコからも釘は刺して貰うつもりだしね。あとは牽制だ。アキレア達のパーティなら早々ないだろうが、あの手この手でフウカ嬢を自分のパーティに入れようとする者も出てくるだろう。そこら辺も気をつけてやってくれ」
「かしこまりました」
姿勢を正し頭を下げるラタムの隣で、トネリコが真剣な顔で考え込んでいる。
「なにかあるかい? トネリコ」
「……殿下、そのショコラポーションは、まだ一般には出せないのでしょうか?」
「私に聞いてもね。ハルヤ、どうだい?」
「まだ種類は少ないし、作り方次第でだいぶ性能の違いが出るみたいで安定しない。俺が作るものはそれなりに上級の物が出来るけど、弟子達はまだまだだな」
陽哉はショコラポーションを作る度に神眼で確認していたのだが、何度も使う内に神眼の精度が上がったのか、次第にポーションのレベルも明確に分かるようになった。大きく分けて、下級・中級・上級・超級の四段階。
「それは、ハルヤしか上級が作れないという訳ではなく?」
「弟子達だって差があるけど良い物が出来るときがあるから、たぶん違うよ」
「なるほど。ならまだ量産は無理か」
「ラウ、ハルの認識とお前達の認識の違いがあるぞ。弟子達の作るものだってハルの物には及ばなくても、今までのポーションから比べれば効果は高い。ハル、ちゃんと説明しろ。情報不足だ」
「う、ごめん。えーと、ショコラポーションには四段階のレベルがあります。俺が作るのは上級がほとんどなんだけど、この上級ポーションは一個食べれば深い傷でもある程度治ります」
フロウディアの指摘され、改めて説明することになり、サンプルとして、陽哉は持ってきていたショコラポーションをトネリコ達に見せる。一見まったくポーションに見えないクリーム色の小さな固まりを二人が驚愕の表情で覗き込む。
「この、小さな一粒で、ですか?」
「すげぇ」
「で、弟子二人が主に作るのが下級と中級。下級は今までのテオフルクの果実だけのポーションと正直そこまで大差ないかな。よくて今までの2・3倍の効果って所。中級は一個で浅い傷を治して、数個食べれば深い傷も治すレベルです」
「いやいやいや、それでも充分効果は高いですよ」
「下級でも2・3倍ってことは、小さな一粒で今までのポーションを2・3本飲むのと一緒。使いやすさや持ち運び安さも考えると、下級であろうと需要はありそうですね」
「あー、確かにそういうのもあるのか。今の所、弟子二人は下級・中級半々、といった感じで作りますね。ただ、二人が作れるのはノーマルのショコラポーションだけです」
「他にも種類が?」
「今の所、魔法力回復特化のミフォル、外傷特化のアレア、異常回復特化のレーテルがあります。こっちは二人とも下級しか作れません。ちなみに、ラウルスやアキレア達にあげたのはアレアで、確認してないけどたぶん上級」
「なるほど。外傷特化のアレアポーションだったからあれだけの傷が……。ちなみにハルヤ、さっき四段階って言ったけど、もう一つ上があるのかい?」
「えっと、うん、ある」
その返答に、トネリコとラタムだけでなく、アキレア達まで驚きの声を上げた。
「じょ、上級で怪我が一瞬で治るのに、その上?」
「あ、あれより凄いのがあるのか?」
実際にショコラポーションの効果を目の当たりにしているアキレア達は、あの奇跡の光景を思い出していた。
「超級。俺も、まだ一個だけしか作れてないんだけど……これは死んでさえいなければ、どんな怪我でも治す。体の一部が欠けていたとしても、再生する」
その言葉に、周りは静まりかえる。人間、驚きすぎると声が出ないこともあるんだなーと、陽哉はどこか他人事のように思うのだった。
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