第32話 入団試験
べリス達が案内してくれた守護団の建物を見上げ、自分が受験するわけでもないのに陽哉はゴクリと息を飲んだ。
「ここが……」
「よし、フーカ、心の準備はいいか?」
「うん、大丈夫」
アキレアの問いかけに、楓花は真剣な顔で頷く。緊張しているように見えるが、ここまで来て今更止めることも出来ず、アキレアに続いて建物に入っていく。
中は意外とこざっぱりとしていて、正面にはカウンター、壁には多くの紙がはってあった。そこを見る数人や、一角にある椅子やテーブルに座って何人か談笑しているが、入ってきたのがアキレア達だと気付くといくつもの声がかかった。
「ようアキレアパーティ、なんだ、もしかして新人か?」
「うわ、なんかすげぇ美人連れてきたぞ」
「やっべぇベリィさんも好みだけど、あの銀髪の女もすげぇいい」
「ハイハイ、確かに一人は仲間候補だけど、他は付き添い」
「詳細は話せないけど、この方達に失礼のないようにね」
ベリスの一言に、その場に妙な緊張感が走った。小さく貴族かどっかの国の王族か? というような会話が聞こえる。冒険者のイメージような野蛮な感じで突っかかれるかと思ったが、彼らはすんなりと引き下がった。
「お疲れ様、サフィニア。入団希望者を連れてきたんだけど」
「お疲れ様ですベリィさん! 入団希望者ですね!」
「ええ、この子、フウカよ。希望は戦闘職。他の方は付き添いなんだけど、ちょっと訳ありでね。支部長も呼んでくれないかしら」
「支部長も、ですか? かしこまりました」
受付嬢は深く追求することなく別の受付嬢にその場を任せて席を離れる。少ししてから、彼女に連れられて二人の男がやって来た。一人は剣を腰に差している屈強な男で、一人はにこやかな笑顔ながら、どこかつかみ所のない印象の年配の男だった。
「やぁベリス、入団希望者らしいが、なぜ私まで?」
「ごめんなさい支部長。けれど、伝えておいた方がいいと思ってね。とりあえず、先に試験をしてほしいんだけど……今回の試験官はあなたなのね、ラタム」
「んだよベリィ、俺じゃ不満だってか?」
ベリスの言葉に、屈強な男の方が眉間に皺を寄せた。いかにも強者といった雰囲気の男に、楓花よりも陽哉の方が顔を青くする。
「大丈夫よハルヤ、彼こんな強面だけど優しい所もあるし、少なくとも戦闘職の見極めは一流だわ」
「そ、そうなんだ」
「一言余計だベリス! んで、その男が入団希望者か?」
「いいえ、この子よ」
「フウカといいます!」
「お嬢ちゃんか」
名乗り出た楓花に、男はジッと視線を寄せる。卑しい物でも女だからと見下すものでもなく、ただ観察しているように見えた。
「……いいだろう。なら、早速試験といこうか。俺はラタム、今回の入団試験の試験管だ」
「よろしくおねがいします!」
「あら、ラタムだけ? もう一人は誰なの?」
この町に来る前に、試験の内容は軽く聞いていた。基本的には不正などがないように、また才能を見逃さない為に二・三人の試験官が付くという。戦闘職希望なら戦闘職専任の試験官一人か二人と共に、念の為技術・支援職の専任試験官が付くのが一般的だ。戦闘職希望でも、実は支援とかのほうが向いている、という受験者は多いのだとか。
支援職希望であっても守護団に入る以上ある程度の力は必要なので、やはり戦闘試験はあるらしい。
「それは私だ。まぁ直接相手する訳じゃないが、コレでも目は肥えているからね」
「支部長自ら、ありがとうございます」
ベリスが確認したもう一人の試験官は、支部長と呼ばれた男であった。
「私はこのクルス国支部を任されているトネリコという。さて、早速、試験と行こうか」
にこやかに笑うトネリコは、優しげな表情でありながら、その佇まいも雰囲気も、威厳に満ちていた。
案内された試験会場は、陽哉のイメージに近い部屋だった。床には敷き詰められた土、高い天井には何か魔方陣のような模様が描かれている。そして、壁に立てかけられた木刀や槍などの武器。それ以外は何もない広い空間で、楓花とラタムが向かい合う。
「試験内容は簡単だ。俺と支部長に、己の価値を示す事」
「己の価値?」
「お前が希望する戦闘職ならもっと単純だ。どれだけ戦う力があるか、それに尽きる。相手は俺が勤める。獲物は、そこの壁にあるものを好きに使え」
「……」
楓花は、ラタムが示した壁にある武器の中から、木刀を手に取った。楓花が元の世界で使っていた竹刀とは少し違うが、似たような長さのそれを構える。
「……良い構えだ」
楓花が木刀を選んだのをみて、ラタムも同じ木刀を手に取った。楓花のように構えることなく、下げた手に持ったまま。それでも、空気がピリッと、変化した。
「それでは、フウカの入団試験を開始する。……始め!」
トネリコの鋭い声を皮切りに、張り詰めていた空気が、弾けた。
先に仕掛けたのは楓花。素早い動きで間合いに入ると、上から振り下ろすのではなく、下からなぎ払うように胴体へ木刀を振る。
「おっと」
ラタムは、それを寸前の所で交わし後ろへと回避。けれどその下がった分だけ、再び楓花が素早く詰め寄って顔めがけて振り抜いた。
ガンッと木刀同士が衝突する音が響く。楓花が振り下ろした木刀は、ラタムの目の前で彼の木刀によって阻まれていた。ギリギリ、と音が鳴るほどのせめぎ合い。
男のラタムと武器を合わせて押し負けないほど、楓花の力が強いのが見て取れた。
「ハッ!」
次に仕掛けたのはラタムで、彼はタイミングを見計らって楓花の木刀を弾く。体勢が崩れた楓花目がけて今度はラタムの攻撃が届きそうになるが、その攻撃はラタム自身が途中で止める。体勢が崩れたかに思われた楓花は、ラタムの足めがけて攻撃を仕掛けていた。それを回避するために、再びの距離を取らざるを得ない。
屈強な体格からは想像出来ないほど軽い動きで後ろに下がるラタムに、再び迫る楓花。そこからは、攻撃されていなされての応酬となった。
ハラハラしながら見守って居た陽哉の口がポカンと空いてしまうのも、仕方がないだろう。
「……俺の妹ってあんなに強かったっけ?」
「……剣道は有段者だったが、動きは別物だな」
思わず口に出せば、隣にいたフロウディアが眉間に皺を寄せて答えてくれた。
フロウディアの言うとおり、楓花の動きは剣道のそれと似ているようで違う。素早い動きは似通る物があるが、印象でいうと剣道より野性的だ。
「まさかあの子、元の世界で隠れて不良だったとか言わないよね!?」
「……不良楓花」
「自分で言っておいてなんだけどやめてくれ」
いかにも不良な姿の妹を思い浮かべて、脳内に浮かんでしまったその姿を消すために首を振る。もしも事実だったとしても可愛い妹のそんな姿見たくない。
「もしかしたら、フーカちゃんもこの世界に転移したときにギフトを得たのかも知れないわね」
「え?」
「転移者の多くは元々特殊な力はなかったのに、この世界に来た時になにかしらの力を得ているのですって。この世界の人間のギフトが開花するタイミングはさまざまだけど、生まれたときからギフトを持っていると言われている。それが転移の際に得ることになったんじゃないか、と祖先の記述にあったわ」
「ギフト」
そういえば、自分も神眼というものを得ていた、と陽哉は思いだす。
「……そのギフトが戦闘能力って、この物騒な世界ではいいのかもしれないけどっ」
守護団入りを目指す妹には幸運だろうが兄的には複雑、と頭を抱える陽哉の横で、フロウディアとエリフィアがジッと楓花を見ている。その目が険しいことに、陽哉は気付かなかった。
ガンっ、ガンッ、と木刀同士が衝突する音が何度も試験会場に響く。力ではラタムの方が上で押される場面もあったが、楓花の動きで目を見張る物は、その動きだった。素早く動き、間合いに入っては攻撃し、相手の攻撃が入る前に素早く引く。その動きは、どこかラタムを翻弄しているようにも見えた。
「そこまでっ!」
ガキンッと何度目かの、木刀同士にしては大きな音が響いたと同時に、トネリコの終了を告げる声も試験会場の空気を引き裂いた。始まりの時とは逆に、フッと空気が緩む。
「ふむ、見事だな。ラタム、お前の判断は」
「そりゃもちろん、支部長と同じですよ」
「お前にここまで張り合えるなんてたいしたもんだ」
「フウカ・トウドウの入団試験は、文句なしの合格とする」
「ありがとうございます!」
異世界にやって来てたった数日で、妹・楓花は、守護団員となったのだった。
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