異世界での新生活
第31話 楓花の決断と初めての町
次の日まで、楓花の熱は下がることがなく、意識も戻らなかった。何度も何度も、ポーションはダメなのか、ポーションがダメなら他に薬はないのかと陽哉が問いかけ、フロウディア達が首を振る。そんなやり取りを経て、数十時間。
「お兄ちゃん、もう大丈夫だから」
「本当に、なんともないんだな? 頭痛は? 吐き気もないか?」
「大丈夫だってばー! 心配性なんだから!」
「お前、死ぬかもしれなかったんだぞ!」
楓花は、今までの熱や痛みが嘘だったかのように回復していた。
「ふーちゃん、本当に、大丈夫?」
「……うん、今はなんともないよ。大丈夫」
「そっか、よかった」
エリフィアがなにも言わないのであれば、もう大丈夫なのだろうと陽哉はホッとするが、念のためもう少し安静にしていろと注意して、部屋を出れば、そこにはフロウディアが壁に寄りかかっていた。
今まで楓花につきっきりだったせいで、未だ慣れない。那月に似ているけれど違う姿に、少しだけ挙動不審になる。
「那月、あーっと、フロウ?」
「好きに呼べ。那月でも構わないが、ほかの奴らには誤魔化せよ。根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だ」
誰とは言わないが、と渋い顔で続けたフロウディアに、陽哉の頭の中に浮かんだのはニコニコと笑うラウルスとベリスだった。いろいろと鋭そうな面々である。確かに面倒だ。
「誰か居るときはフロウって呼ぶように頑張る。でさ、那月、楓花の今までの不調は、転移のせいなんだよな?」
「……ああ、確かに、転移の影響なのは間違いない」
「やっぱりか。でも、もう大丈夫なんだよな?」
「……体調云々は問題ないだろうが、ある意味、危険と言えば危険だ」
「どっちなんだよそれ! え、また体調崩すとか?」
「……それは、アイツの今後の行動次第だな」
その言葉に、どうやって行動的な妹を落ち着かせようか、と頭を悩ませる陽哉だったが、そんな悩みなど知らない楓花は、この数日後爆弾発言を陽哉に告げる。
それは、楓花が回復して数日後、工房にアキレア達三人がやって来た時のことだった。
「え、エリフィア様!? フロウディア様!?」
「ハルヤの妹―!?」
「これはまた、すごい事になってるな」
人型のフロウディア達に驚き、陽哉の妹という予想していなかった存在に驚き、そして正式に弟子となった元メンバーのメリアとローマンの昇格に喜んだ彼らと、すぐに楓花は仲良くなった。
ちなみに、フロウディア達はメリアとローマンには楓花が回復してすぐ改めて紹介してある。元の小鳥とうさぎの姿でも敬っていた彼らは人型のフロウディア達を前にしてぎこちなくなったが、数日で慣れた。
楓花は、この世界の冒険者のような存在である守護者達の話に興味津々で、しばらくの間楽しそうに話しを聞いていた。ここまでは、よかったのだが。
「……決めた」
「楓花?」
「お兄ちゃん、私、守護団に入る!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
突然の入団宣言に、いつかのような絶叫が森に響き渡り、鳥たちが驚き飛び立っていった。
「おま、ふ、ふうか! なに言ってんだ!」
「だって、私お兄ちゃんやメリちゃんやロー君みたくポーション作れる気がしないし、守護者の仕事すごい興味あるし」
「待て、マジでまて! お前、この世界のモンスター見たことないだろ!?」
「大丈夫、私剣道強いんだよ!」
「剣道と、本物の剣は別物です!」
「えー、いいじゃん! せっかく異世界来たんだから冒険したいー!」
「だ・め・だ!! お前つい最近までぶっ倒れてたの忘れたのか!?」
「もう大丈夫だもん!」
「それにお前、俺達から離れたくないって異世界来ておいてすぐに守護団入って離れるとか!」
「あ、なるほどお兄ちゃん寂しいんだねー! 大丈夫! ベリィさんの話だと基本的には拠点からそこまで遠くに行かないって言うし、すぐ帰ってくるよ!」
「ちげぇわ! 問題はそこじゃない!」
「いいでしょ? ねぇお願い! ベリィさんみたいにかっこよくなりたいの!」
「あら嬉しい。大丈夫よハルヤ、フーカちゃんは私が面倒見るわ」
「ベリィ、ハルヤの為に今は黙っててやれ」
どうしても守護団に入りたい楓花と、それを阻止したい陽哉の攻防はしばらく続き、結局、ベリスが提案した試しに入団試験を受けてみる、という話で落ち着いてしまった。陽哉が流されたというよりは、口では楓花のほうが強かった結果である。
「あぁぁぁぁ!」
「落ち着けハル」
「だってお前この前!」
「体調云々は問題ないと言っただろ」
「でもっ」
「……アイツは言ってもきかないだろ。とりあえず試験を受けさせてみればいい」
そんなこんなで、陽哉は楓花の入団試験の為、初めて異世界の森を出る事になった。
森から出て初めて向かう先は、森から最寄りの都市であり、クルス国の王都。
移動する前にグレン達が付いてきそうにして宥めるのに苦労したが、人数もいるのでグレンに乗っていく訳にも行かない。何より聖獣だとバレれば騒動になる。そのため、メリアとローマンと共にお留守番だ。
なお、もう一つの騒動の元である神獣のほうは人型なのでまだマシであるが、人型の二人も人目を引くだろう。
そんな彼らが向かった都市を一望出来る丘で、陽哉は思わず感嘆の声を漏らした。
「すげぇ」
川の先にあるのは、白く高い塀。その先に見える城も、家々も、白かった。白い外壁に、鮮やかなブルーや淡いオレンジや茶色などの屋根。それはまるで、元の世界の映像で見た異国の観光地のようだった。
「なにあの凄い町」
「あれがこの国の首都、シルヴァティカよ」
「壁や家が白いのは、魔獣・感染獣対策だ。あれは光の龍脈の山で取れる石使っている。全部じゃないが闇の獣の多くは畏怖するから、ほとんどの町の塀はあんな感じだ」
「塀がしっかりしていれば家にまで使う必要はないんだけど、まぁ少しでも安全にしたいっていう人の心理で、あんな感じなの」
「そうなんだ。あの門の上にあるのは?」
「ああ、空門ね。それもこの世界の特徴なんだけど、あ、ちょうど来たわ」
「え?」
ベリスの指さす方に視線を向けると、翼の生えた大きな鳥のような生き物に引かれて空を飛ぶ馬車のような物があった。
「何あれ!?」
「この世界では一般的な移動手段だぞ! 浮遊魔法がかかっている乗り物を羽翼種が引いてくれるんだ」
「なにそれファンタジー」
「陸を移動する手段もあるけど、この世界は森が多いから、空を移動するのも多いんだ。尤も、羽翼種の感染獣もいるから完全に安全とは言い切れないけど、そのために守護団で空を護衛する専属者がいる」
「空からの移動手段があるから、国防の為に国境や大きな町では城壁に沿って結界が張られているわ。空門はその為の門ね。大きな町だと、あんな感じで地上に1度降りなくてもいいように空門があるの。空からと地上からとで入国の手続きが変わってくるから、簡略化の為よ」
「へぇ」
アキレア達が教えてくれるこの世界ならではの常識に、陽哉はただ驚きの声を上げた。
「ほら、さっさと行こうぜ!」
川にかかる大きな橋を越え、大きな門の前に並ぶ。所謂入国審査らしいが、そこで陽哉は気付く。
「ねぇ俺ら証明書みたいのないんだけど」
身元保証書。元の世界ならパスポート、ファンタジーの世界なら冒険者ライセンスなど、門で審査をしているということは、そういう類いの物が必要だろうが、陽哉も楓花も、何一つ持っていない。
「それなら大丈夫よ。今回は私達の同行者ということで通れるわ」
「え、そんなに緩いの?」
「この国だと国民は全員登録してあるけど、まだまだ他国では身元保証書が必ずある訳じゃないからな。この国だと誰か別の保証人と一緒なら通れるようになってる。そうやって、他国のヤツが別の国経由で守護団に入ったりもするから。まぁ、その分警備面では緩くなるから、入ってきたヤツは魔法で記録されるし、何かあった時の保証人への厳罰も厳しい。小さな町とか他国とか、緩いところだと署名みたいのだけで入れたりするけど」
「へぇ」
アキレアの言葉通り、彼らの同行者としてすんなり門をくぐることが出来た。その時わかったことだが、どうやら彼らはかなり人気者らしい。
「ようアキレア、今回の仕事はどうだった?」
「きゃぁ!ベリィ様よ―!」
「ヘンビットさん、おつかれ! この前相談したことなんだけど」
「お、新しい仲間か?」
「うわめっちゃ美人―!」
門番に声をかけられたのを最初に、少し進むだけでいろいろな人に声をかけられた。アキレア達が注目されるということは、一緒にいる陽哉達も注目されるということで、特に、フロウディアとエリフィアへの視線が凄い。
「ハイハイ、後でなー」
「ごめんなさいね、今も仕事中みたいな物だから」
「後で聞くから待ってくれ」
そんな人々を捌くのも慣れているようで、人に囲まれそうになりながらも、彼らの誘導で進んでいく。やがて見えたのは、町の中でも比較的大きく立派な建物。
「ようこそ、ここが、守護団のシルヴァティカ支部よ」
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