第29話 葛藤と暴挙

「さて、とりあえずお前らの誕プレチョコの件はいいとして」

「よくねぇ」

「まったくもって良くないよ!」

「諦めろ。まぁ実際、マジメな話、本当に転移しちまうんだったら、さっきの試作と同じもんは出来ないだろ」

「……」


 フロウディアに那月の名を呼んだ時、彼は言った。もう終わると。彼らの会話を考えるなら、それは転移の話だろう。向こうに行かなくなる、のではない。こちらに、帰れなくなるという、終わりだ。


「んで? 本当に行き来は終わるのか?」

「……終わる。明日の転移で、向こうに行ってしまえば、もうこちらには帰ってこない」

「明日ぁ!? ちょっと待てマジで! んなすぐなのか!?」


 ぐちゃぐちゃな頭の中でも色々と考えて、諦めも出てきていた陽哉だが、考えていたより迫っていたタイムリミットに焦りがでる。


「おまえらが一緒に来るなら、楓花はどうすんだ!? 俺らが居なくなったらあいつ一人になるんだぞ!」

「……悪いが、楓花は連れて行けない。アイツの体は慣らしていない」

「おまえらも居なくなるなら、最初からアイツも一緒に慣らせばよかっただろ!!」

「アイツは最初から転移させるつもりはなかった」

「っ! 置いてくのか、楓花だけ!」

「……仕方がないの、ハル。だって選ばれているのは、あなただけ。私達は神獣。勝手な事は出来ないわ」

「……」


 二人にだって、立場がある。神の使いという立場が。子供だったら、もっと喚くことが出来たかも知れない。けれど大人になって数年とはいえ社会に出ている陽哉は、立場のある者の苦しさも、分かっていた。


「それに、向こうの世界はお前が思う以上に危険が多い。特にお前の立場を考えれば、この世界の比較的安全なこの国にいるほうがマシだし……アイツにとってはきっとこの世界のほうが幸せになれる」

「それなら、俺や、お前らが守ってやれば」

「お前に守る力はないだろーが」

「うぐっ」

「それに俺達は、お前の守護だ。……どうあっても優先するのはお前だ」

「……なら、この世界に、あいつは一人になるのか」

「……ごめんなさい」

「俺達が、お前の両親を助けてやれればよかったんだけどな」


 陽哉の両親が亡くなった三年前、陽哉はその時海外に留学していて、妹から泣きながらかかってきた電話で、両親の死を知って、慌てて帰ってきたのだ。


「あのとき、二人は……」

「姿を変えて、お前の側にいたんだよ」

「……やっぱりか」


 パスポートとかそもそもの二人の戸籍がどうなっているのだとか、いろいろ疑問は出るが、なんとなく予想していた答えに、陽哉は息を吐く。


「どちらか一人でも、おばさん達の所に残っていればよかったんだけど」

「いや、おまえらのせいじゃない」

 

 けれど両親がいない、というのは、妹を託せる相手が居ないことになる。陽哉の両親は親戚付き合いもないし、祖父母もいない。正確には、父方の祖父母や親戚は全員他界しており、母方とは母が家出同然で飛び出してきて離縁されているために、陽哉は母方の祖父母の顔も知らないし存命かどうかも分からない。両親の交友関係で知っている大人は居るが、子供を引き取るとなればまた変わってくるだろう。


「……ハル、この際だから話しておくが、俺達がいなくなれば、この世界の修正力が働く」

「修正力?」

「本来、俺達はこの世界には居ないはずの存在だ。その俺達がここに存在できるのは、この世界の管理者、神とも呼ばれる存在との交渉・契約の結果、転移するまで、という条件で許されたことだ。その俺達が居なくなると、おそらくこの世界は、俺達が居た、という歪みを元に戻す。人々の記憶からは俺達が消える」

「それじゃ……」

「アイツ、楓花の記憶からも消え、三年前の事故の後孤児としてどこかに引き取られる、といった形で収まるはずだ」

「っ!」


 二人に怒りをぶつけたくはなかった。行き場のない憤りが、陽哉の中でぐるぐると渦をまく。

 存在すらも、この世界に残せない。それは、残される者にとって、幸か不幸か。


「私達にとっても、ふーちゃんは妹のような存在。大切だからこそ、置いていったほうが、いいと思うの」

「……」


 陽哉は、その言葉になにも返す事が出来なかった。




 明日転移前に迎えに来る。そう言い残して二人は店を出て行った。守護、といっても四六時中ひっついている訳ではないらしい。陽哉に何かあれば駆けつけられる程度の守りは施してあると予想出来たが、あえて問うことはしなかった。

 頭の中ではそんなどうでも良いことを考えていて、思考はいっさい纏まりそうにない。


「なんで、俺だったのかなー」


 ショコラが作れるからか。ショコラティエなんて、パティシエに比べたら少ないが、陽哉以外にもたくさんいる。けれど生まれたときから、と言っていたから、陽哉には分からない何かがあるのか。神様の独断とかだったら恨んでやる。そんなことまで、グルグルと頭を巡る。


「置いて行った方が、いいのか。あいつの為に」


 剣や魔法、なにより恐ろしいモンスターの居る世界。対して、事故や事件はあるものの、世界的に見れば治安の良い、元の世界。危険度で言えば比べるまでもない。今の世界に居たほうが、確かに女の子である楓花の為になるかもしれない。しかも、友達だっている。それを何もかも切り捨てさせる、なんてこと出来るのかと、自分に問いかける。何より、転移準備をしていない妹の体では、何が起こるか分からない。

 結局は、悩んでも仕方がないくらい、もう道は決まっている状態だった。


「楓花を、置いていくしか、ないか」


 それは、諦めきれない悔しさを滲ませた呟きだった。独り言、のはずだった。


「お兄ちゃんどこ行くの? 置いていくってなに?」


 独り言のはずの言葉に返事が返ってきて、慌てて顔を上げる。そこには、妹の楓花が怪訝そうな顔をして立っていた。

「ねぇ、どういう事? 買い物とかじゃないよね? 買い物くらいだったらそんな深刻そうな顔しないし」

「き、聞き間違いじゃないか?」

「嘘、ちゃんと置いてくって聞こえたもん。また留学とかじゃないよね? 旅行? それだったら私も行く」

「いや、その」

「まさか彼女が出来て旅行行くとか言わないよね!?」

「彼女!? いや違うから!」

「じゃぁ何?」

「えーと、買い物」

「嘘下手」

「……」

「お・に・い・ちゃ・ん?」

「……」


 兄の妹の攻防は、その後しばらく続き。勝者は。



「ナツにぃ! ユキねぇ! 私も異世界行くから!」

 

 妹、楓花であった。


朝、本来では学校に行っていて不在のはずの楓花からの宣言に、那月と雪乃はそろって天を仰いだ。


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