第25話 王子直属

 結局、陽哉の言葉一つで彼らの関係性がラウルスの望む“持ちつ持たれつの友人”と落ち着いた所で、陽哉は蚊帳の外になっていた五人を思い出した。


「すみません! なんかほったらかしにしちゃって!」

「いいのよハルヤ。あと、私達にも普通に接してちょうだい。ラウルス殿下には気軽いのに私達に敬語はちょっと。むしろ私達がそうすべきだわ」

「いやいや、普通でいいですって、ベリスさん。俺も普通に話すので!」

「ありがとう。私もベリィって呼んでちょうだい」


 アキレア達にも謝れば、とんでもないと首を振られた。


(あとで彼らにも普通に接するようにちゃんと言おう)

 

 このままでは王子の友人として丁寧に対応されかねない。


「すまないね。見苦しい物を見せた」

「とんでもないですわ殿下。不敬な言い方となってしまうかもしれませんが、むしろ殿下がハルヤの事をご友人として想ってくださっていると聞いて安心いたしました」

「え?」

「ハルヤのポーションはまさに革命。私利私欲で手を出してくる者も多いでしょう。私達では、どこまで防波堤になれるかわかりませんでしたから」

「……それを聞いて、私も安心したよ。ハルヤの力を知ったのが君たちのような者でよかった」


 ラウルスの一人称が、“私”に変化していることに気付いたけれど、陽哉は指摘しなかった。


(……改めて、本当に王子だったんだなー)


 “私”というラウルスの雰囲気は、王子に相応しい凜としたものだ。一瞬の変化であったが、陽哉にとっては納得できるものだった。


「それで、話は戻るけど、ハルヤの弟子候補というのは? 守護団のパーティなんだろう?」

「ああそれは、メリアとローマンが。元々、転職を考えてたらしくて」

「ほら、あなた達、ちゃんとなさい」

「メ、メリアと申します!」

「ローマンと申します!」

 

 突然話を振られてがっちがちに固まる二人に苦笑い。そんな二人を、ラウルスはじーっと見るから余計に固まっている。


「ラウ?」

「うん、大丈夫そうだね」


 なにを判断したのか、満足そうに頷くラウルス。見定めていたのだろうと分かるが、満足そうであるなら王子様のお眼鏡にかなったらしい。何を基準にしているかは不明だが。


「弟子というが、賃金はどうするんだい?」

「ああ、それなら、しばらくは研究費援助的な感じでベリスさ、ベリィ達が、出すって」

「なるほど。守護団ならそれも出来るか。うーん」

「ラウ?」


 少し考え込んだラウルスが、ベリスに視線をやる。


「ベリス嬢。その出資だが、私が手を出しても構わないだろうか?」

「殿下が?」

「ああ。出資、というか、彼ら二人を僕の直属の技師として雇いたい。そして、僕の指示という形で、ハルヤに師事を受けてほしい」

「へ!?」

「え、えぇぇぇぇぇ!?」

「殿下、それは」


 王子様の爆弾発言に、メリアとローマンは完全に腰を抜かした。アキレア達も話について行けずポカンと口を開けている。

 一介の守護団員から王子様の直属。言うまでもなく大出世である。


「もちろん、経歴などは軽く調べさせて貰うが、ベリス嬢の仲間であるなら問題ないだろうね。僕の直属にするのは、ハルヤとは違った形での”守り”だ」

「確かに、二人がハルヤの弟子となるのは、今後のことを考えると危険も伴いますものね」

「え、なんで? 俺の弟子って危険なの?」

「……未だに自覚が足りないのね、ハルヤ。あなたのポーションは、そしてそれを作り出すあなたは今のこの世界にとって希望なの。その弟子ともなれば、ある程度ポーションが世に出回るまでは危険も伴うわ」

「誘拐や強引な婚姻なんかがありそうだな」

「えぇぇぇ」


 そこまでなのか、と改めて己の立場を思い知らされる。ショコラポーションの有用さは分かっているが、自分のこととなるとそこまで考えられなかった。仕方がない、意識は一般人のショコラティエでしかないのだ。


「ハルヤはラウの友人であることが広まれば、早々手出しされないだろ。まぁ貴族からのちょっかいはあるかもしれないが」

「え、それもいやなんだけど」

「諦めろ。その点、二人は一般人だからな。ある程度ハルヤのポーションが安定して量産されて何人も弟子を取れるようになるまでは、守る必要がある」

「その守りが王子様の直属」

「これ以上ない重りだろ?」

「重すぎて二人が潰れそうなんだけど?」


 アスターは笑って軽く言っているが、陽哉が指をさす先、当事者であるメリアとローマンの二人は完全に意識が飛んでいた。


「べリス嬢側とすれば、二人とハルヤに支援する見返りにポーションの融通して欲しいのだろうけど、もちろんそれは元のパーティのよしみとして彼らの意思に任せるから心配しないでいい」

「お心遣い感謝いたします」

「で、ハルヤにはもちろん研究支援するし、出来上がったポーションの買い取りもしたい。独占して反乱を招くのも問題だから、今後作れる量にもよって王宮での買い取り量も調節しよう。ゆくゆくはどこかの商会との提携か、ハルヤ自身が商会を立ち上げるのが理想だけれど」

「待って、マジで待って。え、そこまで規模大きくなるの!?」

「当たり前だろう。何度も言うがハルヤ、ハルヤのポーションは奇跡であり、革命なんだ」

「……」


 陽哉はメリアとローマンのように、意識を飛ばしたくなった。


「……そこら辺は、あとで考える。っていうか、このまま二人を正式に弟子に出来るか分からないんだけど、それでもいいのか?」

「さっきも仮と言っていたね? 正式に弟子に出来ない理由があるのかい?」

「俺、完全にこっちに転移した訳じゃないんだよ」

「……なるほど、それでなかなか会えなかったし、森から出られないという訳か」


 ラウルスの理解は早かった。こういう頭の回転からいっても、王子様らしいといえばらしいのかもしれない。


「どおりでハルヤの姿がどこにもなかったんだな」

「まさか監視してたとか言わないよな?」

「監視、までは行かないが、この工房を建てている間は、お前の姿を見たらすぐに報告するように命じていた。それがまったくなかったから、本当にこの森にいるのは稀なのだとラウと話していたんだ」


 もしかしたら今日来たのもどこかで見ていた者がいてラウルスかアスターに報告を入れたのかもしれない、と思ったが、陽哉は黙った。フロウディア達が何も言わないということは、思い過ごしか、害がないから放置したかのどちらかだ。

 友人とはいえ、ラウルスの立場も理解出来る。ラウルスが王子であるからこその行動も、陽哉はラウルスだから仕方がないか、と早々に許容した。こういう懐の深さが人を惹きつけるのだと、陽哉本人だけが知らない。



「まぁ、そういうことだから、無責任に弟子には出来ない。だから仮なんだよ。ここに来た時だけ、って二人にも、ベリィ達にも話して了承して貰ってる」

「そういうことだったんだね。ならなおのこと、二人がハルヤの弟子の志願をしてくれて助かったよ。こちらで探す手間も省けたし」

「おい待てこら。あの手紙でも思ったが、やっぱり誰か弟子に連れてくるつもりだったな!?」

「はははははは」

「笑って誤魔化すな!」

「それで、どうかなメリア、ローマン、この話、受けてくれないか?」

「つ、つつ、ちゅつ、謹んでお受けいたします!」

「師匠の元で精一杯頑張ります!」

「うん。よろしくね。ハルヤも、いいかな?」

「はぁ。まぁ、俺の方はさっきまでの予定から変わってないから二人がいいならいいさ」


 こうして、陽哉の元にクルス国第一王子直属の弟子という、斜め上にぶっとんだ存在が付くことになった。


(なんだが、ますます、外堀が埋まっていく感じが……)


 異世界に、存在が受け入れられ、陽哉を繋ぐ重りが増えて行く。けれどその重さを、ふりほどくことが出来ない。友も、慕ってくれる弟子も、その好意をふりほどけない。


(ああ、やっぱり失敗した)


 最初にモフモフ達に情を覚えた時点で、こうなるかも知れないと分かっていた。分かっていて、それでも、陽哉はその手を離せなかった。


 笑顔の下でじわりと焦りのようなものが広がっていく。陽哉本人ですら分からないその感情を見抜くかのように、フロウディアとエリフィアは彼を見ていた。


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