第24話 友愛
「ハルヤが異世界人だということは、フロウディア様とエリフィア様が側にいるのをみてすぐに分かったよ」
「あとは、ラウを知らなかったからな。こいつ、これでも自国他国共にそれなりに人気があるから」
「……ナルホド」
この世界の通信技術がどうなっているかはわからないが、どんなに技術が低かろうと姿絵を見る機会なら一度はあるだろう。イケメンの王子様ならなおのこと。
日本ではそれなりに耳馴染みのよい苗字が、見た目外国人の異世界で聞くとまったく違うように感じるのはなぜなのか。そこまで考えた陽哉は、ふと引っかかった。
「なぁ、もしかしてアスターの、オーツって……」
そのまま聞けば元の世界の外国人でもいるだろうファミリーネーム。けれど日本人名を聞いた後だとまた聞こえ方が変わる。
「気付いたか。 俺の祖先も初代国王と一緒にこの世界に来た異世界人だ。初代国王と同郷だったと聞く」
「オーツ、って、大津とかかぁ」
大津、大都など、発音の違いはあるが恐らくそうだろうと予測できた。
まだこの世界に来て数人にしか会っていないのに、そのうち三人が日本からの転移者の子孫。これはどんな偶然なのか。
もしかしたら転移者は日本人が多いのだろうかと考える。オタク大国ジャパンだ。異世界云々の物語が多いことで無意識的な転移者の下地が出来ているとか、そういうこともあり得るのだろうかと一人まじめに考えてしまった陽哉である。
そんな陽哉の思考を知るはずもないラウルスが、困ったように、申し訳なさそうに微笑みを向ける。
「ハルヤが異世界人であるとか、僕が王子だとか、そういうことを言わなかったのは、さっき言ったとおり君の友人になりたかったんだ」
「……保護を強制しなかったのは?」
「友人を無理矢理、保護という名目で縛りたくなかった。まぁ、保護自体、異世界からの訪問者の人となりを見て判断してからという決まりもあるが、ハルヤの場合は僕の命を救ったことで父から即城へ連れてきて保護するようにも言われたけれど……」
「チョット待て、待ってくれ。城? え、保護って、お城で!?」
人となりを判断は分かる。転移者が悪人とかだったら保護するなんて国にとってマイナスにしか成り得ない。けれどそれをすっ飛ばして城に招待とか、なんの冗談だと陽哉は顔を青ざめた。
「過去の異世界人は、保護といっても王宮ではなかったらしいが、僕の命を救ってくれたハルヤのことは父が気に入っていてね。保護するなら王宮で、と話が進みそうだったがハルヤは森を出ないと聞いていたから、無理強いはしないほうがいいと進言してある。安心して良いよ」
「ありがとうラウ!」
ラウルスの機転がなければすでに城へご招待されていてもおかしくなかったらしい。陽哉は一般人だ。いきなり異国の城へ登城など胃がいくつあっても足りない。
「それから、異世界人はその功績にもよるけれど、多くが叙爵されて貴族になっている。一代だったり継承だったりはそれぞれだが。父はすでにハルヤの叙爵も検討していたから、これも待ったをかけてあるよ。一応、アリマ家のように、貴族籍にまったく興味がなく辞退して、その功績で勲章は貰っても表向き一般人として根付いた家系もあるし」
「俺も貴族とか無理なんだけど! というか、あれだけで叙爵!?」
登城よりさらに胃の痛くなる言葉だった。普通のショコラティエの陽哉に貴族なんて寝耳に水すぎで恐ろしい言葉である。
「あれだけって、ラウは第一王子だぞ? 第一王子の命を救ったんだから勲章ものだろう。それに、ハルヤのポーションは革命的だ。少なくともこの国においては充分資格を満たしている」
「無理無理! 貴族なんて絶対無理!」
アスターは呆れているようだが、なんども言うが陽哉は一般人である。現代日本では本やアニメで得る知識なので偏りはあるだろうが、貴族という立場の厄介さを知っている。領地云々やノブレス・オブリージュなどの責務もそうだが、なにより腹の探り合いなんて出来るとは思えない。貴族の敵は貴族、なんて、多くの物語で語られている定番だ。
「なんとなく、ハルヤは嫌がりそうだなとは思ったんだ。止めておいてよかった」
「ほんとありがとうなラウ! 貴族なんて面倒なものになったら、ショコラ作れなくなる! 俺はただショコラ作っていたい!」
「ショコラ、というとあのポーションかな?」
「そうそれ、正式にはショコラポーションって呼んでるけど」
「貴族になったら確かに面倒ごとというか責務は出てくるからね。まだハルヤのポーションはまだ試作段階だというし、叙爵してしまえば奇跡のポーション作りに支障が出るか。うん、父上にはそう進言しておくよ」
「ありがとうラウ! お前が友達でほんっとよかった!!」
「……」
今の所面倒ごとからとりあえず逃れられそうで嬉しそうに笑顔を見せる陽哉とは違い、ラウルスはまだ申し訳なさそうな微笑みだった。それに気づき、陽哉はラウルスを呼ぶ。
「ラウ?」
「ごめんねハルヤ」
「なんの謝罪?」
「……僕は、君の友人でありたいと願いながら、君の技術を利用しようとしている」
「は?」
「命を救ってくれた君の友人でありたい。王子という地位も関係なく、対等な関係でありたい。けれどその反面、君の作るポーションをこの国の為に利用したいという下心があるんだ。君の誠意を裏切っている。
到底、純粋な友愛には成り得ないんだよ」
下心ありきの友情。それに、ラウルスは苦心しているらしい。友でありたいけれど、立場がそれだけであることを許さない。当然だ。国を背負う第一王子が、友情を優先させたいから目の前に力があるのにそれを利用しない、なんてことが出来るはずがない。
「……素直だなぁ。なぁアスター、王子がこれって大丈夫なのか」
「これでも普段は王子らしく取り繕うのもうまいし、清濁併せのむのも慣れているし、腹黒い一面もあるんだ。相手によるさ、誠実に心を見せた方がいい時がいつか、よくわかってる」
心の内を見せる相手を、ちゃんとわかっている。つまりそれは、陽哉はその相手に成り得ているわけで。
たった数回会っただけ。友達になりたいと言われて、異世界という壁があるから消極的であった陽哉であるが、彼は一度懐へと入れた者へ心を開くのは早い。気付けば、陽哉自身もラウルスを友人として受け入れていた。だからこそ、心の内を素直に見せるほど誠実さを見せられて、拒否など出来るわけがない。
「……んなふうに言われて、じゃぁ友達止める、なんて言える訳ないだろが。だいたい、利用っていうが、それをいうなら俺だってお前を利用してるじゃん?」
「え?」
「この工房。お前が言い出したことではあるけど、(エリフィアが)いろいろ注文付けたし」
「これはお礼だって言ったじゃないか!」
「その“お礼の気持ち”を利用していろいろ貰ってんの。お前の利用とあんま変わらん」
「いや、ものすごく変わるからね?」
「本人が良いって言ってるんだからいいんだよ。ようはお互いの意志ひとつ。それだけで、利用は助け合いに変わる」
「助け合い?」
「友人なんだ。持ちつ持たれつなんて、当たり前だろ? この世界で俺が生きやすいように助けてくれるラウの助けになる、そんな理由で、ショコラポーションくらい作るけど?」
だから裏切りだとかそんな深刻な問題じゃないと、陽哉は笑い飛ばした。
「……かなわないなぁ」
そう言って、嬉しそうに笑うラウルスをジッと見つめるのは、フロウディアとエリフィアだった。それに気付いていたのはアスターだけだが、彼はそのことを指摘することはなかった。
神獣の考えは分からない。けれど、心の内を吐露したラウルスになにもしてこない時点で、一応陽哉の側にいることを許されたのだと、アスターは判断したのである。
この時、もし陽哉が二匹の視線に気付いていたら、きっと問いかけていただろう。”なんで羨ましそうなのか?”と。
アスターは気付かなかった。感情がわかりにくい動物である彼らの瞳に宿る、”嫉妬”という感情に。
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