第22話 ラウルスの正体



「お、それはいいな! 俺も出すぞ!」

「なら三人の報酬から予め決めておこう」


 金銭面を負担すると豪語したべリスの背をさらに押したのは、彼女の仲間たち。ベリスの言葉に驚くどころか、前向きに話を進めていく。


「いやいやいや、えぇ? そこまでする?」

「二人がハルヤのポーションを覚えるということは、それだけの価値があるもの。もちろん善意じゃないわ。二人がポーションを覚えてくれて、それを私達が使わせて貰う。二人の技術が上がるほど、私達の生存率が高くなるもの」

「それほど素晴らしい技術を教えて貰うんだから、お礼も当然だな。あとはまだ試作段階というなら研究費の支援って名目もある。出来れば、二人が成長するまでハルヤのポーションも買い取らせて貰いたいけど」

「あー、なるほど」


 二人は彼らに感謝している。そうなれば当然、ショコラポーションを作れるようになれば、優先的に提供することになるだろう。謂わば、先行投資だった。

 問題の賃金はベリス達がどうにかしそうだ。となると、もう一つの問題は。


「フロウ、フィア、俺がいない間の闇の獣って……」


 そう、感染獣などの闇の獣への対策である。

 

「基本的にはこの森の中はグレン達に対処させている。……まぁ、お前が言えばグレン達もこいつらを守ってくれるだろ。工房には結界も張ってあるし」

「フロウ達は?」

「俺達は暇じゃないからな」

「そっか」


 森の番人って闇の獣対策以外にも忙しいのだろうか? と心の中で首を傾げるが、それ以上は聞かなかった。


「なぁ、グレン、シズク、ヒョウカ、お前達この二人守ってやってくれないか?」

「ワウ!」

「……クルル」

「……キュウ」

「ありがとなー」


 陽哉の言葉に、グレンは嬉しそうにしっぽを振って、残りの二匹はちょっと間を置いて返事をしてくれた。頷く仕草もあるから了承はしてくれているらしいが、陽哉に言われたから仕方がない、といった様子なのがよくわかった。

 

「え、えぇ? 聖獣が、守ってくれるんですか!?」

「俺はこの森を離れられないし、いつ来るかも分からないから、この森に留まって貰わなきゃ教えられない。結構感染獣が現れるから、護衛無しに滞在はキツイと思うんだけど」


 というか、彼らはどこで教わるつもりだったのだろうか。と今更ながら本当に勢いでの弟子志願なのだなと心の中で苦笑する。


「た、確かに、そうですけど」

「聖獣が護衛なんて、前代未聞……」


 陽哉の行動に唖然とするアキレア達。その中で、一番に我に返ったのはメリアだ。


「じゃ、じゃぁ、弟子にしてくれるんですか!?」

「まぁ、制限があってどこまでちゃんと教えられるか分からないから、仮、って感じだけど。俺も、この世界の人にショコラポーションの作り方教えておきたかったし」

「~~~~~っ! ありがとうございます!!」

「嬉しいです!! 精一杯頑張ります!!」


 そんなこんなで、異世界転移わずか五回目にして、陽哉に弟子(仮)が二人も付くことになったのだった。




 メリアとローマンの熱意に負け、弟子(仮)とした陽哉はとりあえず店へと戻ることにした。ラウルスから工房をプレゼントされていたのは本当に幸運だった。部屋付きの工房がなければショコラポーションの作り方を教える、なんてことはこの先も出来なかっただろう。店からあまり離れられない以上、工房に住み込みで師事するということが条件となる。

 

(自由に使っていいとは言われているけど。一応ラウルスに報告はしないと)


 住み込みで教えられる場所がこの森の中にあると説明すると、彼らは困惑しながらもまず工房を確認することになった。

 そして、森の中に突然現れた建物に、五人はポカン、と数秒固まった。


(まぁ、こんなうっそうとした森の中にあるとは思えない建物だもんな)


 町中なら違和感がなくても、森のなかにポツンと建っているのは明らかにミスマッチな建物である。


「まぁ、とりあえず中に」


 陽哉が五人を工房内に案内しようとしたときに、その声は聞こえた。


「やぁハルヤ! 工房は気に入ってくれたかい?」


 バサリという羽音と共に聞こえたそれに上空へと視線を向ければ案の定そこに居たのは、工房をぽんっとプレゼントしてくれた張本人、ラウルスだった。

 愛犬リュクスにまたがり、隣にはやはりアルファに乗ったアスターがいる。にこやかに笑いながら降りてきたラウルスに、思わず呆れた。


「仕事大丈夫なのかよ?」

「もちろんさ。ちゃんと片付けて来ているよ」

「ならいいけど……。あぁ、工房ありがとな。正直凄すぎてタダで貰っていいものじゃないレベルだけど」

「何を言うんだハルヤ。君は僕の命の恩人だよ? これくらい当然だよ」


リュクスから下りてすぐに陽哉に駆け寄る。工房のお礼を伝えたからか、その笑みは更に深まっていた。


「設備に問題はあったかい?」

「今の所特には」

「ならよかった。手紙にも書いたが足りない物があったらなんでも言ってくれ」

「いやこれ以上貰えないって」

「なんども言うがハルヤ。これは命を助けて貰ったお礼でもあるんだ。本来だったらこれでも足りないくらいさ。あぁ、もちろんちゃんとしたお礼も今手配しているから」

「これじゃないのか!? いやもう充分だから!!」

「いいや! それでは僕の気が済まないからね!」

「えー」


 工房が本来のお礼ではないという主張に陽哉は引いた。


「……その話はまた今度な。とりあえずラウ、実は仮ではあるんだけど弟子を取ることになったんで、お前に紹介をしとこうと思って」

「弟子? さすがハルヤ! もう弟子が出来るなんて!」

「まぁ、事情があって仮なんだけど。あぁ、紹介するな。この工房を建ててくれたラウルス、って

みんなどうした?」


 二人を紹介しようと振り向くと、そこには驚愕の表情で口をあんぐりと開けた五人がいた。


「……ラ」

「ベリィさん?」



「ラ、ラウルス王子っ!」


「……は?」



 ベリスの叫び声に今度は陽哉がぽかんと口を開けた。


 王子。殿下。王様の子供。


 ギギギッと壊れたブリキのようにゆっくりと再びラウルスへと視線を向ける。

 キラキラとした美貌の彼は、困ったように、微笑んだ。


「まいったな。こんなに早くバレるとは」



「~~~~~~っ、王子―――――!?」


 陽哉の口から木々の葉を揺らす様な絶叫が森に響き、鳥たちがバサバサと飛び立つのだった。


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