第19話 救助
「くっそ、マジで、やばいって!タイミング最悪!」
「本当にな!」
「なんとか退路を確保しないとっ! 私の魔力も尽きそうだし、なによりこの子の怪我が」
森の奥で、五人の男女が禍々しいオーラを纏う黒い獣達と対峙していた。狼や犬に似た獣・感染獣は八体もいて、ぐるりと五人を囲う形で威嚇している。
五人は焦っていた。八体に対応しているのは実際には三人。残りの二人、男の方は腕を怪我しており、女の方は足を怪我していて立つことも出来ない。出血量が多いからか意識も朦朧としている。腕に怪我をしている男が支える形で辛うじて立っているが、立っているのも限界なことは見て取れた。彼らを囲む形で陣形をとる三人の体にもいくつもの怪我があり無事とは言い難いが、重症の女はいますぐに対処をしなければ危険な状態だった。
「来るぞ!」
どうにか退路を確保しようと隙を伺う彼らにむかって、獣の口から黒い炎のようなものが放たれ、それを合図に一斉に襲ってくる獣たち。己の怪我を覚悟で、三人は己の武器を握りしめた。その時だった。
「フロウ!」
男の声が聞こえた瞬間、彼らの目の前にぶわりと広がったのは、風の壁だった。その壁に相殺され、感染獣から放たれた攻撃は届くことなく、また襲いかかってきていた獣たちの悲鳴が響き渡る。
「な、んだ?」
「大丈夫ですか!?」
唖然としている彼らにかけられた声。聞こえた方へと視線を向ければ、風の壁が消え、駈け寄ってきたのは陽哉であった。エリフィアと共にグレンの背に乗り、併走するシズクと彼らの元へやってきたのだ。
「フロウ! あいつら任せていい!?」
「……はぁ、仕方がないな。フィア、お前はハルについていろ。ヒョウカ、シズク、お前達は来い」
「わかったわ」
フロウディアに残りの感染獣を任せ、陽哉は五人の元へ行きグレンの背から降りる。女の傷を見て、顔を歪めた。
「君は……」
「えーっと、通りすがりの者です。いや俺のことはいいんで、とにかく治療を!」
「あ、あぁ、だがもうポーションがないんだ。この近くにテオフルクの実はないか?」
「テオフルクの実よりいいものがあるわ」
「え!? しゃべったっ」
「まさか、神獣か!?」
エリフィアが話したことで、彼らの視線がエリフィアに集中する。そんな視線を気にすることなく、エリフィアは陽哉に視線を向けた。
「ハル、早く」
「ああ」
取り出したのはもちろん陽哉作のショコラポーション。
「ポーションです。食べさせてください」
「これが、ポーション?」
クリーム色の固まりのそれに、受け取った男が不思議そうに凝視する。他の男女も今まで見たことがない形のそれに、本当にポーションなのかと疑っているのが目に見えた。
(この世界のポーションって基本はテオフルクの果汁ベースの液状。他のポーションは漢方みたいな感じで粉がほとんどなんだっけ? そりゃ警戒するか)
彼らの警戒心を感じ取り、教えて貰ったこの世界の薬事情を思い出して内心焦る。無理矢理飲ませるのは得策ではないが、女の怪我の具合を見る限り時間は少ない。ならば自分で無害であると証明するしかない。
「不安でしたら、俺が毒味し」
「いいからさっさと食べさせなさい。そんなに不安だったらあなたが一つ食べればいいでしょ!」
「は、はいぃぃぃ!」
自ら毒味を提案した陽哉の言葉を遮ったエリフィアの声は若干低く、所謂ドスのきいた声、である。それはポーションを受け取った男は情けない返事をして勢いのまま手にあったそれを口に含む。その瞬間、男は目を見開いた。
「え、うまっ」
「は?」
男の第一声に今度は戦っていた女がドスのきいた声を上げた時だった。ゆっくりと、男の体から、あの白銀の光が溢れ包み込む。白銀に混ざった黄金の光もフワフワと男の周りを舞い、その光と共に男の怪我は癒えていった。
「うそ、だろ、ここまで」
「っ! アキ! 早くメリアにあげて!」
「お、おう!」
怪我が癒える様子を唖然と見ていた男達の中で、先に我に返った女の言葉で、アキレアと呼ばれた回復した男は重症の女にショコラポーションを食べさせた。そして、再び現れる奇跡の光。
光が収まると、無傷となった女の姿があった。
「う、うそ、痛みが、全然ない」
自分の体を確認する女の様子にホッと息を吐き、陽哉は残りの三人にもショコラポーションを差し出す。
「他のかたも、よければ」
「あ、ありがとうっ」
残りの三人にもポーションを渡して一息つく。そして後ろを振り返れば、シズクの頭の上でフンッと胸を張っているようなフロウディアと目が合った。
「ありがとう、フロウ。お疲れ」
「あれなら、シズク達だけで充分だ」
「そっか。シズクとヒョウカもありがとね」
お礼を言われ嬉しそうな二匹と一羽と触れあう陽哉を見て、規格外のポーション効果に唖然としていた男達はやっと現状を思い出す。自分達は感染獣に囲まれていたはずだと焦り視線を周りに向けたが、そこには何も居なかった。
「え、感染獣は……」
「そんなもの、とっくに討伐、浄化済みだ」
「ま、またしゃべる鳥? っていうか、浄化済みって」
「ハル、これ持ってろ」
「へ? わ!」
男の言葉を無視して、フロウは風でそばに浮かせていた八個の核結晶を陽哉に渡す。ふわりと飛んで来た核結晶を慌てて受け止めた陽哉は、その重さに思わず声をあげた。今まで見てきた結晶よりは一つ一つが小さいが、それが八個もあれば重さもでる。
「フロウ、前も言ったけど」
「いいから持っておけ」
「……はーい」
何事もなく結晶を抱える陽哉に、男達は目を見開いた。
「え、だ、大丈夫なのか?」
「何がです?」
「言っただろう、浄化済みだと」
「……浄化済み」
その反応で、男達が何を懸念しているか理解した。一般的に感染獣や暗黒獣を討伐して得た核結晶は、基本的に闇のオーラに汚染されてすぐには触れられない。国境なき守護団員は支給されている特殊な魔法のかかった布に包み持ち帰り、浄化魔法の使える魔法士が浄化してやっと触れることが出来るという。それがすでに浄化された状態だというのだから、彼らが驚くのも無理はなかった。
「えーっと、とりあえず、皆さん大丈夫ですか?」
「あ、ああ。本当に、なんて礼をいえばいいか」
「感謝してもしきれません! ありがとうございます!」
「ありがとう。あなたが居なければ、メリアも、私達も危なかったわ」
「い、命を救っていただいて、ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「いいえ、皆さんの危機を察知したのも、倒したのもフロウですし」
「フロウ?」
「ああ、こいつがフロウディア、あ、俺は陽哉といいます。で、こっちがエリフィア、グレン、ヒョウカ、シズクです」
陽哉が紹介するために名前を呼ぶ度に、しっぽを振ったりするグレン達。そんな彼らを改めて見て、男達はまた驚愕の表情を浮かべる。
「聖獣……」
「神獣に、聖獣って、もう、なにがなんだか……」
そんなレアだらけの生き物に囲まれる、優しげな風貌の男。それだけで、彼らは陽哉をとてつもない人物であると認識した。
「ええっと、フロウディア、様、ありがとうございます」
「仕事をしただけだ。尤も、お前達を癒したポーションを作ったのは陽哉だからな」
「あれを君が作ったのか!?」
「そうよあのポーションよ! なんなんですかあれ! あんな性能のものなんて見たことありません!!」
「ま、まだあるならぜひ売ってくれ! 金ならなんとしても出す!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください!」
そこからは、質問の嵐となった。
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