第18話 工房と新たなトラブル

「……なにこの立派な建物」


 ラウルスからの甘い誘惑に負けた次の転移の際、店から出てやっぱり待ち構えていたモフモフ達に挨拶して、周りを見渡して気付いたそれ。

 白いレンガ造りの外装は陽哉の店に似ているものの、大きさは全く違った。敷地面積も倍以上であり、造りも2階建て。考えていた規模の数倍は凄い建物が、店の隣に立っていた。

今までの店一軒でもそうだったが、明らかに森の中にぽつんとあるにはミスマッチな建物である。


「ああそうだ、これ、ハル宛よ。グレンが預かってくれていたの」

「なに? 手紙?」


 エリフィアが渡してきたのは、一通の封筒。厚みと重みのあるそれを開くと、出てきたのは手紙と三つの鍵だった。


「えーっと」


――――――――――――――――


 やぁハルヤ、この手紙はグレン君に渡しておくけれど、無事受け取れたかな? お礼の工房が無事出来上がったから、中を確認してくれ。一応聞いていた物は一通り揃えたけれど、足りない物があったら遠慮なく教えて欲しい。一階は工房として使えるような設備は揃えておいたよ。二階は君に弟子が出来ても大丈夫なようにしてある。この工房はもうハルヤの物だから、好きに使ってくれ。今度はこの工房で君のショコラポーション作りを見学出来ることを楽しみにしているよ!


――――――――――――



「……まじかぁ」


 ショコラポーション作りを見せる対価にしては貰いすぎではなかろうか。

 前回、ハルヤ(正確にはエリフィア)から要望を聞いてすぐ、そろそろ時間だと帰って行った楽しげな二人の姿を思い出し、力が抜ける。あの勢いから本気だとは分かっていたが、いざ現実を受け止めると唖然としてしまうのは仕方がないだろう。


「弟子ってなんだ弟子って。そんな予定皆無なんだが?……まさかアイツ、誰かを弟子に! とかって連れてきたりしないよな?」

「ねぇハル! 中見てみましょう!」

「……はぁ。まぁ、そうだな。せっかくくれたのに使わないと勿体ないし」


 本日の冒険は、森の中の前に大きな工房が先となるのだった。



「……すっごいな、この工房」


 一通り見て回った陽哉の感想はそれに尽きた。

 一階はほとんどが工房となっており、通常の店なら菓子などを売るようなスペースはない。代わりに、リビングのようにくつろげる部屋と、工房とは違う小さなキッチンがあった。更には事務仕事が出来るような、机と本棚や金庫らしき物がある部屋が一室、工房から直結する部屋は倉庫を想定しているのか、大きな棚が備え付けられた部屋もあった。

 そして二階。部屋はなんと8室もある。それぞれにベッドと机とクローゼットだけはあり、すぐにでも宿泊できるレベルで整っていた。以外な事に、トイレと風呂も完備。そしてなによりも驚いたのが、工房に設置された機械類の技術力である。


「いかにもファンタジーな中世レベルだと思ってた」


 工房にあったのは、明らかに科学技術がある見た目の機械だ。冷凍庫と冷蔵庫と思われる機械は別々で、それぞれ元の世界とよく似た箱形。そしてコンロらしきもの。ピザ釜のような形だがちゃんと扉とスイッチもあるオーブンのような物。水道とシンク。

多少の違いに違和感はあるが、元の世界のどこぞの店だと言われてもおかしくないレベルの施設だった。


「……水もちゃんと出る。え、これどこから引いてるの? こっちのコンロのガスは?」

「魔法だ」

「え? これも!?」

「正確には、付与魔法ね。この世界の生活に必要な物のほとんどは、核結晶に付与魔法を施して、それを機械に付けて使うのよ」

「電池、みたいな感じか。それで水まで出るなんて、なんていうか、変な所で未来的だな。けどそれ、核結晶不足に陥らない?」


 なんでもかんでも核結晶頼みではかなりの高級品なのでは、という疑問は、エリフィアがクスクス笑いながら否定する。


「核結晶には、大きく分けて三種類あるの。一つは、ハルも知ってる感染獣とかから採取出来る物。もう一つが、光の龍脈から採取される天然の結晶。もう一つが、人が作り出した人工石。一般的にこういう機械に使われるのは、人工石ね。一番希少なのが暗黒獣から採取できる結晶で、その次が感染獣から採取される結晶。この二つは付与できる力が大きくて、主に結界に使われることが多いわ」

「へぇ」


 まさか人工石まで作れるほどの技術力がこの世界にあると思わなかった陽哉はただただ関心した。


「ちなみに、この前の核結晶は工房の結界に使ってるぞ」

「ねぇ今貴重なものって聞いた所なんだけど?」

「都市や集落以外に居を構えるなら結界は必須だ。俺達が浄化して手にしたものを自由に使ってなにが悪い」

「……それもそうか」

 

 盗賊に闇のモンスターにと、この世界は何かと物騒で結界は必要不可欠。聞けば、結界魔法を付与出来る魔法使いもそこまで多くないらしい。何から何までフロウディア様々であった。


 そんなこんなで一通りの確認を終えた一向は、せっかくだからこの工房でショコラ作って! というエリフィアのおねだりで、再び森の中へ冒険と言う名の散策へと向かうのだった。



「重い、重いけど……癒されるぅ」

「……ここまでくるとこの懐かれ具合は異常だな」

「しょうがないわ。ハルだもの」


 散策中の森の中、陽哉はいろいろな種類のモフモフ達に囲まれていた。ラウルス達が居たときは寄ってこなかった動物達は、今日はその分を取り戻すのだと言わんばかりに陽哉にすり寄っている。 

幼馴染みや妹に引かれるほど動物に懐かれ、時折苦労する陽哉だが、動物は嫌いではなく好きなのだ。普通なら多くの動物たちにのしかかられればトラウマものだが、陽哉は笑って許してしまうし、撫でて落ち着かせようとするから余計に動物たちが撫でられようと殺到するという悪循環が生まれるのである。その度に幼馴染みや妹に助けられるのだが、この日はフロウディアとエリフィアに助けられた。


「ほらあなたたち、いい加減にしなさい」

「そろそろ離れろ」


 聖獣すら従える神獣だからか、二匹の言葉に動物たちは大人しく離れて行く。


「ありがとー、二人とも」

「ハルも、もうちょっと抵抗してちょうだい」

「イヤ、してるんだけど、可愛くて」

「……ハァ。毛だらけじゃない。コレじゃ工房に入れないわ」

「あ」

「しょうがねぇな」


 呆れたようにため息をついたフロウディアが片翼をあげれば柔らかい風がクルクルと陽哉の周りを舞った。体中に着いていた色々な種類の毛がその風に吸い付くようにはがれていく。


「うわ何コレめっちゃ便利。てかフロウ、調整上手じゃん」

「風は一番得意な属性だからな。他は使えるが加減が難しい」

「……使えないんじゃなくて加減が出来ないのね」

「そうだ。それよりハル、いい加減そいつら構ってやれ、視線がうっとうしい」

「へ? あぁぁぁぁ、ごめんなー!」


 フロウディアの指し示す方へ向けば、ジーっと寂しそうな目で見てくるグレン達がいた。グレンとシズクのしっぽと耳は下がっているし、ヒョウカのしっぽはペシンペシンと地面を叩いている。陽哉が他の動物たちに構ってばかりで拗ねたようだ。

 結局、陽哉はまた数分後にフロウディアの風を纏うこととなる。



 




「うーん、このレーテルの実ってやつの方、分量間違えたかも」

「失敗?」

「ちゃんと固めてみないとわからないけど、この感じ、固まりにくそう。一定温度で急激に固まるような性質ならいいんだけど……視てもそういう情報は出てこないしなぁ」

「そうねぇ、勿体ないし、とりあえず時間置いてみて、固まらなかったらそのまま舐めるか、ヒョウカに凍らせて貰ったら?」

「……そうするかぁ。試しにテオフルクの果肉と、アリアの蜜の分量変えたのを何種か作ってみたけど、こっちは比較的固まり具合に大きな差がでないし……あとは効能の差が出るかどうか。こればっかりは俺が食べても分からないから。”視る”かみんなに食べて貰うしかないけど」

「試食なら任せて!」

「ふふ、よろしく」


 モフモフ達と別れを告げ、最早おなじみのようにグレン達だけを連れて新しい工房に戻り、穏やかな会話をしながら、試行錯誤のチョコレート、基、ショコラポーション作り。相変わらずグレン達は外で大人しく待っていて、フロウディアとエリフィアは新しい工房にもあった小窓で陽哉の作業を見守っている。機器の違いに少し戸惑いつつもすぐに慣れ、簡単なショコラ作りくらいならすぐに出来た。

探索ついでにいくつかの果物も取ってきていたので、ショコラを固めている間に陽哉の昼食用として事務所に置いていたパンと一緒に軽くお昼ご飯も済ませる。

 

(めっちゃ平和。今日はこのまま一日が終わるかなー)


 そんな陽哉の考えは、すぐに打ち砕かれることとなる。


 ピクリ、と最初に反応したのは、前回と同じくフロウディアだった。ジッと陽哉の作業する姿に向けていた視線を外し、ある方角へ視線を向ける。その様子に気付いたエリフィアも、同じ方向へと視線を向け、キュと顔を歪めた。


「どうした?」

「……感染獣が森に侵入したな」

「またぁ!? じゃぁ早く行かないと!!」

「これくらいならグレン達だけでもだいじょ……」

「フロウ?」

「……人が、いるな」


この日もまた、冒険らしいトラブルが発生したのだった。


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