第17話 甘い誘惑
「俺って順応力高すぎない?」
四度目の世界間転移の際の、陽哉の第一声はそれだった。店の中だったので哀愁漂うその声を聞いた者はいない。
前回も似たようなものだったが、今回もベルが鳴り始めた時点で念のためドアの施錠を確認し、時間も確認する。正直言ってこの非日常への正しい策などないに等しく、目を開けられないほどの光も避けようがない。この日も目を瞑り、再び視界が正常に戻った時には、ブラインドの隙間から見える僅かな景色が変わっていた。前回感じた嫌な予感を無理矢理消し去り、目の前のドアを開ける。
案の定、そこには緑の木々や草、土の茶色が広がり、そこに白色ベースのモフモフ達が鎮座していた。
「おはようハル!」
「うん、おはよう、フィア、フロウ」
「ああ」
「で」
白いモフモフ達の側にある姿に、ハルヤは思わずため息をついた。
「本当に来たのか」
「やぁハルヤ! やっと会えたな!」
「すまんな、邪魔するぞ」
前回よりも少しラフな姿で店の前にいたのは、先日この世界で初めての友人となったラウルスとアスターだった。
爽やかな笑顔を見せるラウルスに、苦笑いをしながら片手をあげるアスター。少し離れた木陰ではリュクスとラルファが気持ちよさそうに休んでいる。
「やっと会えたってことは、何回か来てるわけね。……暇なの?」
「まさか! これでも結構多忙な身でね。できる限り早く仕事を終わらせてるだけさ」
「まぁ、確かにまったく暇ではないな。今だって一応見回りっていう建前ついでだし」
「見回り? そういえばこの前もそんなこと言ってたし……。そういえば、聞いてなかったけど、二人の仕事は? 守護団ってやつ?」
「いいや」
前回は明らかに武装していたし、飛行する暗黒獣と戦っていた二人だから噂に聞く守護団か、と首をかしれば、笑顔で首をふるラウルス。
「僕らは、騎士団所属だよ」
「へぇ! 騎士団か!」
気になっていたもう一つの組織に、思わず声が上がる。男にとっては冒険者と並んで憧れる単語だ。予想していたほどがっちりとした鎧ではないものの、二人も胴を守るような鎧は着けている。言われれば確かに騎士っぽかった。
「ハルヤ、今日の予定はあるのかい?」
「予定らしい予定はないけど、まぁ、テオフルク採取とショコラポーション作りかな」
なにせ、キラキラおめめでおねだり光線を発しているモフモフ達がいるので。時間制限のある冒険しかできないから、まだ四度目ではあるが、森探索からのテオフルク採取、そしてショコラ作りのルーティンが出来つつある。いろいろと組み合わせて作ってみたいものもあるし、むしろハルヤ自身がショコラを作る気満々だ。
「なら、僕らも一緒に行ってもいいかい?」
「まぁ、それくらいなら」
下手にどこかに行こうと誘われるよりマシなので、ハルヤはラウルスの申し出を了承した。
とはいっても、この日の森はとても平和だった。なんだったら今まで見ていた動物たちの姿すら見ない。前回と同じく、エリフィアがいろいろな植物を教えてくれて、いくつかを採取する。ラウルス達がいるからは、今までのようにハルヤに神眼で見てみろとは言わないので、完全にエリフィア先生に教わる形だ。中にはラウルス達も詳しく知らない植物もあったようで、二人も興味深そうにいろいろ聞いていた。
そうして森の中を進み、あのテオフルクの木へと向かいいつものようにヒョウカが木の上の実を落としてくれる。その様子にも、二人は驚いていた。
「聖獣にもいろいろな力を持つ種がいるとは知っているが、こういう能力もあるのか」
「すごいな。この子は氷系統か。ハルヤ。こっちの子はどんな能力を?」
「俺もそこまで詳しくは知らないけど、今まで見た感じだとグレンは炎、シズクは水だね」
「素晴らしい! ここまで聖獣を近くで見るのは初めてでね。撫でてみたいんだかいいだろうか?」
「あー、っと」
自分には懐いているがどうだろうか? と三体を見れば、シズクは首を振り、ヒョウカはハルヤの足の後ろに隠れた。言葉を話せなくてもよく分かる断固拒否である。
その様子に肩を落とすラウルスに苦笑いし、グレンを見る。視線が合ったグレンは首を傾げ、嬉しそうにしっぽを振ってハルヤにすり寄った。
「グレン、ラウが撫でたいんだって、いい?」
「? ワウ!」
「……わかってるんだろうかこれ」
「そいつは撫でられるの好きだから、まぁ大丈夫だろ」
フロウディアの助言により、グレンだけはラウルスに撫でられても怒ることはなかった。その様子と今までのやり取りを思い出し、なんとなく、三匹の性格が分かってきた。
(お姉さんで冷静なシズク、ツンデレっぽいけど俺には甘えてくれる妹なヒョウカ、末っ子気質で甘えんぼなグレン、かな?)
後で声が分かるエリフィアかフロウディアに聞いて答え合わせしてみよう。そんなことを考えるハルヤの横で、感動しているラウルスと、少し羨ましそうなアスター。
「まさか聖獣に触れられるとは……あとで自慢しよう」
(……やっぱり、聖獣ってレアなんだなぁ)
その後アスターもグレンを撫でさせてもらい、二人は満足そうだ。ちなみに、二人はエリフィアとフロウディアには触れて良いかと伺いを立てることもしなかった。
そんな平和な探索を終え、店に戻ってからがちょっとした問題が発生する。
「ポーション作りを見せて貰ってもいいだろうか?」
「いいけど」
「それは無理だ」
ラウルスの問いかけにあっさりと肯定したハルヤの言葉を遮ったのはフロウディアだった。
「フロウ?」
首を傾げるハルヤの肩に乗って、じとっと見てくるフロウディア。なぜダメなのだろうか、と考える前に、ツンっと耳を突かれる。
「いてっ、なんだよ!」
「馬鹿者、あの店には、お前と俺とフィアしか入れないように結界を張ってある。それに、あの店の中にはお前の世界の機械がずらっと並んでいるんだぞ。この世界もそれなりの技術はあるが、ものは違う。お前、説明出来ないだろ」
「……それはダメだ」
この世界に来て他の家など見ていないから、異世界技術についてすっかり抜け落ちていた陽哉である。あれはなんだこれはなんだと聞かれても、陽哉には説明が出来ない。そして大興奮でそう聞いてきそうなのが目の前で首を傾げるラウルスだ。結界が張ってあるというが、結界がなくても無理だった。
「……ごめん、この家結界が張ってあって、他の人間は入れないんだ」
「結界?」
目を見開いて驚いたラウルスだが、それも一瞬で。すぐなるほどと頷く。そのあっさりとした反応に、陽哉のほうが驚いた。前回の勢いのように頼まれるものだと思ったのだ。
「なら仕方がないね」
「ごめんな」
「他の場所で、っていうのも難しいのか?」
「あー、今の所、この森から出るつもりないんだ」
意外にもあっさり引き下がったラウルスに対して、他の提案をしてきたのはアスターだった。けれどその提案に頷くことも出来ない。
「……作り方を教えたくないって訳じゃないんだね?」
「あ、ああ」
むしろ陽哉は最初からこの世界の人間に教えたいと考えていたくらいだ。エリフィアには陽哉の技術をこの世界の人間に教えるのは一朝一夕では無理だと言われていたが。
陽哉の言葉に、少し考え込んでいたラウルスが顔を上げると、そこには満面の笑みがあった。
「よし! なら作ろう!」
「は?」
奇しくも、その一言は陽哉だけでなく、アスターやフロウディア達も思わず呟いていた。
「え、作る、って、まさか、工房?」
「もちろんだ! この森の中がいいならこの家の隣がいいね! 一般的なキッチン設備以外になにかいるものはあるかい? なんでも言ってくれ! もちろんお願いしているのはこちらだかし、命を助けてくれたお礼でもあるから、費用は気にしなくていいよ!」
「はぁ!? ちょ、まて、待ってくれ。そんなポンッと」
「外装の希望なんかあるかい? なければとびきり素晴らしいものを考えるよ!」
「だから待てって、ちょ、アスター! ラウを止めろ!」
「……ラウ」
暴走気味のラウルス対最終兵器アスターに助けを求める。当然、突拍子もない発案を却下してくれると思った陽哉だが。
「お前にしては名案だ。すぐに信頼できる業者を手配しよう」
「お前もか!!」
思わず突っ込んだ陽哉であった。
結局、このラウルスの案は、エリフィアのいいじゃない! の鶴の一声ならぬうさぎの一声で可決されてしまった。唖然とする陽哉の横で、あれもこれもとエリフィアが注文を付ける。
「……この世界ってそんな簡単に建物建てられるものなの?」
「魔法があるから期間は短いが、そこまで簡単ではないぞ。専門職だからな」
「だよね」
こんな森の中に工房を建てるのは相当大変ではなかろうかと頭を抱える。
前回疑問に思った陽哉が元の世界に居る間店がどうなっているのか、という疑問は、確かに店はここに存在している、という余計謎が深まる回答であった。店が残ったままなら、店の隣に建物を建てることは出来るだろう。けれどこんな森の中の一軒家の隣に工房を建てるだなんて依頼された業者も気の毒だ。
「まぁ、費用はいらないっていうんだから貰っとけ。毎回グレン達に手伝って貰う手間が省けるぞ」
「……なんだろう、この外堀が埋められている感」
この世界に留まるつもりはないのに、確実に、陽哉の存在が根付いていく。
「ハルヤ、他に必要なものは?」
「……石の作業台」
甘い誘惑に、結局負ける陽哉であった。
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