第16話 変化
「さて、本当にそろそろまずいから帰るぞ」
「ああ、わかった」
アスターに促されてラウルスも相棒であるリュクスに乗る。
「それじゃぁ、ハルヤ、絶対にまた来るから」
「分かったから、気をつけてな」
「ああ。……本当に、この場所に落ちた偶然と、ハルヤに感謝を。この礼は、必ず」
「偶然? まさか」
ラウルスの言葉を遮ったのは、陽哉の肩にのるフロウディアだった。陽哉も、ラウルス達もその言葉に首を傾げてフロウディアに視線を向ける。
「偶然なものか。ここに“落ちた”んじゃない。そいつ、リュクスは、助けを求めてここを目指し、上空で力尽きたにすぎない。ここなら主人を助けられるかもしれない、それに賭けて、傷ついたその翼が折れる覚悟で飛んだんだ」
「え……」
「そいつに感謝することだな。そいつが必死に願うからハルに攻撃をしかけても許した。人に愛情を持つ羽翼種は多いが、己の命とも言える翼を捨てる覚悟をするほど懐かれているんだ。そいつじゃなきゃ、ここに落ちる前に死んでいただろうよ」
フロウディアのその言葉に、ラウルスは大きく目を見開き、己を乗せるリュクスに視線を向ける。
「リュクス、お前、本当に……」
「ワン!」
「あぁ、本当に、お前は最高の相棒だよ。ありがとう」
ラウルスの瞳が潤む。くしゃくしゃと頭を撫でられて、リュクスはとても幸せそうに鳴いたのだった。
「フロウディアはリュクス達の言葉が分かるんだ?」
空の向こう、見えなくなるまで手を振り続けたラウルスとアスターを見送り、一息ついた所で問いかける。先ほどはいい雰囲気を壊すことをためらい聞かずにいたが、もうこの場には陽哉達だけ。騒動の中で、聞きたいことはいろいろとあった。
「ああ。グレン達と一緒だ。ある程度の知能がある生き物なら聖獣じゃなくても意思の疎通はできる」
「へぇ」
「まぁ、言葉が分からなくても、この場を意識的に選んだのはわかったからな」
「え、なんで?」
「最初あいつらの気配は、この広い森の端に感じられた。攻撃で飛ばされたとしたら距離がありすぎ、主人の住処に戻るにしてはルートが違いすぎる」
「あー、なるほど」
だから向かってくる気配を感じ、陽哉に冒険とやらがやって来た、なんて告げたのだ。
「リュクスがこの場を選んだのって、フロウディアとフィアがいたからなんだよね? それって、さっき言ってた、神獣と関係ある?」
「……あぁ、羽翼種は気配に敏感だからな」
「で、神獣って?」
「人間が勝手に呼ぶだけだ。俺達のように人の言葉を話す生き物をな」
「いやおかしいでしょ。ただ話せるだけならわざわざこんな森の中に助けを求めに来ないよ」
「……」
陽哉の指摘に、黙るフロウディア。やはりその顔は不機嫌そうに見えるのだから不思議だ。
「神獣って、神様ってことなの?」
「……その名の通り、神の獣だ」
「神の獣、ねぇ」
「私達は末端よ。そうね、神の使いとか、天使とかと呼ばれるような存在ね」
「まじかー。フロウディア様とかって呼んだほうがいい?」
「しなくていい。むしろ、さっきのようにフロウで構わない。……あまり驚いていないな」
フロウディアの言葉どおり、陽哉はあまり驚いていなかった。
「いやだって、お前らすごいんだもん。レアな聖獣であるグレン達が従ってる感じだし。力も強いし」
薄々と感じ取っていたことだった。グレンたちは二匹に懐く、というより従っているような事が多い。レアな聖獣を従える存在。むしろ、神獣と言われてなるほど、と納得した陽哉である。
納得すれば、そんな神獣がなぜ自分とともに居てくれるのか、という素朴な疑問が浮かんだ。
「でさ、そんなウルトラレアな神獣のフロウとフィアは、なんで俺を守ってくれるの?」
「それはもちろん……」
「もちろん?」
「……チョコレートの為に決まっているだろう」
「ですよね!」
「だからあいつらにやったものを俺にもよこせ」
「私も食べたいわ!」
「はいはい、わかりましたー」
この世界でどんなに貴重な存在であるか、実際の所陽哉には想像でしか分からない。それでも、二匹の好意に甘える形で陽哉はこの森の中を冒険することができる。守ってくれるお礼にと、陽哉はモフモフ達の要望通り、ショコラを振る舞うのであった。
その頃、上空を飛ぶラウルスは、己の幸運を、神に感謝していた。
「やっと、やっとだ。……やっと、見つけた!」
その声に秘められた想いを一番知っているのは、隣を飛ぶアスター。彼も不敵に微笑んでいる。
「これからが大変だぞ」
「分かってる」
二人が視線を落とした先、ずっと木々の緑だけが見えていた大地に、違う色が見えてくる。それは、美しい町だった。
「きっと、変わるはずだ」
ラウルスは神に感謝する。己の命が助けられたこと、そして、陽哉に出会ったことを。陽哉と出会ったことで起きるであろう、変化を。
そして、陽哉のほうでも、変化が始まっていた。
「……時間が、進んでる」
フロウディア達に世界間転移の兆候を教えて貰い、三度目の別れをして元の世界に戻ってきた陽哉。前回前々回と同じく、光を感じて目を閉じたあと、視界に映ったのは閉じられた店のドアで、開けば元の世界の見慣れた景色。無事戻れた事を確認してほっと息を吐いた陽哉は、店の中へ視線を向け、時計を見て一瞬体を硬直させた。
一度目の時は正確な時間は分からなかったが、二度目の時はベルがなった時点で時間を確認していた。二度目に帰って来たとき、時計は進んでいなかった。
そして今回も、時間を確認していた。元の世界に戻った直後である現在、時計の針は、その時間から確実に進んでいた。進んでいた時間は十分程度。たかが十分、されど十分。
この変化に陽哉の心は、イヤな音を立てるのだった。
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