第15話 異世界での初友人

「僕はラウルス。ラウと呼んでくれ」

「自己紹介もしていなかったな。アスターだ」

「あ、俺は陽哉といいます」


 涙を流していた男、アスターが落ち着いた所で、やっとハルヤと男達は向き直った。ごたごたで自己紹介もしていなかった陽哉も己の名を告げ、改めて二人を見る。

 致命傷をおっていたことを証明するように至る所が切れ、血で染まって赤くなっているラウルス。その瞳は光の加減で緑がかって見える黒で髪は柔らかく薄めの黄緑色。優しく微笑む彼は、厳ついわけではないがそれなりに鍛えられているスラリとした長身で、陽哉の世界での俳優のようなイケメンだった。

対して、アスターと名乗った男はラウルスより背も高く筋肉もあり、今は腰元の鞘に収めた大ぶりの剣の存在もあって厳つい印象を持つ。髪は青みがかった黒。瞳はアンバー、琥珀のような色をしている。こちらもやはりイケメンと表現できる美男子である。


(この世界の人間って顔面偏差値高めなんだろうか?)


 すっかり最初に出会った異世界人のごろつき達を脳内から排除していた陽哉の感想がこれである。特にラウルスのほうは笑顔がキラキラと輝いて見えるために、脳内からごろつき達を消してしまった陽哉がそう思うのも仕方がなかった。

 そんな風に陽哉が思っていることなど知るよしもないラウルスは、命の恩人である陽哉の手をとり、さらにキラキラとした笑顔を向ける。


「ハルヤ、アスターに聞いたが、君が助けてくれたそうだな。本当に、ありがとう」

「いいえ! ちょうどポーションが出来たところだったから、運もあったというか」


 陽哉がこの世界にいる時間も限られているが、そのタイミングでショコラポーションを作っていなければ、ラウルスは助からなかっただろう。それはこの男の幸運であると、陽哉は思っていた。


「そう! そのポーションだ! アスターから聞いたが、あれほどの怪我を治せるポーションを、君が作ったのか!?」

「え、あ、はい」

「なんって素晴らしい!! 材料は!? 製法は特殊なのかい!?」

「いやあの、ちょ」

「落ち着けラウ! 命の恩人に失礼だろうが!!」


 ゴン! といい音が響く。アスターがラウルスの頭をひっぱたいた音である。それからは再びのお説教タイム。職人にとって製法などは命よりも大切なものだったりするからそれを聞くなどもっての外だと、くどくどと説教は続いた。

だんだん小さくなっていくように見えるラウルスと、だいたいお前は、と説教の内容が違うものへ飛ぶアスターの様子を見て、思わずくすりと笑みがこぼれる。


(なんか……親近感)


 思い出すのは、自分の幼馴染み達。遠慮のない様子を見ると、彼らも幼馴染みや親友といった関係なのだろうと予想ができる。こちらの世界に来てそこまで時間は経っていないけれど、ほんの少し幼馴染み達が恋しくなった。


「すまなかったハルヤ、無神経だった」

「あー、っと、いいえ、俺は気にしていないですから」

「ああ、普通に接してくれていいぞ。ハルヤは命の恩人だからな」

「いやでも……」


 この世界の基準がわからないけれど、どことなく高貴な気配を感じ取っていた陽哉はその申し出に難色を示す。元々接客業という職業柄か、初対面の人物相手には敬語などを崩すことはないのだが。


「助けられた身で図々しいとは思うんだが、俺としては、是非とも友人のように接して欲しいんだ」

「う、あ、はい、じゃなくって、わかったよ」


 キラッキラの笑顔で懇願されてまで、断れない陽哉であった。


「ハルヤは、ここに住んでいるのか? 町からも離れているし、だいぶ不便だと思うんだが」

「あーっと、住んでるっていうか、いつのまにかいたというか」


 プチ異世界日帰り旅行中です、とはさすがに言えなかった。

フロウディアの話では異世界転生も異世界転移もそれなりにあるらしいが、一般人の認識がどの程度かわからない以上、そんな突拍子もないことを言って警戒されるのも避けたい。かと言って、通用する言い訳も思い浮かずに言葉を濁すしかない陽哉に助け船を出したのは、先ほどから様子を見守って居たエリフィアだった。


「あなたたち、いつまでもここに居ていいの?」

「!?しゃべったっ、まさか、君はっ」

「あら、自己紹介がまだだったわね。私はエリフィア。あと、いつのまにかハルの肩の上を陣取っているのがフロウディアよ。ハルの周りにいるのは聖獣のグレン・シズク・ヒョウカ。よろしくね」

「おいフィア、勝手なことするな」

「いいじゃない。彼らはハルの為にも、“知った方がいいわ”」

「……」

「?」


 エリフィアの言葉にフロウディアは黙り込み、陽哉は首を傾げる。なんのことかと問いかけるより早く口を開いたのは、二人の会話を唖然と聞いていたラウルスだった。


「……君たちは、まさか、神獣なのか?」

「そう呼ぶのは、人族だわ。私達は別に名乗っていないもの」

「そう、か。なら、ハルヤ、君は……」

「?」

 

 呟き、何か思案する様子で見てくるラウルスとアスターに、陽哉はどうしていいかわからない。


「え、なに? というか、フィア、神獣って?」

「私達みたいな存在を、人間がそう呼ぶのよ。後で詳しく教えるわね」

「……わかった」


 とても気になる単語であるが、エリフィアの言葉に今は聞くな、というような圧を感じ、陽哉は素直に黙ることにした。危機回避能力は確実に上がっている。

そんなやり取りを見ていたラウルス達は互いの顔を見、なにか納得したように頷きあう。


「その“方”いうとおり、さすがにそろそろ戻らないといろいろ問題になりそうだからもう行くよ、ハルヤ。キチンとお礼もしたいし、また来てもいいだろうか?」

「あーっと、いつも、居るわけじゃないんだけど」


 なにせいつ転移するかなんて陽哉自身にもわからないのだから。


(……というか、俺がこっちにいない間って、店ってどうなってるんだろう? 店自体消えているんだろうか)


 あとでフロウディア達に確認しておいた方がいいかも知れないと、頭の片隅にメモをする。


「そうか、なら会えるように、できる限り来ることにしよう!」

「いやそういう意味じゃなくて、お礼とかいいから」

「君に会いに来たいんだハルヤ。友達に会いに来るのに理由はいらないだろう?」

(……そういうのは女に言ってやれ。いつの間に友達になった? いや友達みたいに接して欲しいと言われたけども!)


 異世界人と遭遇してみたいとは思っていた。けれど親しくなるつもりは皆無であった。グレン達と親交を深めたのとは訳が違う。親しくなれば、情が出る。グレン達だけでも危惧していたのに、人相手にそれを持ってしまって大丈夫かと、心の中で焦った。

 何度も起きる転移、もしかしたら戻れなくなる可能性もあるし、転移しなくなる可能性だってある。友人と突然の別れなど、できればしたくない。そう思っている時点で、すでに彼らを好意的に見ていることに気付いて、陽哉は内心ため息を付いた。


(……なるようになれ、か。どっちにしても、転移についてはよくわからないんだし)


 考えようによっては、このダートゥテルラという世界でモフモフ以外の交友関係が出来るのは、もしもの時を考えれば悪い事ではない。そう結論付けた陽哉はため息を一つ付いて、二人に苦笑を向けた。


「本当に、いつ居るかわかんないからな。無駄足になっても知らないぞ」

「いいとも!」

「……まぁ、警備ついでならいいか」


 ニコニコのラウルスに、呆れ苦笑しながらも反対しないアスター。こうして、彼らとの縁は繋がり、陽哉にとって異世界での初めての友となった。


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