第14話 奇跡
手に雷のような光を纏う剣を持ち、鋭い視線と険しい顔を向けてくる男。どう見ても、何か誤解しているのは明確だった。
その敵意を感じ取り、グレン達が陽哉の前でうなり声を上げ威嚇する。
「あの、なにか誤解を、俺はっ」
「離れろ!!」
再びの、雷鳴。
男が剣を振るうと電撃がかまいたちのように襲いかかってきた。それを、今度はグレンが放った炎が受け止め、ぶつかり合った力が行き場をなくしその場ではじける。雷撃の代わりに届きそうだった爆風はフロウディアの風の壁が遮った。
グレン達は、攻撃されたことで今にも襲いかかりそうだ。先程感染獣に向けたように低くうなり威嚇している。けれど、明らかに誤解と思われるこの状況でこちらから攻撃を仕掛けるのは、説得したい陽哉からすれば悪手でしかなく、またグレン達の力を考えれば男が無事である確率はかなり低い。
「お前達、ダメだ、落ち着いてくれっ」
陽哉がそういって宥めれば、まだグレン達は落ち着いてくれた。これで陽哉が怪我を負っていたら違ったかも知れないが、まだ陽哉の言葉を聞いてくれるだけの理性はあるようだ。
その様子をみて、フロウディアがため息をひとつつく。
「ハル、あいつの相手は俺がする。そいつを助けたいならフィアとポーションを取ってこい」
「わ、分かったっ」
「行きましょう、ハル。ヒョウカも来なさい」
エリフィアとヒョウカに援護される形で、陽哉は店に駆け込んだ。その様子を見て、空中の男は地面に降りてくる。
「お前はあの男の契約獣か。何を指示されたか知らんが、お前も離れてもらおう!」
地面に降り立った男が、剣を振るう。すると再び大きな音を立てて放たれる雷撃。
「《アエフォス》」
その鋭い光は、フロウディアが放った風の刃で相殺され、空中で爆発を起こして消えた。
「くっ」
「さっきから聞いていれば随分な言い草だな。少しは頭を冷やして冷静に状況を判断したらどうだ」
「っ、しゃ、喋る鳥だと!? まさか、神獣っ」
「大方、暗黒獣か感染獣とでも戦闘して、やつらの“気”を浴びでもしたんだろうが……、よく見て見ろ」
「っ!」
そこでやっと男は気付いた。フロウディアの側にいる、怪我をしている生き物が、己に向かって唸っていると。
「リュクス、お前」
「グルルルルル」
男がリュクスと呼んだ生き物は、名前を呼ばれても威嚇を止めなかった。それだけではない。
「! ラ、ラルファ」
「ウゥゥ」
男の服の裾を、ラルファと呼ばれた男の相棒がくわえ、小さく声をあげていた。その瞳は困惑の感情を乗せ、懇願するように男を見上げている。男が見たことのない相棒の仕草に、頭が急激に冷えていった。
「お、俺は」
「少しは精神状態が戻ったようだな」
男がフロウディアに何かを返すより早く、店の扉が開く。
「お待たせ!」
「さっさとしろ」
「わかってるってば!」
出てきたのはもちろん陽哉で、その手には数粒のクリーム色をしたショコラポーション。つい先ほど作り上げたそれを持ち、怪我をしている男に駈け寄る。
「なにをっ」
「いいから黙って見てろ。もう分かっているんだろ? あいつは危害を加えない」
「それは……」
フロウディアと男の会話を気にする余裕もなく、陽哉は怪我をしている男の傍らに膝を突くと、手に持っていたショコラポーション・アレアを男の口に含ませた。意識のない人間の口内に入れても本来ならすぐとけることはないが、ヒョウカの氷を使ったとはいえまだ固まりかけのショコラポーション・アレアはすこし柔らかく、ゆっくりと、口内で溶けていく。そしてその効果は、目に見えてわかった。
ショコラポーションを口に入れてから数秒後、男の体が柔らかな光に包まれた。
それは、白銀のダイアモンドダストのような光だった。その中に、あのアリアの花の蜜のような黄金色の光の粒が混ざり合い、ゆっくりと光の強さが増してく。その光が強くなるほどに、致命傷と思われた深い傷が消えていった。
神々しい光の起こす奇跡。神秘的なそれに、男も、そして陽哉自身もただその様子を見ていることしかできなかった。
奇跡の光は時間にして十秒も経っていないだろう。けれど実際より長く感じたその光はやがて収まって行き、完全に消えた時、そこには、衣服だけが破れ、肌には一切の傷も残さず穏やかな呼吸で眠る男の姿があった。
「……よかったぁぁ」
念のためザッと男の体を確認し、傷もなく眠っているだけだと判断した陽哉はホッと息をつく。
初めて作ったアレアの花の蜜を入れたポーションであり、まだ試食もしていなかったため、陽哉は目に見えてわかったその効果に思わず声を出してしまったほど安心したのだった。
そんな陽哉の体に、柔らかい重さがかかる。見れば、怪我を負った生き物・リュクスが、嬉しそうに、そしてまるで感謝するかのように、顔を寄せてきていた。
「あ、ごめんな、お前も痛いだろ? これを食べてくれ。すぐ治るぞ」
「ワウ!」
リュクスは警戒することもなく、口の前に差し出されたショコラポーションを食べた。大きな体に比較してかなり小さなポーションのため、もう一つあげた方がいいかと陽哉が差し出すより早く、再び白銀と黄金色の光りが広がる。それは男が纏った光よりもすぐに消え、目の前には元気よくしっぽを振るリュクスがいた。
「よかった、お前にも効いたみたいだな」
「わんっ」
「ふふ、くすっぐったいって」
はち切れんばかりにしっぽを振りながら、ペロっと陽哉を舐める。グレンと同じくらい大きな体のリュクスの一舐めで顔はベタベタだが、感謝の意を現しているのはよく分かり、咎めることも出来ない。
グレンとヒョウカは陽哉に懐くリュクスに嫉妬しているのか、張り合うように陽哉に体を寄せているし、シズクはそばで緩やかにしっぽを振っている。そんなモフモフに囲まれる陽哉を優しく見守るのはエリフィアだ。
先ほどまでの空気とは一変してそんな穏やかなやり取りをする陽哉達。そんな彼らを唖然と見るのは、あの男ひとり。
「……奇跡だ」
男は、今起きた光景が、どれだけ希有なものであるか、知っていた。
その奇跡を生み出したであろう陽哉をみれば、男の相棒ラルファにポーションを食べさせ、傷が治ったことを喜ぶラルファに舐められている。微笑みながら撫でる陽哉は、どこからどうみても人畜無害といったような風貌であり、男が己のしたことを後悔した。
「……すまなかった」
「あ、いえ! それより体は?」
「おかげさまで、もうなんともない」
「よかったです!」
「本当に、本当に感謝している。だからこそ話も聞かず攻撃して、申し訳なかった」
男は、頭を下げた。心からの謝罪と感謝を表す術で、いま男に出来ることは、それだけだ。
「あ、頭を上げてください。俺は怪我もしてないですし」
「だが……」
「本当に、大丈夫ですから」
苦笑する陽哉は、本当に気にしていなかった。こんな森の中にいる得体の知れない人間を警戒するのは当然だし、怪我の様子から言っても何か事情があるのだろうと、察した為である。
むしろ攻撃してきたことに対して気にしているのは周りにいるモフモフ¥達のほうだ。それでも何もしないのは、男の攻撃的であった理由を察していたからである。
「ハルに攻撃をしかけたことは本当なら許せることではないけれど、今回は許してあげるわ」
「!」
「あの怪我、暗黒獣か感染獣と戦闘でもしたんでしょ? 闇の気を浴びすぎたんでしょうね」
「……ああ、その通りだ」
「闇の気?」
言い当てられて男は頷き、陽哉はエリフィアの話に出た単語に首を傾げる。
「闇の気。暗黒獣や感染獣の発する独特のオーラのことよ。当然暗黒獣のほうが強くて、この気を一定時間浴びてしまったり攻撃を多く受ければ精神まで浸食されるわ。精神異常を起こして、正常な思考が出来なくなったり攻撃的になる。感染獣ならその程度ですむけれど、これが暗黒獣だと最悪精神崩壊や“感染”することもあるの」
「うわ、なにそれこわっ。感染のことはフロウディアから聞いたけど」
「この人たちはハルのポーションで精神異常も治っているから大丈夫よ。さすがハルのポーションだわ。アレアは外傷に特化しているけれど、元々のテオフルクの効能も混じっているからかしら」
「よく分からないけど、まぁ、効果があったならよかった」
のほほんと笑う陽哉は、気付いていなかった。彼らの会話を、男が驚愕の表情で聞いていたことに。そいて、男が何かを決意したような表情で口を開きかけた時だった。男のそばで、僅かに聞こえた声。見れば、倒れている男の瞼が揺れ、ゆっくりと、深いエメラルドのような瞳が現れた。
「ラウ!」
「……アスター? 俺は……」
「ああ、ああっよかったっ、本当にっ」
「え、お、おい、なんで泣いて」
アスターと呼ばれた男は、感極まり涙をこぼす。その様子に驚き飛び起きて慌てる男。そんなやり取りを、陽哉とモフモフ達は微笑ましそうに見守るのだった。
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