第13話 ドキドキの冒険来襲
三度目の異世界プチ冒険も、やはり動物たちをお供に森の中限定。見たこともない動植物にワクワクはするものの、言っては難だが冒険らしさはあまりない。
異世界にいるという感覚がだんだん薄くなってきた陽哉である。そんなことを考えていたのが悪かったのか、フロウディア達が何かに反応し、移動した先には、真っ黒で恐ろしいオーラを放つイノシシのような生き物がいた。
「……ドキドキワクワクの冒険がしたい気持ちもあるけど、やっぱり魔獣とか感染獣はお断りだなぁ」
「ハル、お前けっこう余裕だな」
「情けないけど、これだけ過剰戦力に守られていればね」
フロウディアだけでも一瞬で倒した感染獣相手に、今のセコムはエリフィアとグレン達もいる。油断は出来ないと分かっているが、安心感がすごかった。現に、陽哉を守るようにグレン達三匹は唸り声を上げ、臨戦態勢だ。グレンの尾が炎のように変化しパチパチと弾け、シズクの周りで水が浮かび、ヒョウカの足元の草が音を立てて凍っていく。
(……うん、敵じゃなくてよかった)
「どうしようか? フロウ。私が倒してしまっていい?」
「イヤ、今回はこいつらに任せよう。グレン、シズク、ヒョウカ、行けるな?」
フロウディアの一言に三匹が吼えて答えると、その場は一気に戦場へと変わった。
まずグレンが口から赤い炎を吐き出し、火炎放射のように伸びた炎は獣を包む。表現しがたい鳴き声がビリビリと森へ響き、陽哉も思わず身を強ばらせる。
炎が収まった時にはぷすぷすと煙をあげた獣がいたが、絶命まではいっていない。とはいえ、放っておいてもすぐに倒れそうだが、彼らの攻撃がそれで終わるはずがなく、次にシズクの周りに浮かんでいた水がふくれあがって一気に黒い獣に襲いかかり、その巨体が宙に浮く。完全に溺れている形なのかゴボリと鋭い牙の生えた口から空気が溢れた。
その水球に向かって今度はヒョウカが息を吹きかけるようにその口から吹雪のようなキラキラとした攻撃をくりだす。それが水球に触れた瞬間、一瞬で氷のオブジェに変わったのだった。
時間にして、わずか数十秒。あっけなく、三匹の勝利で終わりである。
「つ、つよ」
陽哉が唖然としていれば、三匹は先ほどまでの敵意をさっぱり消し、褒めて褒めてとばかりにしっぽを振ってすり寄ってくる。ギャップがヒドイ。
「お前達、強いなぁ」
「くぅ!」
「ありがとなー」
わしゃわしゃと撫でていると、肩に乗っていたフロウディアがため息をひとつ。
「連携はよかった。だがお前達、ちゃんと浄化までしろ」
「ハルに褒められたいのは分かるけど、ちゃんとしてあげないと可哀想よ」
エリフィアにまで注意され、三匹はぺたんと耳やしっぽを下げる。その様子は飼い主に怒られた飼い犬のようである。
「浄化?」
「最初に見せただろ。感染した死肉は周りに影響をもたらす。倒しても浄化しなければいけない」
「あの感染獣の“元”になっちゃった子の為にもね」
「もと?」
「……感染獣は、元々の生き物が感染した時点で死んでしまったようなものよ。稀に自我を残す個体もいるけれど、ほとんどは精神もやられて破壊衝動のまま動くだけ。死んで核となった、と表現したほうがいいかしら。だからこそ、その魂を送るために浄化してあげないといけない」
「……そっか。元は、普通の生き物なんだよな。みんな、お願いしていい?」
陽哉の言葉に三匹が頷き、動いたのはグレンだった。先ほどの真っ赤な炎ではなく、オレンジ色のような黄金色のような、そんな柔らかな炎が氷塊を包み込む。
パリンっと僅かな音が聞こえ、すぐに消えていった炎。氷塊があった場所には、大きなグレー色の石、核結晶だけが残されている。
初めて見たときはただキレイだと思ったそれが、どこか哀しい輝きに見えた。
「ねぇ、この核結晶って結局なんなの?」
「簡単に言えば、エネルギーが凝縮して固まったものだ。闇の龍脈のエネルギーは感染したモノの中で増大する。外にも漏れるが、多くは宿主の器の中で凝縮され、外からの衝撃……つまり攻撃で結晶化する。それの元になっている核は心臓かもしれないし、脳かもしれないし、骨かもしれない」
「……そっか」
手に取ったそれはキラキラと輝き、感染した獣の命そのもののようであった。
感染獣と遭遇というトラブルはあったものの、その後は平和そのものだった。澄んだ川で虹色の魚を見たり前とは違う生き物を眺めたり、エリフィアにいろいろな植物を教えて貰いながらのんびりと森の中を冒険、というより散策し、今回もテオフルクの実といくつかの植物を採取して店に戻る。
今回は盗賊などの招かれざるお客さんが居るわけでもなく、すぐにフロウディア達におねだりされたショコラ作りに取りかかった。使うのは、テオフルクの果実よりも外傷に効果があるアレアという花の蜜を使ったもの。これも、エリフィアのおねだりだった。
「蜜っていうからどれくらい取れるかと思ったら、けっこうすごいなこれ」
神眼で見てから採取したのは満開の花ではなくつぼみのものだ。開花前のほうが効果が高いとあったので、どれもふっくらと膨らんだ開花直前のつぼみを選び、その花弁を丁寧に開くと蜂蜜のような液体がトロリと溢れた。一般的な蜂蜜の色よりオレンジ色で赤みが強く、メープルシロップのようにも見える。
一つのつぼみで小さじ一杯程度だが、それでもつぼみの大きさと比較するとかなりの量である。採取したときにそばにあった満開の花は花びらが幾重にも重なりカップのようになっていて、底に少し蜜がある程度だったから、これ程まで溢れると思わず陽哉は驚いた。
「昔から塗り薬として使われている蜜だけど、使っていたのは満開のものだけよ。満開のアレアの蜜はそんなに効果はなくてせいぜい傷口の治りを多少早めるだけだから、今じゃ非常時の応急処置くらいにしか使われないけど」
「なるほど」
そんな異世界知識を教えて貰いながら、順調に作業を進めていく。溶かして混ぜて冷ましてまた温めて。
「よし、あとは型にいれて固まるのを待つだけ……」
今回はちょっと違う型を使ってみようとウキウキと作業していた時だった。
「……ハル」
「なに? 今ちょっと手が離せな、」
「お前のいう、ドキドキの冒険とやらがやってくるぞ」
「は?」
突然フロウディアから告げられたその言葉に、陽哉は思考が停止した。
「っ、何のんきにしてるのフロウ!」
エリフィアはその意味がわかったのか、陽哉の作業を見ていた作業場の小窓から飛び降り外へ向かう。その慌てた様子に、陽哉も急いで後を追った。
「フィア、フロウディア、いったいなに、」
問いかける言葉は、エリフィア達の視線の先、上空を見上げた時点で途切れた。
木々の緑に縁取られた青空に見えた異物。それが、あっという間に近づいてきて、何かが落ちてくるのだと瞬間的に理解した。そう理解してすぐに、その塊が”人と何か”であると、なぜかわかった。
わかった瞬間、陽哉は叫んでいた。
「フロウ!」
「わかってる」
名前を呼んだだけだった。そこでエリフィアでなくフロウディアだったのは、陽哉自身咄嗟のことでどうしてだか分からない。けれどその選択は間違っていなかったのか、ただ一言返したフロウディアは、先ほどエリフィアに促されて移動した様子とは打って変わり、短く返事をしたと思ったら即座にその小さな体に風を纏わせた。その風は勢いを増し、ぶわりと渦をまくように広がった。
その渦中心に"塊"が落ちてくると強風と表現するべき強さの風は思いのほか優しく受け止めた。風に受け止められたそれは、勢いをそがれ落下スピードを緩やかにする。そのまま風に包まれた塊は、ゆっくりと地面に降ろされた。その様子を見ていた陽哉は降りてくるそれの傍に駆け寄る。不思議と、危険という意識は無かった。
「犬? っ、人が!?」
降ろされた塊は翼の生えた犬のような大きな生き物、そして、その生き物の背に乗った、人……傷だらけの、男だった。
ポタリポタリとたれる血が、犬のような生き物の柔らかなクリーム色の毛だけでなく、地面の草まで赤く染めていく。意識はないのか、だらりと生き物にもたれかかっていた。
「酷い怪我だ」
「クゥゥン」
思わず呟いた陽哉の手に、柔らかな感触の毛が触れる。それは怪我をしている男を乗せた生き物だった。視線を向ければ、陽哉の手に顔をよせ、じっと見上げてくる。苦しそうな瞳が懇願しているように見えた。
ただ、助けなければ、という衝動が、陽哉を動かす。
「……わかった、大丈夫だ。俺が助けてやるから」
元の世界とは違う未知の世界で、知らない人間へ手を差し伸べる。その行為をお人好しと言われようが、危機感がないと言われようが、この男は助けなければいけない。そう、陽哉は感じていた。謂わば、直感に近い。
「ハル、この子も怪我が酷いわ。上の人間を下ろしてあげたほうがいいと思う」
「ああ」
エリフィアに促されてできる限り傷に触らないようにゆっくりと男を地面に下ろす。傷に土などを付けたくなかったが、生き物の傷も体や翼といった広範囲にあり酷く、そのままには出来なかった。特に右側の翼は、明らかにおかしな方へと曲がっていて痛々しい。思わず、陽哉の顔が険しくなる。
「よし、俺はポーション取ってくる!」
「待てハルっ!」
立ち上がろうとした陽哉を止めたフロウディアの声に何かを返す前に、その衝撃は襲ってきた。
「そいつに触れるな!」
空気を切り裂くような音と共に見えたのは、雷のような光だった。悲鳴を上げる間もなく見えたそれは、陽哉に届く前に炎の壁によってかき消される。
「な、なに!?」
「……随分な挨拶だな」
炎の壁が消えた先の空中にいたのは、怪我を負った生き物と同じような生き物に乗り、鋭い眼光で陽哉たちを睨む、一人の男だった。
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