第7話 ショコラポーション
「イヤイヤイヤ、発酵と乾燥は? 焙煎は? すりつぶす作業は!?」
地球でのチョコレートの原料と言えば、カカオ豆だ。チョコレート作りはカカオ豆の収穫からとても長い工程を経て出来上がる。
実から果肉ごと種を取り出し、箱やバナナの葉で包んで発酵させてから長時間乾燥させ、さらに焙煎して皮を取り除いてすりつぶして、と、日本では手軽に食べられるお菓子の一つであるが、その工程はとても長く大変なものだ。陽哉がショコラティエとして扱うチョコレートはもちろんすべての工程を経て固形状になった物であるが、勉強の一環でその工程も知っている。
そんな大変な過程をすっ飛ばしてチョコレートの状態で種の中へ収まっているという、ショコラティエの陽哉からすればチョコレートへの冒涜に近いその状況に、思わず声が出てしまっていた。
「風味は完全にホワイトチョコだけどっ! うまいチョコだけど!! なんで!?」
「この世界ではこういうものだ」
「いやソレ言われたらなんにも言い返せないじゃん」
異世界だから。納得せざるを得ない言葉である。
多少のモヤモヤは残るが、この世界ではそういう物、だと断言されれば受け入れるしかない。受け入れてしまえば、後に残るのはショコラティエとしての興味だった。
陽哉は、大のチョコ好きと自他共に認めるショコラティエである。日々多種多様のチョコや材料で新しいチョコレートを作る為に奮闘している陽哉にとって、目の前の未知の世界の種は、もう一つの新しい素材でしかなかった。
「チョコ作りたいっ! フロウディア! 店に帰ろう!」
「……はぁ。わかった」
世界が違ってもチョコを作ろうとするのは、最早職業病だった。
フロウディアの案内で店まで戻ってきた陽哉。聖獣達は戻るのかと思えば、そのまま付いてきた。しかも、何も言っていないのに店に入ることはせず、窓から並んで顔を覗かせている。なんとも賢い獣たちだ。
もう1羽、フロウディアだけは陽哉の肩に乗って店に入り、厨房の前で飛び降り、梱包用の作業台の上に着地する。その後、彼はその台の上にある、厨房との間の壁に作られた窓の縁へと飛び上がった。
その様子に気付き、声が聞こえる程度に小さく窓を開ける。
「厨房入らないでくれてありがとな」
「ふん。それより、早く作ったらどうだ?」
「おう!」
さっそく、いつのもようにチョコ作りを開始しようとして
「……そうだよ機械全部動かないんじゃん」
一歩目で壁にぶち当たった。
この世界に来て最初に確認した通り機械はすべて動いていない。ついでに水も出ない。
「フロウディア~」
「はぁ、仕方がない。ボールを持って一度外に出ろ」
「へ?」
うきうきとチョコが作れる! と気分が上がっていたのに急ブレーキをかけられて、思わずフロウディアに泣きついた。頭では小さな鳥の彼に泣きついてどうするんだと思いながらも衝動的に声をかければ、予想に反して彼は陽哉の事を見放す事なく提案を返してくれた。
その意味を理解する事は出来なかったが、言われた通り大きめのボールを持って外に出る。
「こいつらに頼めばいい」
「え!? この子達に!?」
フロウディアがそういった相手は、店の外でお行儀よく待っていた獣たちだった。
「俺がやってもいいが少し威力が強い。その点、こいつらなら森に極力影響が出ないように力を使うから、小さな力でも出来るだろ」
「え、っと。じゃ、じゃぁ。あの、この入れ物に、お湯、温めた水が欲しいんだけど」
「ワゥ!」
「クルル」
陽哉の願いに応えたのは、キツネのような子とシカのような子だった。
陽哉が近くにあった岩に乗せたボールに、シカのような子が頭上に発生させた水球を入れ、キツネのような子がそこに小さく火の玉を吐く。火の玉はすぐに消えたが、ボールの中の水はお湯に変わったことを示すように、湯気を立てていた。
「うわっ! 凄い凄い! ありがとー!!」
嬉しくてわしゃわしゃと撫でてやれば、満足そうな2匹。1匹だけ活躍できなかった猫のような子が拗ねたように鳴くので、一緒に撫でてやった。
「この子はなんの力があるの?」
「氷だな。さっき実を落としたのも、尾を氷の刃に変化させて切った。氷を出すことも物を凍らせることも出来る」
「お前もすごいね! あ、じゃあ固める時に氷貰ってもいい?」
「キュキュ!」
褒められて役割までお願いされた猫のような子は、とても満足そうだった。
「さて、やるか!」
一通り3匹をなで回してから、ついでに手を洗う用に別の入れ物に水を出して貰い、自身や器具の準備をして、いざチョコレート作り。
別のボールにテオフルクの種を入れ、お湯のボールに付けてゆっくりと溶かしていく。溶けたチョコの温度を確認するのは唇だ。電池式のはずの温度計がなぜか動かないので、初めてのチョコで温度が断定しているから一応使いたかったが、使えないのなら仕方がない。
元々、陽哉は温度計を多用しない。陽哉だけでなく、プロは扱うチョコの種類が多いので、時折使うが普段は感覚で判断する者が多い。テオフルクの適温は良く扱うチョコのそれとほぼ同じ。陽哉にとっては、慣れた作業だった。
適温まで温められた種を、作業台の上に流し、ヘラで大きく広げてまた集めて、という作業で温度を下げていく。カンッカンッという一定のリズムが、厨房へと響き渡った。
今度は適温まで下がった種をもう一度ボールに戻し、再びの湯煎。この作業で、やっとチョコレート、基、テオフルクの種の最適な状態となった。
形は、至ってシンプルにいつも店で使っている半球の型を使用。
「フロウディア、この果肉って、ポーションとして使う時ってみんなそのまま食べるの? っていうかポーションって液状の薬のことだったよな? てことは果汁?」
「この世界じゃ薬は液体も固体もポーションと呼ぶ。テオフルクの場合は果肉そのままの時もあるが、持ち運びやすいように絞って飲む方が多い。効果は変わらない」
「ナルホド。じゃぁ絞って少し入れてみるかなー。固まる量がどれくらいか未知数だし」
ついでだからと、陽哉は回復の効果を持つ果肉も使ってみることにした。チョコ作りとしては種だけでも目的達成となるが、どうせならポーションらしきものを作ってみたいと、フロウディアのアドバイスを貰って液体となった種を分け、半分に果汁を少量入れる。
そうして型に入れた種液は、猫の様な子に貰った氷の入ったバッドの上で冷やされて……完成である。
「……見た目はまんま、チョコレートだわ」
クリーム色の艶々とした粒が目の前に並ぶ。見た目は、いつも作っているチョコレートと変わらない。
「食べないのか?」
「食べるよ。フロウディアは食べられる? あの子達も。元の世界だとダメな動物に似てる子いるけど」
猫にチョコを与えてはいけないというのはそれなりに知られていることである。
「問題ない。テオフルクは種も含めて、聖獣にとってはむしろごちそうだ」
「へぇ、ならよかった。じゃぁ、外で実食といこうか」
出来上がったそれらを外に持って行けば、待ってましたとばかりに三匹が集まってくる。
「どっちのほうがいいだろ? やっぱり果汁入り?」
問いかければ、匂いを嗅いで果汁入りの方へと鼻先を寄せる彼ら。わかりやすい反応に笑って、それぞれに一つずつ上げて、陽哉も果汁が入っていない方を一つ手に取る。フロウディアに至っては、すでに果汁入りの方を摘まんでいた。
「……いただきます」
口の中へソッと入れると、ほろりと柔らかく溶け出すソレ。芳醇なカカオのような香りが口いっぱいに広がり、後を追うように濃厚な甘さと僅かな苦みが満たしていく。
「……おいしい」
今まで数え切れないほどのチョコレートを食べ、己でも作ってきた陽哉からしても、それは上位に入るおいしさだった。手を加える前の種の時から格段に上がった風味と食感。元の世界のチョコレートをテンパリングしたときより変化が大きく感じるのは間違いではないだろう。
「フロウディア、どう?」
新しいチョコレートの余韻にしばし浸ったあとで、他の子たちの様子を見る。三匹はよほど美味しかったのか、嬉しそうにしっぽを振って更におねだりするように見てきたので、作り手としては嬉しく感じないわけがなく、追加でそれぞれ与えてやった。そして気になるのは、先ほどから沈黙しているフロウディアだ。
問いかければ、フロウディアは陽哉を見た。
(なんか、フロウディアってジッと俺を見てくる事あるなぁー)
気付いた事を思いながら、彼の反応を待つと、陽哉から視線を外して再び勝手に一つ摘まんだ。そしてそれを食べてから一言。
「……うまい」
「よかったー!」
なんだか、陽哉にとってその一言は試験に通ったような達成感があった。
「ハル、こっちを”視て”みろ」
「果汁入りを?」
「ああ」
言われた通りに果汁入りのそれを一粒手に取り、意識を集中させる。少し時間を置いて現れたのは実を視た時と同じような半透明の浮かぶ文字。その文字を読み上げると。
「ショコラポーション?」
なぜチョコレートじゃなくてショコラ。いやショコラティエだし、意味は一緒だけども。そう思いながらも文字を目で追っていく。
―――――――――――
ショコラポーション
ハルヤ・トウドウが作り出したテオフルクの種を使用した固形ポーション。果肉のみと比べて10倍以上の効果を持つ。効能は果肉と同じ怪我の回復と異常状態回復。
「……ホントに、ポーション作れちゃった」
異世界で、ショコラポーションが誕生した瞬間であった。
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