第6話 神の実・テオフルク
「で、この実って?」
改めて、キツネのような子の背中から手にした実を見てみる。形はリンゴに近いが大きさは小玉スイカやメロンに近く、両手でないと持つことが出来ないくらい。けれど大きさの割に意外と軽い実は、やはり陽哉の知識にはない。
「ハル、その実を、よく見てみろ」
「え?」
「お前の眼なら、”視える”はずだ」
「見る?」
言われた通りに凝視してみるが、特に見たことのない実であるとしかわからない。
「ただ見るだけじゃない。意識の底から、目に映る物だけでなくその”深層”を”視て”みろ」
その言葉に導かれるように、陽哉の中で何かがカチリ、とハマった音がした。
その、瞬間。
ぶわり、とそれが、陽哉の視界に浮き上がった。
「な、なにこれ!?」
実にかぶるように浮き上がるそれは、文字だった。陽哉の知っている日本語で書かれたそれは、その実の情報のようだ。
「……テオフルク、神の、実?」
名前、そして、その効能。それらがまるでゲームの画面のように浮かんでいる。その情報をすべて読み取る前に、半透明の文字はスッと視界から消えた。
「な、なんだったんだ?」
「それが、お前が持つギフトだ」
「ギフト?」
思わず呟いた言葉に、答えが返ってくる。すでに聞き慣れてきた低い声はフロウディアの物だったが、その内容にある単語は知っているが、馴染みのないものだった。
「フロウディア、俺は魔法使えないって言ったじゃん」
「ギフトは魔法じゃない。生き物がそれぞれ生まれたときから持つ能力だ」
「能力?スキルじゃなくて?」
「例えば、記憶力が高い、直感が鋭い、視野が広い、力が強い、魔力が多い……個体差はかなりあるが、そういう個性・才能のことを、この世界ではそう呼ぶ。スキルは後から努力次第で高められるものが多いが、ギフトはそうも行かないものが多い」
「いや、そういう個性というか才能は俺の世界でもあったけど、俺さっきの見たことないし。確かに目はいいほうだけど」
地球で有名な某部族のような視力だったわけでもない、と陽哉は首を振る。
「お前のそれは単純な視力の話じゃない。観察力やその他諸々にも影響があるが、根本的に普通とは違う。その眼自体が、ギフトだ」
「この、眼?」
「そう、目に映る物の表面だけでなく深層すらも見ることが出来る。人は、それを鑑定眼や天眼、神眼などと呼ぶ」
「……なにそれめっちゃファンタジー」
天眼や神眼というパワーワードに、陽哉の口から出た言葉は喜びよりもそれだった。
「鑑定眼、ねぇ」
陽哉は、フロウディアの言葉を疑うことなく受け入れた。一瞬とはいえ自身が体験したものである。この数十分で非現実的なことをもう何度も経験している陽哉からすれば、自身に不思議な力があるとわかったことは、ちょっとしたご褒美でしかない。
この力がこの世界でしか発動しないのか、元の世界に戻っても使えるのかは分からないが、日帰りのプチ冒険を満喫するためにももう一度自分にあるらしいその力を使ってみた。再度、手の中にある実へと意識を集中させる。するとまたも実へとかぶるように浮かび上がる半透明の文字。
「えーっと、テオフルク、別名神の実。その果肉には怪我や異常状態回復の効果があるがさほど強くない。種子は二種類あり、白い方の種子には増幅効果がある。そのままではなんの効果も発揮できないが、砕いてゆっくりと溶かし、50度前後まで温度を上げ、一度28度前後まで下げ、再度32度前後まで上げることにより種子の結晶が結びつき、その効果を発揮す、る?」
その温度は、陽哉にとって馴染みのあるものだった。
「テンパリングかよ」
チョコーレート作りにおいて、艶良く口溶け良く仕上げる大切な作業の一つ。テンパリング。その温度は種類によって若干異なるが、それでも溶かして温度を上げて再度下げてまた上げる、という作業は同じである。知らない者が聞けばこの実特有もものなのかと納得するだろうが、ショコラティエの陽哉にとって、テオフルクのそれはなんの偶然だろうかと、親近感が沸く物だった。
「えーっと、種の効果は、他の物質の効果増大。果肉と混ぜれば、果肉の回復効果を大幅に上げることができる、か。へぇ、ってことはこれってこの世界のポーションの材料か?」
ファンタジーで付き物のポーションだ。陽哉がワクワクとした様子でフロウディアに聞くのもムリはなかった。
「そうだ。ただ、認識されているのは果肉の効果のみだがな」
「え?なんで?」
「今この世界にそこまでの情報を読み取れるような眼の持ち主はいないんだろうな。過去居たとしてもテオフルクの実は見なかったんだろう。鑑定眼の持ち主はハル以外にもいるが、その性能の差はある。並の眼の持ち主なら、おそらく、表面から近い果肉の情報を読み取るのが限界だ」
「うぇ、勿体ない。……っていうか、俺の眼ってそんな凄いの?」
「お前のそれは鑑定眼というより神眼と表現した方がいい鑑定力だろうが、そのレベルの眼を持つものがいなかった訳じゃない。だがそれこそ過去に一人か二人いた程度だろう。元々、特殊な眼の持ち主自体希少だからな」
「へぇ」
不思議な力を手にしたわけだが、陽哉の心情は興奮よりも勿体なく感じることのほうが大きかった。攻撃系の力でないのも理由の一つだが、一番の理由はもう帰る気でいることが大きい。これで帰る術はないとなるとまた違っただろうが、正直宝の持ち腐れ感が強かった。
この世界特有の闇に属するモンスターがいるのだから、討伐するものに怪我はつきものだろう。そうでなくてもポーションがあれば日常での怪我にも対応出来る。ちょっとした怪我しか治らない効果の低い果肉よりも種を利用したほうが上級のポーションが出来るのにこの世界の人間は知らない。知ってしまったのがあと少しで元の世界に帰る予定の自分であることが、とても勿体なく感じたのだ。
運良くこの場にだれか人が来れば教えてあげられるのに、そんな思考を遮るように、フロウディアが提案する。
「食べてみるか?」
「いいの?」
「森の恵みだ。乱獲しなければ咎められるものでもない」
「じゃ、じゃぁ、ちょっとだけ」
「よし、ならその実を持って前に突き出せ」
「……あの、店に戻れば包丁が」
「いいから早くしろ」
そういうと、パサリとフロウディアが肩から飛び上がった。嫌な予感がして慌てて両手で実を挟み込むようにした腕を前に突き出す。
「《アエフォス》」
上空へと飛んだフロウディアの片翼が陽哉へ向けられた次の瞬間。
シュッ、スパッ
一瞬のうちに、陽哉の手に挟まれていた実が真っ二つに切れていた。
「あっ、っぶねぇ!! フロウディア! せめて!せめて先に何やるか説明してくれ! 俺の手まで切れたらどうする!!」
「この俺がそんなヘマをするはずないだろう?」
再び陽哉の肩に戻ってきて、ふん、と胸をはるフロウディア。
「俺が動いちゃったらどうするの!」
「問題ない」
「問題あるわ!! さっきのってあのクマモンスター倒したやつじゃないの!?」
俺もあんな風になるとこだった! とぷんぷん怒る陽哉を見て、フロウディアは陽哉が気付かないほど小さく、クスリと笑う。
「 ――――― 」
そして零れた小さな独り言は、肩という至近距離であっても、陽哉自身の声によってかき消されて、届くことはなかった。
「? 何かいったか? 聞こえなかったんだけど」
「いいや。それより、食べなくていいのか? 時間なくなるかもしれないぞ」
「……それは困る」
明らかに誤魔化された、それは分かるのだが、フロウディアの言葉で意識がテオフルクの実に戻ったこともあって、それ以上の追求を諦める。そのことにフロウディアがホッと息をはいたことに、気付くことはなかった。
「じゃぁ、時間がなくなる前に」
改めて、掌の上できれいな切れ込みの入った実を見る。ドキドキしながら、左右に開くと、最初に目に入ったのはきれいなオレンジの果肉だった。色はオレンジ系のメロンやマンゴーようだが、質感はメロンほどの柔らかさではなく、少し固めの印象を受ける。どことなく、ジャガイモやリンゴのような果肉だ。
そんな果肉に目が行ったのは一瞬のことで、陽哉はそれよりも、真ん中にある種に、釘付けになった。
アボカドの種のような丸い種は、予想よりも大きく実の半分近くを占めている。その色はクリーム色に近い白。そして何よりも陽哉の意識を惹きつけたのは、その香りだった。毎日のように嗅ぐ、馴染みある芳醇な香りが、その種からあふれ出る。最初は果肉からかと思ったが、確実に、その香りは種子からしていた。
「……チョコ?」
そう、香りも、色も、そしてその質感も。テオフルクの種は、陽哉の大好きなチョコレートの一種、ホワイトチョコレートに瓜二つだった。
数秒唖然としてから徐に動きだした陽哉は、種の欠片を一つつまみ、そのまま口に放り込む。摘まんだ欠片は小指の先程度の大きさだったが、舌に乗った瞬間、その欠片は口の中へ芳醇な香りと甘みとほのかな苦みをもたらした。
完全に、その香りも味も、チョコレートそのものであった。
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