第5話 モフモフ達
フロウディアをお供に、森の中を探索する。木々は多いが陽の光が差し込み暗くは感じない。木々は元の世界でもよく見る形の物から、見慣れない形の物まで様々だった。
「この森って、けっこう広いの?」
「ああ、ここは光の龍脈の上にある森だからな。自然は豊かで、生き物も豊富だ。聖獣も比較的多い」
「聖獣?」
「闇の龍脈の力を取り込んだのが感染獣で闇から生まれたのが魔獣。纏めて闇の獣と呼んだりもする。その反対で、光の龍脈の力を取り込んだ生き物をそう呼称する。尤も、感染獣と違って聖獣と呼ばれるほどになるまでは個体差もあるが年月がかかるからそう多くないし、魔獣のように純粋に龍脈から生まれた純聖獣ともなればさらにレアケースだがな」
「へぇ、そんな希少な生き物がここには多いんだ?」
「とはいっても聖獣はかなり警戒心が強いから普通の人間が遭遇することはそう……」
言いかけたフロウディアが途中で言葉を止める。どうしたのだろうかと彼が視線を向けるほうへ顔を動かすがその方向に見えるのは木々の緑と茶だけ。何もないじゃないかと視線を戻そうとした視界に木々以外の色が映る。徐々に近づいてくると分かるそれは、やがて色だけではなく、姿をハッキリと捉えることができた。それは、見たことのない生き物達だった。
「……フロウディアさん? あれって?」
「……聖獣だな」
「警戒心どこいった!?」
話題に上がったばかりの聖獣の登場に、陽哉はおもわずつっこんだ。普通の生き物なら逃げたり襲いかかってきたりするであろうが、聖獣は逃げることもせず、そのままゆっくりと向かってくる。
逃げるべきかと肩の上のフロウディアを見たが、彼はなぜか陽哉をジッとみてからため息をつくだけで動こうとはしない。小さな鳥であるがこの数十分間ですっかりフロウディアを信用しきっているために、彼のその反応だけで逃げる必要はないのだろうと判断した。
陽哉達に向かってきた獣は三匹。
大きなシカのような体で、頭部の体毛がミルククラウンのようにはねている生き物。不思議なことに、そのミルククラウンのような毛の先に小さな水球のような物が浮かんでいる。その生き物の上に乗る犬のパピヨンのような耳と水晶のような一本の角を持ち、二つに分かれた細長いしっぽの猫のような生き物。そして、キツネを大きくしたような見た目で長いふさふさの尾を持ち、背に羽を生やした生き物。
三匹とも所どころ違う色を持っているが、その体のほとんどが白かった。木々の間から漏れる光に反射するつやつやとした光沢のある毛並みは、聖獣と知らなくても神聖なものに感じるだろう。
「ふ、フロウディア、え、これホントに大丈夫?」
フロウディアが警戒しないから大丈夫、そう思っていても未知の生物。しかも内二匹はそれなりに大きいために引き気味になるが、そんな陽哉に生き物たちはぐっと近づくと。
「うひゃぁ! ちょ、まって」
ぺろり、とキツネっぽい生き物が顔を舐めて、シカのような生き物が体をすりよせ、その背からピョンっと飛んで来た猫っぽい生き物を思わずキャッチすればまたしても頬を舐められた。
一瞬のうちに、モフモフに囲まれた。危害は加えてこないが陽哉的には大惨事である。どこがって顔が。大きなキツネのような生き物の一舐めでベタベタだ。
「ちょ、フロウディア、助けてっ」
「よかったじゃないか。懐かれて」
「危害加えられるよりいいけども! わっ、わかった、わかったから落ち着いてくれっ」
撫でて欲しいのか掌にグイグイ鼻先を押しつけてくるキツネっぽい生き物に根負けして恐る恐る撫でてやれば、自分も!といった様子で残りの二匹もアピールしてくる。少しの間、陽哉はモフモフ達の歓迎を受け、その場に足止めを食らうのだった。
「で、この子たちってホントに聖獣なんだよね」
「ああ。しかも気を取り込んで変化した属性獣じゃなく、光の龍脈から生まれた純聖獣だ」
「……生き物に懐かれる俺の体質は、異世界のそれもレアな生き物でも有効なのかー」
陽哉は、異様なほど生き物に懐かれる体質だった。
道を歩けば野良猫が足元にすりより、散歩している飼い犬の側を通れば遊んでくれと飼い主そっちのけで突進され、動物園に行こうものなら柵越しにジッと見つめられて手を伸ばされ、触れあいコーナーに行けばひとり動物たちに囲まれる。最初は羨ましそうに見ていた飼い主や他の客が次第にどん引きするレベルで陽哉はモフモフに囲まれるのだ。
その様子を見た妹にお兄ちゃん調教師が向いてるんじゃない? なんて言われるほど、生き物に懐かれた。本人の言うとおり、まさか異世界の聖獣までその体質の効果が出るとは思っていなかったが、そうと分かれば、大きい二匹も可愛く見えるのだから単純なものだ。
「さて、時間を食ったが、まぁただ森を歩くよりはよっぽど冒険らしさを味わえただろ。で、どうする? 戻るか?」
正直、時間的に森の中だけしか移動できないのであれば、代わり映えしないのかもしれない。可愛い生き物に会えただけプチ冒険としては満喫できたのだろうが、これで戻るのもちょっと物足りないかもしれない、と思った陽哉は、一つ閃いた。
「あ、じゃぁこの世界の果物とか、この森にない? ちょっと気になる」
ショコラティエとして、扱うのは主にチョコレートだが、そこにオレンジなどの柑橘類や抹茶など、いろいろ組み合わせるものは多い。そんな陽哉だからこそ、異世界独自の果物や植物に、興味がわいたのだ。
「……それなら、いい物がある」
そう答えるフロウディアは、やはりどこか、満足気にニッと笑ったように見えた。
フロウディアの案内で、モフモフ達を引き連れて向かった先にあったのは、一際大きい木だった。
白樺よりも更に白が目立つ巨木の葉はかなり大きく、色味はいちょうの葉のような黄色。周りの木々と比べても二・三倍は大きく太い木には、いくつもの実がなっている。色は葉と似通った薄い黄色で、形はリンゴのような感じだが、遠目から見てもそれなりに大きいようだった。
「あれは……」
陽哉が実を見上げていると、腕の中にいた猫っぽい生き物がピョン、と腕の中からおり、するすると目の前に木に登っていく。そして一つの実の元まで行くと飛び上がり、空中でクルリと回転した後、二本の尾を実の茎に叩きつけた。
否、叩きつけた、という表現とは少し異なる。その時二本の尾はまるで刃物のように鋭くなり、実が木と繋がる部分をスパンっと切り離したのだ。しかも、実はもう一つの実と隣り合って触れるようになっていたのに、もう一つの実は切り離されることなくそのまま。絶妙なコントロールである。
切り離された方の実は重力に従い落下。そして猫のような生き物もそのまま落下。木の実はシカのような生き物の背に、猫は狐のような生き物の背に、それぞれぽすりと落ちた。
「えぇぇぇぇ!? 今、しっぽ!」
「アイツは聖獣だぞ。普通の獣とは違う」
「そ、そうですか」
可愛い見た目に反して、けっこう怖い子なのか? そう思った陽哉であるが、一仕事終えトトトッと足元へ駈け寄りすりすりと顔を寄せてくる様子はまさに猫である。二本のしっぽも元の柔らかさに戻り足に絡ませてくる様子を見れば、もうどうでもよくなった。
「ありがとうな」
「キュゥゥ」
(うん、可愛いは正義)
そんな思考を見ぬいたかのように、フロウディアに呆れたような視線を向けられた気がしたが、陽哉は気にしないことにした。
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