第4話 帰還方法
「え、時間経過?」
フロウディアの告げたその”方法”は、拍子抜けするほど簡単なものだった。
「そうだ」
「それって、何年とかかかっちゃうような?」
「いや、数時間だろう。長くても明日までには」
「まじで!? なにその日帰り旅行的な!! え、それが普通なの? 異世界人みんなそんな日帰り旅行してんの!?」
「そんなにほいほい異世界人が来るわけないだろ。転移の理由にもよるが、お前の場合は特殊だ」
日帰り旅行というワードに、フロウディアが呆れたような目を向けてきた。本来なら感情がわかりにくいはずの鳥の瞳なのに、なぜか陽哉にはその感情がよく分かる。これも異世界の動物だからか、と心の中で感心していれば、フロウディアはハァと一つため息をつく。なんとも人間くさい鳥である。
「俺が特殊って?」
「普通は、輪廻転生の際、つまり死んで転生する場合に異世界に渡ることがほとんどだ。といっても、色々な条件があるためにそれも数十年、数百年に一度あるかないかだがな。お前の場合は、もう一つの世界間転移だ。生きたままこちらにきた。この場合は直接的な召喚だったり、他の召喚や転生に巻き込まれたり偶然出来た時空の狭間に落ちる事故だったり理由はさまざまだが」
召喚、と聞いて視線を森へと巡らせる。ここにいるのは陽哉とフロウディアと倒されたモンスターのみ。どう見ても召喚者といったようなイメージの魔術師のような姿所か人間すらいない。あのモンスターのせいで逃げたのかとも考えたが、店が転移してから外にでるまでに十数分とはいえ時間をかけている。召喚した人間がいればその時間に声をかけてくるだろう。そう考えた陽哉は、もう一つの理由のほうが濃厚かとため息をついた。
「俺の場合はこんな森の中に召喚されたって考えるより事故って考えるほうが妥当か……」
どこぞでやった召喚術に巻き込まれたか、次元の狭間とやらに落ちたのか。正直、召喚されたとしても困るが、事故と言われても困る。この場合は誰に文句を言えばいいのか。
「……さぁな」
「しっかし、事故で異世界日帰り旅行? 俺はフロウディアが助けてくれたからいいけど、普通なら死ぬぞ?」
実際、死にかけた陽哉だ。その危険性は身をもって実感済みである。
「そうそうないから安心しろ」
「俺が巻き込まれてる時点で安心できないんですが」
「気にするな」
「気になるわ!」
とにもかくにも、後数時間もすれば帰ることが出来る。それだけで陽哉の心は軽くなった。たとえそれを告げたのが流暢にしゃべる小鳥(notオウム)という未知の生き物であったとしても、それが自分を助けてくれた相手というだけで信じられる。
(あと、こいつの言葉って、なんか、安心するんだよな。……助けて貰ったからかなぁ)
そんなことを思いながらも、陽哉はならば、と顔をあげた。
「帰るときの条件って、店にいた方がいい感じ?」
「そうだな」
「そのタイミングって?」
「お前が来るときの予兆があったはずだ。それと同じ現象が起こった時だ」
「予兆……っていうと、あれか?」
思い出すのは、ひとりでに鳴った店のドアのベル。日常と違うことと言えば、それしか思い浮かばない。
「ってことは、店からは離れられないか」
離れて居る間にベルが鳴って店だけ元の世界へ。そうなってしまえば陽哉は世界規模の迷子になってしまう。それだけは避けたい、となると、ベルが聞こえる範囲しか移動は出来ない。
人間とは現金な物で、心に余裕で出来るといろいろ体験してみたくなるものである。まして、異世界という非日常。絶対に帰りたいという思いが変わる事はないが、それでもちょっとくらいの冒険をしてみたいと思う陽哉。仕方がない。男の子(成人済み)なのだから。
そんな陽哉の期待を察してか、フロウディアは再び小さくため息を付くと、それまで居た陽哉の掌からパタパタと飛び上がり、彼の肩へと移動した。
「フロウディア?」
「帰るタイミングなら、異世界転移の力の波動で分かる。間に合うように教えてやる」
「ホント!?」
「ただし、時間的にこの森くらいしか行けないぞ」
「それでもいいよ! ありがとうフロウディア!」
「ふん」
陽哉の御礼にそっぽを向くフロウディアだが、肩の上からという至近距離から見た横顔は、どこか照れている印象を受けるのだった。
「行く前に、あいつを浄化しておかないとな。倒したとはいえ体は闇に感染したままだ」
「浄化?」
「ああ、ここならまぁ。森への被害は少ないだろう」
そういうと、フロウディアはパタパタと飛び上がる。何をするのか、と声をかけるより早く、それはおこった。
「《フォティルシス》」
フロウディアの周りに風が起こったと思ったら、その風があの感染獣の元へ届き、あの明らかに重量のある巨体を持ち上げた。その様子にあんぐりと口を開けて唖然としていれば、今度はフロウディアの周りに青白い炎が現れ、モンスターへと飛んでいく。
ボゥ! と凄まじい勢いで巨体が燃え上がる。よく見ると、周りの木々に燃え移らないようにという配慮なのか、風が炎の周りを舞い、青い炎は球体のようになっていた。その様子に、陽哉は今更ながら冷や汗を感じた。
(……最初にアレ使わないでくれてよかったぁ)
万が一、フロウディアが陽哉に気付かずあのモンスターだけ対処するとなっていれば、確実に巻き込まれていただろう。脳裏に一緒に丸焦げになる自分を想像してぶるりと体を震わせた。
数分もせず、感染獣は消え去った。残ったのは、拳ほどの大きさの煌めく宝石のようなグレーの石だけだった。風がやむと同時に、ごとり、とその場に落ちる。
「ふ、フロウディア、これって?」
「核結晶だ。魔力石とも呼ばれている。本来なら感染獣や魔獣の核結晶は汚染されていてすぐには触れないが、それは浄化してあるから触れるぞ」
「おおう、よくファンタジーで出てくるやつだ」
魔石などはファンタジーの定番である。フロウディアに促され、好奇心のままその石を手に取ってみると思った以上に重みがあった。
「やる」
「いや貰っても俺じゃ使えないし」
純粋に石としてもキレイだが、元の世界に帰るつもりの陽哉には無用の長物だ。速攻断るとフロウディアから不満そうな気配を感じて苦笑する。
「……なら、店の側に置いておけ」
「そこ?」
「あとで使う」
「了解―」
言われるままに石を転がし、いざプチ冒険へ。石を見て、万が一また感染獣が出てきたら店が危ないと気付いた陽哉のそんな不安は、この森の中の気配なら、特に魔獣や感染獣なら確実に分かるというフロウディアの一言できれいさっぱりなくなる。なにからなにまでフロウディア様々であった。
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