第3話 異世界の情報と希望




 丸いフォルムは一時期人気となった北国の鳥、雪の妖精シマエナガに似ている。似ていると表現するのは、シマエナガとは違い、その体の大部分はパールホワイトといったような感じの白だが、翼の先と尾の先に向かって薄い紫へとグラデーションがかかっているから。

尾もシマエナガ同様長いが、しっかりとピンとしたシマエナガとは違い、尾長鶏のように柔らかくたれている。大きさも、掌にちょうど収まるような可愛いサイズであるが、シマエナガよりは若干大きいようだった。

 一時期シマエナガの可愛さの虜になってグッズなんかも買おうか迷っていた陽哉は、シマエナガに似たその鳥の可愛らしさにやられそうになるが、そんな彼の思考を一瞬で戻すほど、可愛い鳥が発する声は低かった。

おしゃべりする鳥として有名なインコやオウムのような独特な高めの声ではない。流暢な話し言葉は、明らかに、男のそれである。


「俺がすぐに異変に気づける場所にいて、運がよかったな」

「……やっぱりギャップがひどすぎるぅ」

「……お前も”ああ”なりたいか?」

「すみませんごめんなさい! 助けてくれてありがとうございます!」


 さらに低くなった声に、陽哉は身の危険を感じて誠心誠意謝罪と感謝を述べた。淡いパープルの羽根先が指し示すボロボロのモンスターのようにはなりたくない。

 ふん、と小さな胸をはった鳥は一応満足したのか、パサリと羽を動かし飛び上がる。もう行ってしまうのかと思った陽哉の考えを他所に、彼(?)は目線の高さでホバリングしてジッと見つめてきた。思わず手を出せば、すとん、と掌に着地してくれる。柔らかく温かい羽の感触に、自然と顔が緩んだ。


「俺はフロウディア」

「は、陽哉、登藤陽哉です」

「ハルヤ、お前、異世界人だな」

「へ?」

「異世界からの迷い人。転生者。転移者。神の愛し子。この世界では、そんな風にも呼ばれている」

「……そんなはっきりわかるの?」

「俺はな。まぁ、人でも分かるやつと分からないやつがいるだろうが大半はわからん」

「いやあの、何者ですか?」


「そうだな。この森の番人、とでもいっておこうか」


 くちばしの形は変わらない。けれどその時、小さな鳥がニヤリと笑ったと、陽哉は錯覚するのだった。




 それからその鳥、フロウディアに、その世界の事を教わることが出来た。


「本当に、異世界なんだなー」

 

 この世界はダートゥテルラと呼ばれ、地球のようにいくつかの大陸と国に別れている。今陽哉がいるのは、クルス国という大国の奥地の森の中だという。そして、この世界の特徴とも言うべきものが。


「光の龍脈に、闇の龍脈、ね」


 地球にもあった、龍脈である。風水などで栄える土地や地中を流れる気のルートと認識されているソレが、この世界にもあった。けれど地球と違うのは、その性質が正反対の物、聖なる気が溢れるものと、邪悪な気が溢れるものの2種類があると言う点、そして、その気の影響がとてつもなく大きいという点だった。


「光の龍脈は、その土地と周辺の土地に生命力を与える。植物でも動物でもその力によって豊かになるから、この龍脈の近くにある国は栄えている。反対に、闇の龍脈はその土地の生命力を奪い、動物や人にも影響を及ぼす。……あのモンスターのようにな」

「元は、普通の動物だった、とか?」

「そうだ」


 思わず倒れたモンスターを見る。どう見ても、それはモンスターと表現するしかない化け物で、普通の動物であったとは考えられなかった。


「闇の龍脈の影響の一つが、ああやって生き物が闇の気に侵され感染獣と化し、正常な生き物や人を襲うことだ」

「……生き物ってそういう危機回避能力強そうだけど」

「何らかの原因で弱ったり追われたりして危機回避能力が働かずその地を踏んでしまったりすることはよくあることだ。それと、闇の龍脈から生まれるモンスターもいる。それが一番厄介だな」

「最初からモンスターってこと?」

「ああ、魔獣という。違いは、純粋な強さと、周りへの感染力だ」

「……感染。つまり、その魔獣に襲われたり近くにいたりすると、同じようにモンスター化するってこと?」

「そのとおりだ。この感染力がかなり強い。一体魔獣が生まれれば、数千の生き物に闇の感染が広がる」

「……めっちゃやばいじゃん」

「だから厄介だと言っているだろう。まぁ、それを討伐するのが人間の仕事だ」

「討伐かぁ」

 

 そりゃそうか、と横たわるモンスターを見て納得する。あのようないかにも凶暴なモンスターを放っておいては、被害がどれだけ出るか分からない。


「討伐ってことは、この世界は冒険者とかいるの?」

「冒険者、という名前ではないが、国境なき守護団ガーディアンズと呼ばれる組織に所属する者達と、国直属の騎士団が行っている国がほとんどだ」

「ガーディアンズ!? 騎士団!? めっちゃファンタジー! じゃぁ、魔法とかも!?」

「誰もが使える訳じゃないが、使える人間はそれなりにいるぞ」

「俺も使えるようになる?」


 成人してようが一度は夢見たことのある魔法というロマンに、ワクワクとした様子で問いかける。そんな陽哉をジッと見て、フロウディアは一言。


「……ムリだな」

「そんなぁ」


 こんな夢のような最悪の体験をしているのだから魔法くらい使えるようになってほしいと陽哉は肩を落とす。異世界転移だというのであれば、よくある神様にチートな力を授かるテンプレが欲しかったと嘆いた。お助けキャラらしき小鳥は見た目に反して強く、とても頼りになりそうだが、それでもやはり自分の力が欲しいと願ってしまうのは仕方がない。


「……はぁ、まぁいいや。魔法は諦めるとして」

「なんだ、諦めが早いな」

「もっと重要なことがあるんでね」


 この世界のことやあのモンスターのこと、魔法のことを確認したが、本当に知りたいのはそれらではない。


「フロウディアは……異世界人の帰り方、知ってるの?」


 そう、帰り方である。

 確かに魔法にもガーディアンズという存在にも心引かれるものはあるが、それよりも重要なことはこれからの自分の身の振り方だった。非現実的な異世界に来たからといって、何もかも放りだして楽しもうとは思っていない。彼の心の中を今占めているのは、元の世界に置いてきた存在のことだった。


「帰りたいのか?」

「そりゃもちろん。あっちには、妹も、幼馴染みもいる。置いていける訳がない」

「……」

「で? 帰り方ってあるの? 知っていたら教えてくれない? 森の番人さん」


 つぶらな瞳をじっと見つめると、青みがかった宝石のような小さな目がふっと綻んだように見えた。


「あるぞ」

 

 その三文字の言葉は、陽哉にとって何よりの希望であった。


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