第3話 百合乱暴エンド

 連理は作品を編集するに当たって一つ条件を出した。

 それは作品のアドバイスや推敲に際してメールではなく、マノスで直接会って作品を受け渡しするという内容だった。


「メールじゃダメなんですか?」

「機械を経由した小説はどこか味が薄い、と私は考えていまして。それに不要不急のご時世が続いたでしょう? 今は人と人の関係がデジタルに依り過ぎている。同人活動ってそういうものではないでしょう?」


 小波は連理の意見に大いに納得した。彼女が創作を好み、積極的に同人活動に参加してきた理由の背景は、初のサークル参加の際に暖かく声をかけてくれた両隣の島の作家さんとの交流である。


入稿まで余裕をもって仕上げたいという連理の希望に沿い、早め早めに作品を書き綴る小波。今日もマノスで打ち合わせというある日。


「私、浮かれてるな。まるでデートに行くみたいだ……」


 気合の入った自身の白のワンピースコーデを姿見で確認して、小波は思わず呟いた。

 最近、自分が書いた百合小説を目の前で連理に読まれるという羞恥プレイに、抵抗がなくなっている。

理由の一つに連理がアドバイザーとして非常に優れていて、的確に作品が目指す方向性を指摘してくれるから、というのが挙げられるがそれは一面だけだ。

連理のあの、ダークブラウンの美しい瞳がわずかな隙も逃さぬように自分の作品に集中し、独占される様が。

 彼女のクリアで知的な声が作品の一句一句を読み上げ、指導する声が。

すべてが小波にとって心地良いのだ。


 恋をしているのかな。

 小波は自身に問う。

 これまで何十回と恋愛の小説を書いてきた自分が、今初めて同性に恋慕に似た感情を抱いている。

 恋、慕う恋慕。

恋かどうかはわからないが、間違いなく連理を慕っているのだと小波は確信した。


 マノスの店内は今日も若干暗さを帯びたライトに照らされ、わずかな女性客のみ。


「これが最後の分の原稿になります」


 小波が差し出した小説を受け取ると、紺のパンツスーツ姿をした連理はいつもの硬質さを崩し、若干柔らかな笑みを浮かべ労った。


「お疲れ様です。ちょっと待ってくださいね」


 連理は眼鏡を外すと、ベージュの高価そうなコスメティックケースから目薬を取り出し、一滴、点眼する。

 ただ目薬を差しているだけなのに絵になる人だ、と小波は思ったが、当然口には出さずコーヒーに口をつける。

 やがて再び眼鏡をかけて小説を熟読し始める連理。彼女の指が踊る様に紙面をめくりすべてのページを読み終えた後。


「ああ」


 連理がため息を吐いた。

 どういった種類の反応なのか様子を窺う小波に、連理は予想以上に弾んだトーンの声をかけた。


「ああ、いいですね。本当にいい小説になりました。『百花繚乱』に掲載する100作目に相応しい作品になると思います」

「本当ですか?」

「嘘はつきませんよ。ところで、小波さんは『百花繚乱』の過去作をすべてお読みになっていますか?」


 小波は『百花繚乱』を近年のものに限り読んだことはあるが、全作品は読んでいないと正直に答えた。


「なるほど。例えば、この刊はどうでしょう。ちょっとご覧になりませんか?」


 連理に手渡された冊子を受け取り、目を通す小波。

 内容は多彩だったが、一際目を引いたのは残酷な恋の話。

 同人書きの作家に恋い焦がれたのに敵わず体だけ弄ばれ捨てられた、惨めな女性の物語だ。

 題名は『雅』。

 奥付を見ると刊行日は半年前。


「私はちょっと、半年くらい前から創作活動は休んじゃってるからねー」


 蘇る物書きの先輩、桜井雅の言葉。


「ね?、いいでしょう、その刊? 特に雅さんはいい『作品』になりました」

「く、久野さん、これって一体……」

「連理でいいですよ、私言ったじゃないですか。あなたを100作目の芸術作品にするって。世慣れていないあなたが私を慕っていく過程は本当に素敵だった。久々に当たりの作品になると思いますよ。『百花繚乱』はね、百合アンソロじゃなくて私個人のペンネームなんです」


 怯え、思わず立ち上がろうとする小波。

 だが、体が思うように動かずぐらりと揺れ、小波の体は卓上に突っ伏した。


「目薬に用いられる抗ヒスタミン薬の中には飲むと強い眠気を催すものがあって……って、もう聴こえていませんよね。さて、『小波』さんを作品として完成させますか」


 そして小波の体はマノスのスタッフに運び出され、連理と共に夜の繁華街に消えた。

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