思い出部の毎日日記

ポンデリング

憂鬱の象徴

 平日の朝は俺にとって最も憂鬱な時間だ。特に平日の始め、月曜日は。


 七時半に設定されたスマホのアラームがバイブレーションと共に規則正しい音を鳴らす。設定したのは自分だというのに、毎朝何故こうも苛立ちを覚えるのか。特段自分は寝起きが悪いことは自覚しているものの、毎朝この音を聞くだけで苛立つのは、いい加減止めたいなと思う。


 しかしながら自分のさがは簡単に変えることも出来ないので、結局そう思うだけで終わりだ。スマホの検索履歴に寝起きを良くする方法などがあったのはもう半年以上前。今では毎朝起きるたびに寝起きの悪さを直したいな、と思うだけのあまりにも無意味なルーティンが出来上がった。


「取り敢えず黙れ」


 苛立ちを隠すことなく照明付のナイトテーブルに置かれた自分のスマホを充電ケーブルから乱暴に引き抜きアラームを停止させ、流れるように二度寝を開始する。スヌーズ機能をONにしている為、数分経てばまたスマホは起床の鐘を鳴らすだろう。だが俺にとって、スヌーズを付けることは殆ど意味のない行為だ。それは付けたところで起きれないからという理由が半分。ではもう半分は何か。


 今日は月曜。バリバリ平日だ。世間では憂鬱の象徴として、学生・社会人問わず顔を曇らせる人が多いことだろう。駅のホームで夥しい数の人が押し合っている光景は正に地獄絵図で、まるで世界の終わりの始まりだ。これが週五回もあるのだから恐ろしい。


 俺は一ヶ月程度の間隔でしか目の当たりにすることが無いから基本他人事だ。連日満員電車で通勤・通学する人たちには感服する。


(この分だと今日も起きるのは午後前くらいになりそうだな)


 もう半分はこれ。


 俺は生粋のだからだ。スヌーズ機能を付ける意味があまり無いというのはそういうことだ。月一でしか学校に行かないから、毎度付けておかないと不規則な時間に起き続けてしまう。いざ登校日に起きれないのだ。


 現在俺は高校二年生。中学までは登校しなくても卒業できたが、高校になるとそうもいかない。


 俺が通っている高校は県内ではそこそこの進学校なのだが、この学校には特待生制度という好成績の学生に対する優待遇が存在し、特待生の俺は月一度の登校と週三のリモート授業でこの生活を許されている。高校生になっても生活習慣は殆ど変わらないが、唯一変わったのがアラームを付けて起きる習慣をつけていること。去年の高校の入学式以降、平日は七時半に起きる生活を始めた。


 しかし、起きる週間は付けたものの、気乗りしない日はこの通り即二度寝だ。スヌーズでの再アラームで起きることは殆どない。アラームを切っては鳴らしての繰り返しだ。


 アラームの停止ボタンを押せばいい話なのだが、毎回反射で主張の強いスヌーズボタンを押してアラームの音を断ってしまうのだ。十回に一回は停止ボタンを押せるが、それは十回に九回はスヌーズボタンを押してしまう訳で、もう最近は再アラームをフル無視する機能が身に付いた。なんと生産性の無いことか。とはいえ、登校日の日は自然と体が起き上がって動いてくれるのだから不思議なものだ。


(明日はリモートで先週分の授業があるし、起きたら復習だけ軽く済ませてアニメでも見るか……)


 パタパタ


 コンコン


 そんな考え事を遮るように部屋の前でスリッパの音が止まり、ドアをノックする音が部屋に響いた。しかし俺はそれを無視する。


 我が家は4人家族で妹は今年から寮暮らし、父は去年の十二月から長期の海外出張中で家を空けている。扉の向こう側にいるのは母だ。平日の七時半はいつもこうやって扉をノックをしてくる。起きてる?なんて確認の言葉はなく、暫しの間静寂が続いた。俺は狸寝入りを決め込んでいる。それが俺から母への合図。


 今日も学校に行くつもりは無いという合図だ。


「……母さん仕事に行くわね。いつも通りご飯は冷蔵庫にあるから、起きたら食べなさいね」


 俺からのレスポンスが無いことを合図だと理解した母はそう言い置くと、行ってきますと、俺に聞こえるように言って家を出た。築年数十数年の平屋の戸建てである我が家は、宿泊用の部屋も合わせて五つほど部屋があり、俺の部屋は玄関前。部屋から出て左側に外へと続く出入口がある。そのため、いつも母が仕事に行く足音、ドアの開閉音、鍵を閉める音が常に耳に入る。


 早三年。母が仕事に行く時の音と、ノックに対して返答しない時いつも罪悪感を覚える。こんな情けない息子に何も文句を言わず、忙しい中毎日食事を用意してくれる母は、俺が言うのも烏滸がましいが自慢の母だ。


 そんな母の優しさに感謝の一言も言えずにずっと甘えている自分には、毎日自己嫌悪に苛まれる。だが、そんな自分を変える気力が全く無い。今だって、起きたら軽く勉強をしてからアニメを見る気満々だ。せめて両親にはこれ以上の迷惑をかけまいと高校に進学はしたが、進学しただけで根本は全く同じままだ。三年間、俺の時は止まり続けている。


 平日の朝。


 それは、俺にとって最も憂鬱な時間。

 俺、弥生満月やよいみつきが過去を憂う時間だ。

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