022. 訪れる手がかり

 僕と江坂はいつものように並んでS坂を登り始めると、屋台から少し離れたところで、さきほどまで一緒だった屋台の客が小走りで追いかけてきていた。


「君たち、S坂高校の生徒だよね?」

「はい、そうですが。」

「さっき、屋台で不思議な話を調査してるって聞いたけど。」

「ええ、まあ。」


 僕は、それが何か、というように男に話の先を促す。


「もしかしたら、君たちもあの屋台の噂を聞いたんじゃないかと思って。」

「あなた、死に至る屋台について何か知ってるのね!」


 となりから飛び込んできたのは江坂ゆきのだ。目をキラキラさせているに違いない。見なくてもわかる。


「死に至る屋台? その名前は聞いたことないけど。」


 当然だ。江坂ゆきのが勝手につけた名前なのだから。


「あそこの屋台は、何か不吉だって職場で話題になったんだ。ここだけの話、うちの上司の知り合いがあの屋台で食事をしたあとに倒れたらしいんだ。」

「まさか、毒物とか?」


 江坂のあまりの食いつきに、その男も若干引いている。


「いや、噂に聞いたことだから、なんとも言えないけど。毒ってことはないんじゃないかな、そんな物騒な。」


 江坂は、期待はずれ、というように肩を落とす。

 まったくもって、不謹慎なやつだ。


「倒れた原因とかはわからないんですか?」

「会社で少し話に出ただけだから詳しくはわからないけど、心筋梗塞、とか言ってたと思うな。」


 それだけでは、あの屋台が原因かはわからないし、あの屋台が不吉だ、ということにはならないだろう。


「でも、それだけじゃないんだ。一ヶ月くらい前、会社帰りにこの道を通って帰ったら、交通事故を目撃したんだ。あの屋台で食事をしたお客さんが、店の近くで車にはねられた。」

「何かの陰謀ね!」

「いや、ただの接触事故で、幸い軽傷だったんだ。でも、その上司の話を聞いて、僕も事故のことを思い出してね。それを会社で話したら、あの屋台は不吉だって話になったんだ。」

「やっぱり何かの呪いとか祟りなんじゃないかしら。」


 どうしても怪奇現象だかオカルトだかと結び付けたい江坂は放っておく。


「それなのにどうして屋台に?」

「肝試しみたいなものだよ。会社の人たちが一番若い僕に行ってこい、ってうるさく言ってきたんだ。それに、話のネタにもなるしね。」

「会社ってここから近いんですか?」

「駅近くの材木店だよ。」


 その男は、なんとなくの方角を指さした。


「あの、事故の状況について詳しく聞きたいんですが。」

「ラーメンを食べて屋台を出た客が車と接触したんだ。ちょうど神社の入り口の近くだったね。すぐに運転手が警察を呼んだ。幸い救急車が必要なほど大した傷じゃなかったし、その客は屋台で酒を呑んでふらふらしてたから、警察も運転手の非は少ないって判断したみたいだったね。」


「店主はどうしてましたか?」

「ああ、屋台の店主なら、車とぶつかった客に駆け寄って、大丈夫かって助け起こしていたよ。実際にはほとんど酔っ払って自分で倒れただけみたいだったよ。」


「何か変わったこととか、気がついたことはありませんでしたか?」

「いやあ、店主はすごい焦った様子だったよ。まあ、客が轢かれたら無理もないだろうけど。」


「まあ。そうですね。他に何かありますか?」

「なんだか尋問されてる気分だな。」


 僕の口調に、その男が苦笑する。


「すみません、ちょっと気になることがあったので。」

「そういえば、警察と店主が少しばかり揉めてたというか、口論になってた気がする。」


 しばらく思案してから男は言う。


「思い出したよ。神社の目の前で起きた事故だから、一応神社にも電話したほうがいいんじゃないかって、警官が言ったんだ。それで、店主があまり大事にされては困るって、食ってかかったんだよ。客商売だから、変な噂にでもなったらどうしてくれるんだって。」

「どこかで聞いたことあるようなセリフね。」


 はじめて屋台に行ったとき、死に至る屋台のことを問い詰めた江坂に対しても、店主は同じようなことを言ったのだ。


「結局どうなったんですか?」

「神社の敷地の外だったし、轢かれた客も別に歩いて帰れるようだったから、警察も別にそこまでの必要はないだろう、ということで終わったみたいだったね。」


 なるほど。

 これで、店主が見せていたいくつかの態度、場面がつながった気がする。


「ありがとうございました。参考になりました。」

「君、店主に名探偵くん、って言われてたよね?」

「いえ、それは――」

「もしかして、君がこの不吉な屋台の噂を解決してくれるのかな?」

「死に至る屋台を倒すのはわたしよ!」


 急に飛び込んできた江坂の勢いにその男は気圧されている。

 どうして毎回、状況をややこしくしてくれるんだ、コイツは。

 案の定、木材店の男は、倒すってどういうこと、と首をかしげている。

 コイツの言うことは放っておいてかまいませんので、と僕は表情で彼に伝える。


「そういえば、君たち不思議な話を調査してるって聞いたけど、そういう部活なの?」

「そうよ! わたしたちは、S坂高校奇譚研究会。覚えておきなさい!」


 江坂ゆきのは、まるで世界中に、ここにあり、と名乗りをあげるかのように、満面のドヤ顔で、そう宣言した。

 というか、まるで悪役が組織名を言うときの自己紹介じゃないか。


「へー、そんな部活があるんだね。」


 江坂の圧力を受け流しつつ、半ば呆れた顔で彼は言った。


「じゃあ、若いお二人を邪魔しても悪いし、僕はそろそろ家に帰るよ。」

「ば、バカじゃないの!」


 江坂ゆきのは、今にも飛びかからんばかりである。


「別に僕たちはそういう関係じゃないんですが――」

「そうだったのか、ごめんごめん。」


 江坂はすさまじい形相でにらみつけている。

 僕は最後に、男を呼び止めて聞く。


「あの、近しい知り合いにS坂高校の生徒がいたりしますか?」

「いや、別にいないかな。どうして?」

「大した理由はないんですが、僕たちの制服を見て、すぐにS坂高校と気づいたようでしたし。」


 江坂は怪訝そうな顔で僕のことを見ている。なんでそんな質問をするんだ、とでも言いたげだ。


「ああ、それなら例の上司の娘さんがS坂高校の生徒で、よく事務所にも遊びに来てるんだ。」

「そうなんですね、ありがとうございました。」

「それじゃ、部活がんばって。」


 僕たちはそこで別れ、僕と江坂は、S坂を登り学校へと戻る。

 さすがに夜になると、暑さも引いて、心地よい風が肌をなでていく。いつものように僕の少し前を歩く江坂の長い髪が、さらさらと風に流れて揺れる。

 それは、この一ヶ月あまり、屋台からの帰り道に僕が何度も見た光景だ。

 毎日、ほんの少しだけ背景が変わっていった。いつのまにか日が延びて、この時間になっても完全に暗くはなりきっていない。僕たちを照らしていた蛍光灯の白い光も、目立たなく感じられる。

 それでも、変わらない目の前の後ろ姿。大きくはない、でも僕の前を歩き、進んでいく江坂ゆきのの背中。


 でも、おそらくこの日々も、もうそう長くは続かないだろう。

 もしかして、僕はそれをさみしいと思っているのか?


「ねえ、なんか思いついたんでしょ。」

「なんでそう思った?」

「最後の質問よ。わたしたちがS坂高校の生徒なのは、この坂を登ってる時点で明らかでしょ。」

「それもそうだな。」


 材木店の彼には事情を説明するのが面倒で、適当な理由をつけて聞いたが、少し適当すぎたか。


「それで、なんでS坂高校の知り合いがいるか、なんて聞いたのよ。」

「二つの噂の出どころにつながりがあるんじゃないかと思っただけだ。」

「わたしが見つけた死に至る屋台の噂と、あの材木屋が言ってた噂ね。」

「そうだ。」

「やっぱり何かわかったのね。」


 江坂ゆきのが立ち止まり、振り返る。

 まっすぐに、僕の方を見つめている。

 話してしまっていいのか?


「悪い。もう少し待ってくれないか? 考えをまとめたい。」

「もったいぶらずに、早く話しなさい。」

「きちんと考えて、伝えるから。」


 江坂は、じっと僕の目を見た。そこに何を見たのかはわからないが、しばらく考えて、こう言った。


「まあ、いいわ。それなら好きなだけ考えれば。」


 そして、再び江坂ゆきのは歩き出す。流れるような黒い髪を揺らしながら、僕の少し前を。

 駐輪場を過ぎて、いつも別れる交差点まで歩いていく。

 江坂ゆきのは、何かを考え込むように黙っていた。黙っていると、不意に江坂が大人びて見えることがある。部室で毎日会っているせいで忘れかけているけれど、教室の江坂は大人びていて清澄な雰囲気を漂わせた美しい少女なのだ。

 そう、そして僕はまだそのことに答えを出せていない。


 どちらが本当の江坂ゆきのなのか?


 だから僕は迷っているのだ。

 死に至る屋台を僕たちが倒し、この僕たちの毎日に一つの終わりをもたらすことを。


 交差点のところまで来ると、江坂ゆきのはまた立ち止まって、それから言った。


「明日の放課後すぐ、部室に集合すること。いいわね!」


 それは、見ているこちらまで不思議と自信が湧いてくるような、江坂ゆきのの満面のドヤ顔だった。

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