そして終結に至る屋台

020. 江坂ゆきのに雨が降る

 ここ数日間、江坂ゆきのはご機嫌ななめである。

 理由は簡単で、死に至る屋台の調査が一向に進まないからである。


 僕たちは、一応消えた常連客の謎を解決したものの、死に至る屋台の噂とは直接関連はなさそうだった。それ以後も屋台には通っていたが、丸々一週間が経過しても、これといった手がかりは得られなかった。


「あの店主には人殺しとか、毒物混入とか、そんな大それた悪事は無理だろう。」

 例のごとく単にラーメンを食べて帰るだけとなったある日、僕は江坂に言った。

「それはわたしにもわかってる。」

「じゃあやっぱり、これ以上あの店に通っても無駄なんじゃ――」

「でも、あなたも何かやましいことがあるって言ってたじゃない。」

「それはそうなんだが――」


 しかし、おそらくはそれも死に至る屋台とは関連のないものなのだ。

 店主は明らかに呪いやら客の怪死に心当たりはないようだった。そもそも、あの店主にそんなことをするメリットは何もない。

 ただ、江坂に問いただされたとき、やましいことがあるような、何かを隠している素振りを見せた。そして、店主は何かを恐れている。だが、何を――


「あなたがやめるって言うなら、わたしだけでも調べるわ。」


 何かが思いつきそうだったが、苛立った江坂の発言で考えが飛ぶ。


「そうは言ってないけど。」

「じゃあいちいち文句つけないでよ。」


 江坂はそう言って、じゃ、わたし帰るから、と駐輪場に寄らずに一人で帰っていった。


 それから三日間連続で雨が降り、僕たちは一応部室に集まったものの、屋台には行かずに解散になった。

 江坂は雨に濡れるのが嫌いらしく、空を見上げて、今日はおしまい、と言ってそのまま部活はお開きとなったのだ。

 江坂ゆきのがいらだっていたのは、そんなわけである。

 そして、今日、四日連続の雨となり、江坂の苛立ちは最高潮に達しようとしていた。


「梅雨でもないのに、どうしてこう毎日雨が降るのよ!」


 部室の小さな窓からうらめしそうに空を見て、江坂が言う。

 まだ五月の中頃、梅雨入りは発表されていない。

 僕は別に雨は嫌いではないのだが、こう毎日天気のせいで僕に因縁をつけられてはたまったものではない。


「そろそろ晴れるといいんだけどな。」

「誰かがこの街で雨乞いでもしてるんじゃないかしら。」


 もし本当にそうだとしたら、迷惑なのでやめていただきたい。


「きっとそうよ。わたしが倒してやる。」


 江坂は窓に向かって虚しく拳を突き上げている。やっていて自分で悲しい気持ちにならないのだろうか、コイツは。

 かえって雨は強さを増し、部室の窓に風とともに大きな雨粒が打ちつけてくる。


「うわ、反撃してきたわ。」


 江坂は驚いて、窓をにらみつけている。これはこれで、平和な光景かもしれない。

 江坂は憎々しげにこう宣言した。


「今日は解散。止みそうにないし。」


 そうして、本日も僕たちは早々に部活を切り上げることになった。


 迎えを呼んで帰る江坂と部室で別れて、僕は教室に戻った。

 両親はまだ仕事だし、自転車で帰るにしても、もう少し小降りになるまで待つしかない。

 誰もいない教室で本でも読んでいようかと思ったのだが、予想外に教室に人影があった。


 ショートカットにいつも人懐っこい笑顔を浮かべている少女、今里あかりだった。


「あ、中津くん、どうも。」

「今日は、料理研は休み?」

「まあ、ちょっとね。今日はお休み。中津くんこそ、部活は?」

「雨天中止だ。」

「なにそれ。」


 あはは、と声をたてて今里あかりが笑う。


「江坂さんと二人の部活だよね? たしか、奇譚研究会だっけ。」

「そう。その江坂が雨が嫌いだから今日は解散なんだ。」

「ふうん。」


 そういえばさ、と今里あかりは言う。


「中津くんて、江坂さんと付き合ってるの?」

「え――」

「最近、よく二人で一緒に待ち合わせて下校してるって、クラスの噂になってるよ。」


 僕も同じクラスなはずなのだが、そんな噂知らないぞ。


「みんな本人には言いづらいんじゃない? 中津くんて、布施くん以外とあまり話してないし。」


 ほっとけ。

 吉徳は僕と対照的に交友関係は広いけど、あまり好き好んでそういった流言を話題にするタイプではない。僕のところにそんな噂が伝わってなくとも不思議はなかった。


「それで、江坂さんと付き合ってるの?」

「付き合ってないよ。」


 というか、付き合わされてる、というのが最も正しい表現だ。


 ただし、付き合わされてるのは、怪奇現象だの、オカルトだのよくわからない面倒ごとで、決して甘酸っぱい青春の恋愛沙汰などではないのだが。


「ふうん、そうなんだ。」


 少し疑わしそうに今里あかりが僕を見る。


「なんなら、今度部活の見学にでも来てくれ。身の潔白を証明したい。」

「生物準備室だったっけ?」

「そうだ、料理研から近いし。前にも言ったが、江坂は部室ではまるで別人、よく喋るし、超絶わがままな独裁者なんだ。」

「ほんとに?」


 相変わらず、僕の言うことが信じられないようだった。


「でも、何をするかわかんない部活なんだよね?」

「どうも不思議な話や奇妙な話を集めて、解決する部活らしい。」

「へー、少し楽しそうかも。」


 そう思うならぜひ来てほしい。

 江坂の面倒を一人で見るのが厄介だと思ってたところだ。


「じゃあ、何か不思議な話、見つけたら行くね。」


 今里あかりはそう言った。


「そろそろバスの時間だから、帰るね。またね、中津くん。」


 にっこりと笑って、今里あかりは教室から出ていく。

 彼女は、ドアのところで、立ち止まり、振り返って言った。


「江坂さんとの噂、間違いだったって、あたしからみんなに伝えておくね。あんまり色んな人を不安にさせたらだめだよ。」


 そう言って、今里あかりはいたずらっぽく笑って、教室を出ていった。

 たしかに、深窓の令嬢と思われている江坂に憧れる男子も多い。だが、そんな同級生たちも部室の江坂を見れば肝をつぶすだろう。部活でいつも振り回されっぱなしの僕からすれば、そんな噂は見当違いもはなはだしい。


 そんなことを思っていたが、去り際の今里あかりの表情が妙に焼き付いていて、しばらく頭から離れなかった。

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