019. 名探偵?
江坂と店主が同時に訝しげな顔で僕を見る。案外この二人はいいコンビなのではないだろうか。
「だからもったいをつけないで、とっととわかりやすく話しなさい!」
「なぜしじみラーメンを食べ続けたか。それは、全メニューのなかでしじみラーメンだけが、釣り銭が五円単位になるからだよ。」
「どういうこと? 五円なんかもらったって財布がかさばるだけ――」
「いや、財布はかさばらないんだよ。」
僕は神社の方を指さす。
あ――。
「賽銭ね!」
「そうだ。釣り銭としてもらった五円玉をそのまま賽銭にして投げていたんだ。だから、その客は毎日屋台を出て神社に向かった。」
五円とご縁をかけた験かつぎだったのだろう。僕は特別信心深いほうではないけど、初詣のときには母親に言われて五円玉をわざわざ探して投げる。
「五円玉を持っていない日は、この屋台で釣り銭を手に入れて、それからお参りをしたんだ。」
「それだと、ほぼ毎日あの神社に参拝していたってことだよな。よっぽど信心深いお客さんだったのか。」
店主もなるほど、という顔でうなずいている。
「たしかに信心深い人だったのかもしれません。ただ、おそらくですが、目的があったんだと思うんです。」
「目的?」
江坂と店主が同時に僕の方を見る。江坂は例のごとく、焦らさないで早く話しなさい、と目で催促してくる。
「ここからは俺の想像で、辻褄合わせのつくり話みたいなもんですが――」
「かまわないさ。」
「おそらくその目的が、もう一つの謎、つまりなぜ四月以降にその人が姿を見せなくなったのかの答えになると思います。」
「探偵小説の主人公みたいなまわりくどい言い方はやめて、結論を言いなさい!」
堪忍袋の緒が切れたのか、江坂が僕に命じる。僕だって確証がないんだ、このくらいのエクスキューズはつけさせてくれよ。
その目的は――。
「御百度参りだよ。」
「百回神社に参ると大願がかなう、っていうあれよね。」
「そうだ。」
江坂は指を折って、一、二、三月、と数える。
「四月でちょうど百日になったってことね。」
「ああ、なるほど、そういうことだったんだな。」
店主はようやく合点がいった、というようにうなずく。
「なんだ、わかってみれば大したことないわね。」
大体の話はこうして、それらしい説明をつければ、あまり面白みのない話に変わってしまうものなのだ。
「これも想像でしかないけど、おそらく、その人の大願は成就したんだよ。」
「縁結びのためだったのね!」
おそらくは。
想う相手との結婚を願って毎日御百度参りをしていたのではないだろうか。そして、それが成就した。連休中に一度この店に来たのは、さしずめ、そのお礼参り、というところではないだろうか。
「それなら、しじみラーメンを食べ続けた理由を言わなかったことも、おかげさまで、という言葉の意味も説明がつきます。」
「釣り銭のために毎日ラーメンを食っていた、とは俺に言えないから気を使った、ってわけだね。」
そう、その客は僕たちと同じで、ラーメンではなく、自分の目的のために屋台に来ていたのだ。それを店主に説明するのが憚られたのだろう。
「まあまあ、そう落ち込まないことね。」
江坂が、にやにやと店主を見ながら話しかける。
「落ち込んでないさ。俺は恋のキューピッドだったってことだろ?」
「その顔でキューピッドはないわ。というか、それを言うならキューピッドをしたのは、神様でしょ。あなたは賽銭を渡してただけじゃない。」
江坂と店主が言い合っている。仲が良さそうで何よりである。
「お兄ちゃん、なかなかの名探偵だったな。」
急にお兄ちゃん、と呼ばれたのが驚きで、一瞬ぞわっとしてしまう。
「なんか気持ち悪いんで、お兄ちゃんはやめてください。」
「じゃ、名探偵でいこう。」
それはもっと嫌だ。僕はただ、この場にある情報をつなげて、一つのお話を辻褄合わせにつくっただけなのだ。それは、江坂が身も蓋もない、と言うように、ある奇譚にもっともらしい説明をつけて、ただの物語に変えてしまうことだ。
それは、名探偵のすることではない。名探偵なら、もとの奇譚に負けないくらい面白いお話を語ってみせるものだ。僕がやってるのは、奇譚を事実に変換すること、単なる語り手でしかない。
「俺は別に、そんな大層なことはしてませんよ。」
「あー、なんかむかつくわね! なんであなたが謎を解き明かしちゃうのかしら。不思議な話の謎を解明するのは、奇譚研究会の会長であるわたしの役目よ!」
そんな役割分担があったとは、はじめて聞いたが。というか、二年の先輩が一応いるらしいし、その人が会長なのでは――。
「うるさい! それじゃあ、謎の解明は次期会長のわたしの役目よ!」
はいはい、わかりましたよ。
「あんたたち、相変わらず仲良いね。」
店主が横から口をはさむ。
「うるさい!」
案の定と言うべきか、横から江坂ゆきのの特大の文句が聞こえたのだった。
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