014. 閑話休題

「へー、それで江坂さんと屋台を調べることにね、あのケイが。」


 例のごとく、僕の前の席に勝手に座りながら、にやにや顔で吉徳が言った。時間は昼休み、前の席の女子は食堂かどこかに食べに行っているらしく不在だった。野球部は連休中も毎日部活があったらしく、まだ五月だというのに、吉徳はこんがりと日焼けしていた。ご苦労なことである。


「成り行き上そうなっただけだ。」

「それにしても、最近のケイの行動は、ずいぶんとケイの生活信条から逸脱してるんじゃない?」


 そうだろうか。そもそも僕は、生活信条と呼べるほど確固とした原理原則を自分に強いているわけではない。


「だって部活嫌いのケイが誰かとつるんで、毎日放課後に部活をしているなんて。」


 信じられない、というように吉徳は大袈裟に首をふってみせる。


「元はと言えば、お前が部活に入るように唆したんだろう。」

「まあそうさ。だから俺は喜ばしいことだと思ってる。ケイがまた部活をする気になったことをね。」


 別にそれほどやる気を出したわけじゃない、と小さく反論をしたが、吉徳は構わず続ける。


「だけどさ、どうして自分のスタイルを崩してまで、また部活を始める気になったんだ? 俺が気になってるのはそこだよ。」


 吉徳の言いたいことはわかった。中学時代、野球部に戻るように吉徳に何度か説得されても、僕は決して首を縦にふることはなかった。高校に入学してからもそうだ。それなのに、どうして、ということが言いたいのだろう。


「だから、成り行きの問題だって。」

「それはどうかな。今の話を聞く限り、ケイには何度か降りる機会はあったはずだよ。江坂さんが部活に来なくなったときに、そのまま放置することもできた。別に屋台の店主が怪しいことを黙っていることだってできたはずだよ。」


 それはたしかにそうだ。だが、こと江坂に関しては、逃げてもあとで余計に面倒なことが降りかかるだけだ、と僕の直感が告げている。だから、手間が増えないように先回りして、楽な方に誘導しただけだ。


「本当にそうかな、ケイが関わることがなければ、それで全部終わりになると思うけど。」

「それはお前が教室での江坂しか知らないからじゃないのか?」


 吉徳は、うーん、と一瞬考える。


「まあ、そういうことにしとくよ。とりあえず、ケイがどうして部活をする気になったのかは何となくわかったよ。」


 吉徳は、相変わらず、にやにやした笑いを口元に漂わせている。


「つまり、ケイは江坂さんが気になるんだね。」

「おい、怒るぞ。」

「いや、からかってるんじゃないって。別に変な意味じゃなく、江坂さんはケイにとっての謎だったんだよ。教室では恐ろしく寡黙な美少女が、部室では活発でわがままなツンデレ少女だった。これは、不思議だし、奇怪だ。だからケイは、奇譚研究会という風変わりな部活でこの謎を解き明かそうとしてるんじゃない?」


 そうなのか、僕はそんなことをしようとしてたのか。

 吉徳の見解には賛同しがたい部分もある。まず江坂、あいつはツンデレと呼べるようなありがたいものではない。制御不能な猛獣であり、面倒を繰り返し持ち込んでくる諸悪の根源だ。だが、その江坂自身が僕にとって解き明かすべき奇譚だ、というのはその通りかもしれない。江坂の存在が、僕にとって最も不思議で、奇怪な謎であることには間違いなかった。


「ヨシがそう思うのは勝手だが、江坂がツンデレってとこだけは訂正しておいた方がいいぞ。今度本人に言っておくからな。」


 吉徳はにやっ、と笑って、それはこわいね、と言った。

 ちょうど前の席の女子が戻ってきて、吉徳は立ち上がり、自分の席に戻っていく。午後の授業も始まるし、ちょうどいい時間だった。


「じゃあ俺は放課後すぐ部活行くけど、ケイも調査がんばってね。」


 まったく、余計なお世話である。

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