013. 再戦?

 次の日の放課後も、僕たちは崇鹿神社の前の屋台にいた。

 下校時刻まで部室で適当に時間をつぶし、暗くなり屋台が出てくるころを見計らって学校を出た。それまでの間、江坂は図書館に行ったり、どこから仕入れてきたのか画用紙やらコピー用紙やらを部室に運び込んだりと、慌ただしくしていた。僕はと言えば、部室で本を読みながら、束の間の穏やかな時間を享受していたのだが。


「なんだ、またあんたらか。」


 店に入ってきた僕たちを見るなり、あからさまに嫌な顔をして店主が言う。


「昨日はどうも。」


 屋台には今日も僕たち以外客は誰もいなかった。江坂が言っていた噂では人気店ということだったが、実際はそれほど繁盛してないようだ。


 僕たちはS坂を下りながら、すでに作戦会議を済ませていた。まず、余計なことを言わないようにと江坂に厳命を下した。


「まずは、情報を聞き出すためにも、こちらを信用させるのが重要だ。」

「どうやって?」

「とりあえず、正直に奇譚研究会のことを話す。それで昨日のことはごまかせるだろう。」


 ふうん、と江坂は疑わしそうに僕を見る。コイツは口を開けば喧嘩腰で、すぐにトラブルを引き起こすのだから、静かにしていてもらわなければならない。話が余計にややこしくなる。


「まあ俺にまかせてくれ。」


 何であなたなんかに任せなくちゃならないのよ、となおも江坂は不満げにぶつぶつ言っていた。

 

 僕たちは手早く注文を済ませる。江坂は、迷うことなく昨日と同じ塩ラーメンを頼んだ。僕も財布のことを考えて、塩ラーメンを頼む。同じメニューを頼んだのが気に入らなかったのか、僕もそれで、と言ったときに、軽くにらんでくる。


「はいよ。」


 店主はそれだけ言ってラーメンを作り始めた。まだ僕たちのことを警戒しているようだった。どことなくぴりぴりとした緊張感がただよっている。

 江坂は、いつ仕掛けるんだ、と催促するように、軽く僕の袖を引っ張っている。


 焦るなって。


 僕はジェスチャーと口パクでそう伝える。

 警戒している相手にこちらから無闇に切り込んでも、余計に警戒されるだけだろう。話を切り出して、信頼を回復するタイミングを待たなければ。


 店主は慣れた手つきで手早く麺を茹で上げ、湯をきった。スープの入った丼ぶりに麺を入れ、トッピングを添えたら完成である。店主は僕たちの前に出来上がった塩ラーメンを置いた。


「はい、おまち。」


 僕たちの目的を探るように、僕と江坂の顔を見比べている。僕はどうも、と言ってラーメンを受け取り、食べ始める。隣の江坂から、何をやっているんだ、という視線を感じたが無視する。


 店主もこちらの目的がわからず、戸惑っているはずだ。相手から話しかけてくれば、会話の糸口がつかめる。ここまでくれば我慢比べだ。


 果たして、先に沈黙を破ったのは、店主の方だった。


「あんたら、露店研究会とか言ってたよな?」

「あの、すみません、実は俺たちは奇譚研究会、という同好会の活動をしているんです。」

「キタン研究会?」

「はい、学校の周りの不思議な話や不可解な噂を調査する同好会です。」


 本当にそんな活動内容なのかは、僕にも定かではないのだが、そこは今は置いておこう。


「じゃあ、露店研究会ってのは?」

「すみません、警戒されたくなかったので。」


 店主は明らかに胡散臭いものを見る目で僕たちを見る。無理もない。奇譚研究会、などと言われれば誰でも怪しく思うだろう。


「だが、俺は本当に人が死ぬとか呪いだとか、そんな噂は聞いたことないんだ。そんなタチの悪い噂を広めるのはやめてくれ。」

「はい、すみません。それは何かの間違いだったみたいです。」

「間違い?」

「間違いなんかじゃ――」


 横からすごい剣幕で僕をにらみながら割り込んでこようとした江坂を慌てて押し留める。頼むからここでかき回さないでくれ。


「ええ、噂があったことは本当なんですが、どうやらこの屋台についてではなかったみたいです。失礼なことを言ってすみませんでした。」

「そういうことか、俺はてっきりガキの悪戯か、嫌がらせか何かかと思ったよ。」

「だれがガキ――」


 つっかかろうとする江坂の頭を押さえつける。


「本当にすみませんでした。」

「まあいいさ。失礼なことを言ったのは、そこの嬢ちゃんだしな。」


 江坂は店主のことをにらむ。


 小声で江坂に、お前も謝れよ、と言う。


「なんでわたしが謝らなきゃいけないのよ!」


 江坂がすごい勢いで僕に詰め寄る。


「まあまあ、お嬢ちゃんはべっぴんさんだし、うちの店の噂は勘違いってことだったらしいし、俺にとっては数少ないお客さんだから大目に見るよ。」


 すみません、と謝る僕に店主は苦笑いしながら答えた。

 というか、やはり客は少なかったのだな。


「ところで、うちの店の噂は勘違いだったってわかったんだろう? それならどうして、今日も来たんだ?」

「美味しかったんで、つい今日も食べに来たんですよ。」

「お、そりゃ嬉しいこと言ってくれるね。」


 本当は何かやましいところがあるのではないかと探りに来たのだが。


「ちょろいもんね――」


 江坂は呆れ顔で僕に耳打ちする。


「なんか言ったか、お嬢ちゃん。」

「いえ、何でもないです。」


 僕は笑って取り繕う。

 江坂は不満そうに、ぷいっ、と顔を背けた。


「ところで、さっきも言ったように、俺たちは奇譚、つまり奇妙な話や不思議な話を探しているんです。何か身の回りに変わったこととかありませんか?」


 うーん、と言って店主は考え込む。


「変わったことは、特にないなあ。」


 江坂がどう考えているかは知らないが、奇譚はそうたやすく転がっているものではないのだ。


「まあ、最近ついてない、と言えばついてないけどなあ。」

「何か不運なことがあったんですか?」

「いや、大したことじゃないよ。仕入れのミスとか、材料の値上がりとか――」


 そこで店主は少し言葉につまる。


「何となく縁起が悪いというかね――」


 歯切れが悪い言葉に、まだ他に何かあるのか、と聞こうとしたとき、江坂が横から口を挟む。


「崇鹿神社に祟られてでもいるんじゃない?」


 鹿ラーメンなんか出すからよ、と江坂は言う。だからあれは鹿肉じゃないんだって。そう言いながら店主を見ると、店主の顔が引き攣っている。

 ははは、と取り繕うように笑う表情には、どことなく恐怖が滲んでいる気がした。店主は信心深いたちなのだろうか? あまりそうは見えないが。それとも――


「このラーメン屋が呪いを振り撒いてるんじゃなくて、この屋台が呪われてるとか?」


 江坂が追いうちをかけるように言う。江坂はオカルトじみた話の発端を掘りあてたのが嬉しいのか、目をきらきらさせている。


「本当に縁起でもないこと言わないでくれよ。」


 店主はまた気を悪くしたのかそう言ったが、どことなくその口調は弱々しかった。

 そのあとは、屋台のなかは言葉少なだった。僕たちが食べ終わるころに、客が一人入ってきたこともあって、店主とそれ以上言葉を交わす機会はなかった。サラリーマン風の男性客で、何回か来ているようで親しげに店主と話していた。僕たちは頃合いを見て会計をし、屋台を出た。


「まいど」


 店を出るとき、店主は短くそれだけ言った。

 

 それから数日の間、僕と江坂は毎日放課後にその屋台を訪ねた。江坂と店主も次第に打ち解けて、店主の警戒も薄れていった。僕たちは客の少ないその屋台の貴重な常連客となりつつあったのだ。


 一方、死に至る屋台についての調査はほとんど行き詰っていた。


「死に至る屋台の情報は一向に集まらないわね。」


 屋台に通い始めてほぼ一週間が経過した金曜日の夜、帰り道にS坂を登りながら江坂は言った。


「店主に何かやましいところがあるのは間違いないと思うんだが。」

「そうね、わたしもどことなく、何かを隠しているというか、怯えてるような印象を受けた。」

「だが、これ以上のとっかかりもない。」

「やっぱりあそこは死に至る屋台の噂とは何の関係もなかったのかしら。」


 死に至る屋台との関連を探ろうにも、情報が少なすぎて、店主からどう聞き出せばいいのかもわからない。


「連休明けにはもっと遠くの屋台の調査に行くのはどう?」


 僕の前を歩く江坂が言う。僕としては、五月の連休が明けるころには江坂もそろそろ飽きてきて、調査も自然にたち消えになることをかすかに期待していたのだが、そう甘くはないらしい。だが、遠くの屋台までわざわざ放課後出かけていくのは避けたい。


「あの屋台に何かしらの謎があることには変わりない。せっかく店主と信頼関係が出来てきたんだ。もう少し調査を続けてみないか?」

「そうだ! 連休中も――」

「あいにく、連休中は家族で出かけるんだ。お前の調査に付き合うことはできない。」

「何よ、まだ何も言ってないのに。」


 江坂は少し振り返りながら、きっ、と僕のことをにらんだ。長い髪がさっと揺れて、蛍光灯がほのかにそれを浮かび上がらせる。蛍光灯の白い明かりだけがS坂を照らしていて、どこかしら非現実的な景色に見えた。江坂の髪が目の前でかすかに、それでもたしかな光沢を放っていた。


「嘘じゃない。山梨にある祖父母の家に行くことになってるんだ。」

「ふうん。」


 何となく幻想的な光景にどぎまぎして、言わなくてもいいことを言ってしまった。


「来年は奇譚研究会の活動のために、絶対開けておきなさいよ!」


 来年もこんな活動を続けているつもりなんだろうか? 


 そんなことが本当にありうるのか、そんなことができるのか、僕には想像することもできなかった。


 とりあえず、連休明けも数日間は同じ屋台の調査をする、ということに決まった。

 いつもの別れ道まで来ると、江坂ゆきのは急に立ち止まり、そして振り返って言った。


「そうだ、忘れるとこだった。お土産、絶対買ってくること。いいわね!」


 それはいつもの満面のドヤ顔で、ふてぶてしいほどに唯我独尊な、そんな表情だったのだが、僕はさっきの幻想的な雰囲気にあてられたのか、一瞬どきっとしてしまうようなそんな顔だった。


 僕はラーメン代で次第に寂しくなってきた財布を思い浮かべながら、出費の予定にいそいそと江坂へのお土産代を付け加えたのだった。


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