011. 宣戦布告?
昇降口を出て、S坂高校のトレードマークとも言えるS字型の長い下り坂を降りていくと、やがて崇鹿神社の前につく。正確に言えば、神社の裏門の入り口、奥の鳥居と呼ばれる黒塗りの大きな鳥居の前に出る。
崇鹿神社は、奈良時代創建と言われる大きな神社で、名所仏刹が多くはないこの町の貴重な観光資源だった。名前の通り鹿を神の使いとして祀っていて、数は少ないが境内で飼育もされている。そこそこ名の通った神社で、わざわざ遠方から来る参拝客もいるらしい。といっても、にぎわっているのは正門とそれに続く参道の周辺であり、学校から近い奥の鳥居の方まで来る人はほとんどいなかった。
もうすっかりあたりは暗くなっていて、白い街灯が長い下り坂を頼りなく照らしている。江坂はまだ先程の不機嫌を引きずっているのか、終始無言のままだった。僕も黙ったまま足早に歩く江坂の少し後ろをついていく。ときおり吹く四月の夜の風は、まだ冷たかった。
江坂が急に立ち止まった。屋台が見えてきたのだ。
花田みゆうが教えてくれた屋台は、奥の鳥居の駐車場にあった。赤い提灯型のライトが提げられていて、レトロな雰囲気をかもしだしている。
トラックを改造した簡素なキッチンカーで四人ほどが座れるようになっていて、それ以外に移動式のテーブルと椅子が一セット置いてある。らーめん、と書かれたのぼりが申し訳程度に一本立てられている。
「いかにも、って感じね。」
さすがに興奮が隠しきれないのか、ずっと黙っていた江坂が振り返って僕に言う。
「何がいかにも、って感じなんだ。」
僕の方を見た江坂は、わくわくを抑えきれない、といった様子で、さっきまでの不機嫌さは完全に消し飛んでいた。気分の変わりやすいやつでありがたい。
「怪しさの匂いがぷんぷんするわ。」
僕に匂ってくるのは旨そうな匂いだけだ。
「わたしが乗り込んで成敗してくれるわ。」
「待て、まだあそこが死に至る屋台だと決まったわけじゃないだろう。」
江坂は、それもそうね、と言う。だが、この小さな町にはそれほどたくさんの屋台が出ているわけでもない。S坂高校の生徒が掲示板に書きこんでいるのであれば、ここが噂になっていた屋台の可能性は高い。逆に言えば、そうじゃなかったときには、僕たちにはほとんど調査する手がかりは残されていない。
「わたしが問いつめて、それも明らかにしてみせるわ。」
こいつに任せておくと、また面倒なトラブルになりそうな予感しかしない。
「だが、死に至る屋台だったとしたら、近寄ってはいけないんじゃなかったか? 口にしたら、死ぬとか呪われるとか言ってただろ?」
「バカじゃないの? たかがラーメンを食べたくらいで死ぬとか呪われる、とかそんなことありえるわけないでしょ?」
いや、それはそうなのだが。そもそも、食べたら呪われるラーメン屋、などと自信満々に僕に吹聴したのはお前だっただろう。
「本当にそんな呪いみたいなことがあったとして、わたしがそれにやられるはずはないわ。」
その謎の自信はどこからやってくるのだか。少しは分けていただきたいものである。
「それに奇譚研究会が奇譚を怖がってどうするのよ。奇譚に立ち向かってこそ、奇譚研究会よ!」
満面のドヤ顔である。こうなったらもはや説得は不可能、諦めて流れに身を任せるしかない。
近づいてみると、屋台は閑散としていて、客は一人もいなかった。
「死に至る屋台は、行列ができてるんじゃなかったのか?」
「うるさい。細かいところを気にするやつね。いいから突撃あるのみよ。」
僕の最後の抵抗も虚しく、江坂はずんずんと屋台に歩を進める。
屋台のなかでは、恰幅のいい中年の男性が薄手の黒いシャツを着て、何やら作業をしていた。頭には白いタオルを巻いている。
「あの店主もいかにも怪しいわね。」
失礼なことを言うもんじゃない。まったく、何を根拠に言っているのか。
そうこうしているうちに、店に向かってまっすぐ歩いてくる僕たちに店主が気がつく。
「いらっしゃい!」
どうも、と僕は頭を下げる。
その瞬間、江坂は高らかに宣言する。犯人を名指しする探偵のように、ぴっと伸ばした人差し指を店主に向け、それはもう渾身のドヤ顔で。
「ここが死に至る屋台ね! わが奇譚研究会が倒しに来たわ!」
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