死に至る屋台

008. 死に至る屋台

 江坂ゆきのが僕にした「死に至る屋台」の話を要約するとこうだ。


 学校の近くにどこからともなく現れる屋台がある。その屋台は人気店だが、妙な噂が立っている。そこで食事をした人間には不幸が訪れるというものだ。どうやら亡くなった人もいるらしい。


「そんなふうにまとめられると身も蓋もないわね。」

「怪談なんてそんなものだろう。」

「怪談じゃない、奇譚よ。」


 はいはい、どちらもさして変わらないだろう。

 江坂は僕のことを軽くにらむ。


「それで、どこからそんな話もってきたんだ?」

「昨日の放課後、さっそく掲示板で募ったのよ。怪奇現象、オカルト話みたいなとびきり奇妙な話がここらへんにないかって。そしたら何人かがこの死に至る屋台の情報をくれたの。断片的な情報をまとめた結果がこの話ってわけ。」


「それはわかった。でも、死に至る屋台を倒すというのはどういう意味だ?」

「バカじゃないの? そのままの意味よ。わたしたちが死に至る屋台の悪事をあばいて、倒すのよ。」

「別に倒す必要はないんじゃないのか? 調べて情報をまとめるだけでも、奇譚研究会の活動としては十分だと思うけど。」

「それじゃ授業の調べ学習みたいでつまんない。」


 なるべく楽な方向に持っていこうとする僕のささやかな努力は、江坂の独裁的な一言によって一瞬で無に帰した。僕は無益な争いには関わりたくないのだが。


「それで、これからどうするんだ?」

「決まってるでしょ。調べに行くのよ。」


 どうやら、この町のどこかにあるかもしれないその屋台を探しに出かけよう、ということらしい。


「だが、それほど大きくはないとはいえ、町中を当てずっぽうに探し回るのは無理だと思うぞ。」

「このちっぽけな町に屋台なんてそう何軒もないはずよ。」


 それはたしかにその通りである。屋台が出そうなところはある程度絞り込めるだろう。


「それに、この学校の生徒に噂が広まっているということは、この学校の生徒の行動範囲内ってことでしょう? それなら、そんなに広くはないはずよ。」


 江坂は得意満面である。さぞかし気合いが入っているのだろう。たしかに、いつも行き当たりばったりの江坂にしては準備がいい。しかし――


「電車通学やバス通学の生徒もいるだろう? 彼らが帰宅途中や家の近くで行った屋台だった場合にはどうする?」

「あ――」


 江坂が虚をつかれたような声をあげる。案の定、その可能性は考慮していなかったらしい。S坂高校は、このあたりでは指折りの進学校ということになっていて、数は多くはないが、バスや電車で通学してくる生徒もいた。


「第一、本当に死に至る屋台などというものが存在するのか? 掲示板に書き込んでいた生徒のでっち上げである可能性はないのか?」

「うるさい、うるさい!」


 江坂がいらだたしげに言って、うつむく。セーターの裾をつかんだ両手がぎゅっと握られている。今度は僕がうろたえる番だった。この間と同じような羽目になるのはごめんだった。


「すまん、色々言い過ぎた。とにかく、手近なところから調べてみよう。遠距離にある可能性を考慮するのはそれからだ。」


 江坂がぱっ、と顔を輝かせてこちらを見る。単純なやつで助かった。 


「ふん、最初からつべこべ言わず、そう言えばいいのよ。」

「それはそうと、どこから探すか何か当てでもあるのか?」

「ないわ。」


 全く、どこまでも無計画なやつだ。だが、何でそんなに自信満々なんだ?


「だいたい、オカルトとか怪奇現象って、向こうの方からやってくるものでしょう? こっちから出向いてかなくても、探してるうちに自然と見つかるわ。」


 大体の人間は、普通に生きていてもオカルトや怪奇現象に行き当たることはないだろう。


「うるさいわね。それはそいつらの努力が足りないだけ。真剣に探してないからよ。こちらが真剣に探していれば、不思議な出来事は向こうの方からやってくるんだから。」


 自分から探すのか、探さないのかどっちなんだ、という気もしたが突っ込んでも仕方ないだろう。


「とりあえず、今から死に至る屋台の探索を開始するわ!」

「今から?」

「そう、今から。文句ある?」


 こうやって渾身のドヤ顔で高らかに宣言した江坂ゆきのを止める手段なんて、世界のどこにもありはしないのだ。逆らうだけ無駄である。それは、僕がこの数週間で学んだことのひとつだ。心理学で言うところの学習性無気力、とでも言えばいいだろうか。


「だが、部活として校外で活動するなら、顧問の許可がいるんじゃないか?」

「そうなの?」


 僕もこの学校の規則がどうなっているか正確に把握しているわけではないが、おそらくは顧問の許可や外出許可届のような書類が必要なはずである。


「無視して出かけちゃえばいいんじゃないかしら? どうせわかりっこないし。」

「そういうわけにもいかないだろう。」


 後々何かのきっかけで問題になるのは面倒だ。


「煩わしいわね。」

「そうだな、じゃあ今日は――」

「行ってきて。」

「なんで俺が――」

「行ってきなさい。」

「でも顧問の花田先生には会ったことないんだ。」

「よかった、自己紹介の良い機会ね。」

「そういうことは言い出したお前が――」


 江坂はきっ、と僕のことをにらむ。お前、と言われたことが気にくわなかったのか、あるいは僕に口答えされたのが嫌だったのか。おそらく両方だろう。


「わたし、あの先生苦手なのよ。」


 唐突に江坂は真面目な口調になってそう言った。神仏さえも恐れなそうなコイツにも苦手なものがあったのか。しかもその相手はこの部活の顧問。


「だからあまり話す気になれないの。悪いとは思うけど、行ってきてくれないかしら。」


 そう言った江坂は、どうやら本気で花田先生と話すのを嫌がっているようだった。むしろ花田とはどんな教師なのか気になってきた。


「わかったよ。」


 急に力なく頼んできた江坂に同情したわけでもないが、つい折れて引き受けてしまった。まったく、お人好しにも面倒をしょいこんだものである。僕はそんな柄にもない自分に思わず苦笑を浮かべながら部室を出て、職員室までの無駄に長い道程をゆっくりと歩いた。

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