006. 奇譚とゴシップは、たぶんちがう

 次の日から、放課後の生物準備室で、持ち寄った奇譚の検討会が行われることとなった。記念すべき奇譚研究会の活動第一弾、というわけである。


 といっても、奇譚を持ってくるのはもっぱら江坂ゆきのであり、僕はただそれを聞いてケチをつけるだけだった。江坂が持ってくるのは、奇譚というより、誰かに聞いたゴシップのようなものばっかりだったからだ。


 いわく、数学科のO先生と英語科のS先生が一緒の車で下校するのを見た生徒がいる、とか、玄関近くの初代理事長像の前で告白した男子生徒は結局振られた、云々。


「もう、いつも文句ばっかりつけて、イライラする。」

「でも、そんなしょーもない噂話みたいなのじゃ、奇譚とは言えないだろう。」

「それならあなたも一つくらい話を持ってきなさいよ。」

「見つかったらな。そもそも、そう簡単に怪奇現象やら心霊現象みたいなことが転がってるわけないだろ。だいたい、そんなゴシップを一体どこから拾ってきたんだ?」

「たまたま通りすがりに誰かが話してるのを聞いたのよ。」


 ただの立ち聞きじゃないか。江坂自身も、自分の話が奇譚と呼べるものではないことは重々承知らしく、それ以上何も言ってこなかった。


 しかし、次第に江坂の苛立ちが募っていることも確かだった。それらしい話を見つけるべく、図書館で郷土史の本を借りて読んだが、何の収穫もなかったという。生物準備室に現れても、教室にいるときのようにひたすら黙って本を読んでいることもあった。

 そういうときは、僕も本を読んで下校時刻まで過ごした。そうやって穏やかな放課後を過ごせるのは、むしろ僕には歓迎すべきことなのだ。それでも、江坂の苛立ちが気にならないわけではなかった。


 一週間ほどが経った日、ついに江坂ゆきのは、本を置いて急に立ち上がると、吐き捨てるように言った。


「もう、つまんない。」


 そのまま彼女はリュックを抱えて、教室から出て行った。

 その日、僕は自分で職員室に鍵を返し、早めに家に帰った。暗くなりきる前に帰宅するのは、久しぶりで、落ちかけた夕陽がやけに目に突き刺さった。


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