005. S坂高校奇譚研究会の活動方針
「遅い!」
生物準備室のドアを開けた瞬間、目の前に立った江坂ゆきのが怒鳴る。
彼女は座って本を読んでいたのだろう、机の上にしおりが挟んで置いてある。
僕は、立ち塞がる江坂の横を恐る恐るすり抜けて、前日と同じ場所、彼女の斜め前に座った。
江坂はその様子を見て満足げにうなずき、自分ももとの席にどすん、と座った。
「ねえ、奇譚ってどんな話だと思う? 人がぐさぐさ殺されたりする話? それとも凶暴化した動物に襲われたりする話?」
恐ろしいことを言うやつだ。
「なぜ俺に聞く?」
「昨日一日考えてたんだけど、奇譚研究会ってことは、とにかく奇譚を集めて、それを解明すればいいんだと思う?」
「だからなぜ俺に聞く?」
「でも、奇譚の定義がいまいち曖昧で困るのよ。わたし、オカルトとかホラーとかミステリとか大好きなんだけど、そういうのも全部まとめて奇譚のうちに入ると思う?」
コイツは、ここが何をする部活かも知らず、ただ普通の部活とは違いそうだから、という理由だけで入会を決めたのだ。
まったく、と思ったが、自分も人のことは言えないとすぐに気がつく。
とりあえず僕は、手元にあった電子辞書で、奇譚、という語をひいてみる。
きたん【奇譚】 珍しい話。不思議な物語。
「これを見る限り、とにかく珍妙な話であれば、何でも奇譚ってことになるんじゃないのか。」
一体この部活を作ったやつは、なぜこんな曖昧で活動内容のわかりづらい名前にしたんだ? せめて、オカルト研究会とか、ミステリ愛好会とか、もう少しわかりやすい名前があっただろうに。
「だから当面の活動は、奇譚を探すことになると思うの。」
どうやら江坂ゆきのは、身の回りにある怪奇現象やら心霊現象やらを探そうとしているらしい。
「別に探さなくてもいいんじゃないか? 本や映画のオカルトやホラーを鑑賞することだって立派な奇譚研究だと思うけど」
「うるさい。それじゃ、面白くないし、活動内容も文芸部と被るじゃない。」
文芸部はそんなことをする部活だったのか。
そんなわけで、なるべく楽な活動に誘導しようという僕の計略は、一瞬で粉砕された。
「そんな手近に奇譚がころがっているようには思えないけど。」
「そう思ってるから見つからないだけでしょ。少しは努力を見せなさい。」
なんで、そんなことのために俺が努力しなけりゃいけないのか。
「それじゃ、当面の活動は、このS坂高校の周りで奇譚を見つけることね。」
「何か当てでもあるのか?」
「ない。」
そんな自信満々のドヤ顔で力強く言い切らないでくれ。
「大丈夫、きっとすぐに見つかるから。」
「一体どこからその自信が来るんだ。」
「うるさい。今日はとりあえず各自活動とするから、明日から、奇譚を持ち寄ること。以上!」
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