004. 始動
翌日、教室での江坂ゆきのの様子を何度かちらちらと確認していたが、相変わらず無口な能面少女のままだった。特に誰かと会話することもなく、自分の席で本を読んでいる。E組の深窓の令嬢と呼ばれる江坂ゆきの、そして、前日の部活のときの野性的な江坂ゆきの。そのあまりのギャップに、一体どちらが本当の姿なのだろう、と考えてしまう。
そんな僕の様子を見てか、放課後ににやにやしながら吉徳が話しかけてきた。例によって、勝手に僕の前の席に座っている。
「もしかして、ケイはあの江坂さんが気になってるの? 今日何回もチラ見してたよね?」
「いや、そういうんじゃなくてさ。」
僕は仕方なく、前日の顛末を吉徳に説明する。
「おお、ついにあのケイが部活に入部か。いやあ、嬉しくて涙が出そうだよ。」
絶対バカにしてるだろ。
「言っておくが、お前にいろいろ言われたから部活に入ることにしたわけじゃない。ただ、何となく江坂の圧力に負けて入ってしまっただけで、面倒になったらいつでもやめるつもりだ。」
「はいはい、よーく、わかってますよ。」
何だそのニヤニヤ顔は。むかつくことこの上ない。
「ところで江坂さん、そんなキャラだったなんて、想像つかないな。」
「俺も昨日の放課後は驚いた。」
「そのギャップにやられちゃったって訳だね。」
「殴るぞ。」
吉徳はこわいこわい、と肩をすくめる。
「だから、今日はどちらが本当の江坂なのかと思って観察してたんだよ。」
「それで、わかったのかい?」
「いや、わからなかった。ただ、もし教室では物静かなキャラを演じているのだとしたら、それはそれで辛いことだろうな、と思う。」
なるほど、それはたしかにね、と吉徳は思案顔でうなずく。
「案外、どちらが本当とか、ないのかもしれないよ。」
「どういうこと?」
「そのままの意味だよ。こちらが本当でこちらが嘘とか、そう簡単に割り切れないものなんじゃないかと思ってね。」
「そんなものなのか。」
吉徳は、さあね、俺にもわからんよ、と言って立ち上がった。
「じゃ、俺は野球部行くから。ケイも部活楽しんで。」
吉徳は、片手を上げ、颯爽と教室から去って行った。
教室には、先程から何やら話し込んでいる女子が数人と僕だけになっていた。
窓からは、大きな桜の木が見える。もうすっかり葉桜だった。薄桃の最後の花びらは、風が吹くたびに、枝から離れて流れてくる。
僕は、座ったまま考える。
ここで、このS坂高校で僕は一体何がしたいのか? わからない。
別に無理に部活に行くこともない。ここに座って、のんびりと放課後を過ごすこともできる。もちろん、すぐに家に帰ることだってできる。
でも、昨日の江坂の言葉がまだどこか気になっていた。江坂は、面白いことをここで探せばいい、と言った。江坂もまた、自分が何をしたいのか、自分がどんな人間なのかわからず、迷っているのだろうか。
僕は一度立ち上がって大きく伸びをする。花びらを運ぶ風が、窓際をさっとかすめていった。
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