〇四 獣人とドワー娘はロリ枠

 布団のなかで蕩けていた意識が、ぼんやりと像を結んでいくひととき。まどろみというのかな。ボクはふたたび夢に落ちていくという誘惑にかろうじて抗い、耳障りなアラームを撒き散らすスマートフォンの所在をゆっくりと手で探る。寝起きだからか動作は緩慢で身体がうまく動かない。


 やがて不確かな覚醒とともに胸部に違和感を覚えて、掛け布団の中をそっと覗くとほのかに幸せな香りが鼻腔に優しく触れた。布団のなかには淡い桜色のつなぎを着て猫耳としっぽが生えた女の子が眠っていた。ユウだった。

 猫耳の存在からか、それだけであるのに普段よりも幼く――みえる気がする。


 いつの間にか、見た目が幼女っぽいのと同衾どうきんしてしまったわけだ。客観的に観測されたら事案になりかねない。それは甘やかな目覚めではあったけれど驚きで目が一瞬で冴えもした。


 触れている華奢な身体から伝わる微熱と柔らかさ。サラサラの光を吸い込んでやや茶色に見える髪に誘われるようにそっとなでる。


 やがてその二重ふたえのまぶたがゆっくりと開き、ボクをその茶色い虹彩に映した。


「やん、どこさわってるの! 変態さんが触ってくるよぅ」


語弊ごへい! 耳を触診するつもりが、なんか無意識にあたま撫でちゃっただけですけれども」


「なんか偉そうだよ? 寝ている間にに触れたよね? 変態さんだよ?」


「問題のすり替えだ。そもそもどうしてここで寝ているのかな?」


「ん、おはよー。それはおふとんだからでーす」


「はい、おはよう。話し合いが必要だね。あと猫耳ついてるのに普通にしゃべられるのは心が踊らなさすぎるので、改善を要求します。あとおにいちゃんと呼んでください(哀願)」

 

「えー、おにいちゃんったら。語尾でキャラ付けするとか安易で好きじゃないにゃん」


 とかいいながら猫にゃんポーズまでつけてくるとは、こいつ天才か!


「ノリがいいな。順能力たけぇ」


「さぁ、おにいちゃん、お約束の朝モフをしようにゃん」


 言わせといてなんだが、これはなんか脳汁でまくるな。はー、やべぇへんな扉が開いちゃう。朝モフってなんじゃ。ひとまず別のことを考えて冷静になろう。


 デミヒューマン。亜人。姿形は人間に似てはいるものの完全なる一致はなく、どこかにその種族を特徴づける箇所がみられる。ドワーフやエルフは、ときに妖精や精霊のたぐいに分類されることもあって人間とは異なる価値観やコミュニティをもつ生物たちだ。もちろん、獣人や魔族なども頻出の部類の亜人だろう。


 人間を世界の中心と考えるから“亜”なんてつけてるんだろうなと、ある種の傲慢さにも考えが及ぶ。


 ともあれ、世の中にあふれる異世界系のファンタジー小説などでは見かけない日はない。むしろ主人公のすぐ側にいないと、登場を待ちわびるボクがいつでも正座待機している。


 なかでも、ボクがひときわ好きなのは獣人。

 猫耳だったりたれ犬耳だったりが、ぴくぴく動いてるだけで、多幸感が押しよせてくる気さえする。しっぽをモフらせてもらって癒やし効果を甘受したいし、叶うならばお腹をさわさわして顔をうずめて心ゆくまで吸いたい。


 全身からなんか快楽物質が漏れてるとおもう。獣人にセラピーされたい。ツンデレなら嫁にするまである。


 ダメだこのテーマだと冷静ではいられないわ。


「おにいちゃん、なんか変なこと考えているにゃん」


「ごふっ(吐血)かっことけつかっことじる


「ごふっとか、とけつとか、パンツたべるとか、言葉にすると途端にヤバい人にゃん」


「しかたないんや」


 あとそれはたべません。言ってもいません。あとで返却するから……ちょっともったいない?


「イイデスカ。ケモ耳としっぽがすでに最高なのですよ。お兄ちゃんというある意味、幻想的で至高な呼称がコラボしたら、人としてもう駄目になっちゃうまであるのだよ。なんでわからないのですか」


「意味不明アルヨ」


 とかいいながら、両手をあげて首をふるふるしていらっしゃる。まぜるな中国人。


「ところでだけれど、いまので少しケモ耳がずれてしまったので直してください。はやく、く、いますぐに! 現実に引き戻されちゃうから。それがずれるなんてとんでもない」


 ほら魔法だよといって、両面テープを渡したいぐらいとんでもない。


「これはつけ耳にゃん。普通に人と同じ耳があるから。しっぽは本物だけれど。実はケモ耳の生えた獣人なんていないから、異世界人を釣る……判別するためにみんなでつけ耳を頭に載せて、獣人ムーブしているだけだから」


 ユウ独自の解釈だよね?


「な、なんだと(血涙)――あれ、釣るっていった? むしろケモ耳じゃない方を剃り落とせ! ゴッホさんみたいに、自主的な芳一さんみたいに!」


 そんな残念な世界は滅べばいいのだ。そう、それはいいアイディアだな!


「ちょっと~錯乱だめ、ぜったい! ちなみにキミは異世界人まるだしだから」


 いやあ、恥ずかしながらちょ~~っとだけ熱くなっちゃったね。失敬失敬。ところで室内は暖房が効いていて暖かい。いや、熱い! 汗出てるじゃん、ボク。なんだよ設定温度二八℃って。


 昨日の寒さから一転して今日の暑さよ。ボクが金属だったら疲労でお亡くなるぞ。


「ユウ君、どうしてこんな温度になっているのかね?」


「あ、気づいたにゃん。それではちょっと着替えるから待つにゃん」


 というやいなや、おもむろに、猫耳としっぽをとってほうりなげる。それからつなぎの上半身をはだけて、腕の部分をベルト代わりに腰に巻いてくくった。


 くびれたウエストからダボッとした下半身へのラインが魅力的だ。もちろん上半身はビキニだった。大変だ。変態だ。うん、知ってた。


 しかもまたデザインの違うビキニだ。黒のタンキニ。フリルがなにとはいわないけれど足りない部分を上手にサポートしてるね。うんうん。


「みみとしっぽを捨てるなんてとんでもない」


 む、むしろ、それが本体なんだからねっ!


「それはワシにいっておるのか? 先程までそこにおった獣人風情と一緒にしないでほしいのじゃが」


 はて「ワシ? のじゃ?」と聞こえたのだが、いかがしたものか。


「よく見るのじゃ。これはなんだとおもうのじゃ?」


 と指さされた先には、アイロン台の上にピコピコハンマーとハリセンが置いてあった。


「えっと、さっぱりわからないかな。『のじゃロリ』関連グッズかな?」


「アホー。もっとイメージして。想像力をもりもりにして。心の目をひらけごま的なアレして! あっつい部屋にも気を使って!」


 スパーンとハリセンでどつかれた。いきなりキャラクターが崩壊してるのじゃ。ああ、この語尾はくせになるなー。


「ワシをよく見るのじゃ」っていいながらアイロン台の上でハリセンをピッコピッコ叩き始めた。頭のおかしいバナナの叩き売りのマネをする幼女にしか見えないんだが、もしかしてアレなんだろうか?

 女子ドワーフが鉄床かなとこの上で、槌を使って武器を鍛えているパフォーマンスだろうね。


 ユウはなんでだか小道具すきだよな。それでもって自分のロリ体型を最大限に活かす方向な。


「ドワーフの鍛冶屋さん……のコスプレをする変態幼女」スパーン。


「後ろの部分が余計なのじゃ。いえすドワー、のーたっち、じゃ!」


 そうゆうことになった。


「ということで、ワシのことはドワーにゃんと呼ぶがよいのじゃ」


「まぎらわしーわ。まぜるな獣人(猫耳)」


「ぢゃ、ユウツーとかでいいよ」


ざつか! もう少し語尾がんばって。あとポケットなヤツとかエルピーなひとにも謝って!」


「それはそーと、なんでドワーフがハリセンを打ってるんだよ」


「そんなの武器だと危ないからじゃろ」


 ……えっと、そうだね。刃物だものね。


「もし刃物だったら、キミにツッコまれたら死ぬじゃろうが」


「刃物ではつっこまねーよ」


「じゃあ、ナニならツッコむっていうのじゃ! 変態なのじゃ」


 ちょーっとお嬢さんなにをいっちゃってるの。


「ということで、苦心の末にニ五分で拵えたのじゃ、えっへん」


「ありがたみがねーなー」


 ユウがハリセンは、しっかりしたボール紙をジャバラ状に折り曲げて片側の根本をテープでがっちり固定。その上でグリップとして布を巻いて、鍔を取り付けてあり、三〇度ぐらいの扇状になるように整形してあるようだ。


 そこに手描きかと思われる蛍光グリーンと黒、金を用いた幾何学模様があしらわれ無駄にかっこいい。


 ここまでの完成度をなぜ求めたし。はなはだ疑問ではあるな。しかも無駄に設定を語りだした。


「なんとハリセン系の武器はすごいんだよ。ハリセンは叩くと必ずクリティカルヒットふうの音と雰囲気になるんだよ。しかもクリティカルがでたら攻撃力を攻撃力倍するという破格の性能だから。すごいっしょ?」


「ほほう、風で雰囲気な。それでこのハリセンの攻撃力はいくつなんだ?」


「えっと、取り急ぎ一にします。でも倍になるから!」


「アホー。一に一を掛けても一にしかならんわ」


 スパーン。あ、気持ちいい。これはいいものだな。


「没収」


「ああっん。わしの聖剣が奪われたのじゃ~……のじゃ~」


 なんで、こっちをちらちら見ながら二回いったのか。返さないからね。放課後に職員室にでも取りにいけば。ん、聖剣?


 そうこうしているうちに「えぃ、やぁ」ってピッコピッコ反撃された。かわいいやんけ。ごほうびかな?


「そうじゃ、紹介が遅れたがエルフちゃんもいるのじゃった。ちょっとシャイで姿はみえないけどのう」


「いや、そこは見せろよ。なんでエアーエルフにしちゃうんだよ。攻撃ヘリみたいになるだろ」


 ユウはなにやら、隣にいる感をだして肩を組んでいるような動作をする。ああ、見える、見えるぞー。幻視した。パントマイム上手いな。


「えっ、なんじゃなんじゃ。ふむ、そうなんだのうー」


 なんか話し始めちゃった。電波かな? 受信中かな? いきなり始まった一人芝居にツッコむことすら忘れて見入ってしまった。

 まったく変なところに無駄な技術力が垣間見えるんだけど。


 ボクが日本人だからというのもあるけれど、特徴としてはトールキンの流れをくんだ、出渕裕さんデザインのエルフが脳裏をよぎる。でもユウと肩を組めるようなチビではないと思うんだ。

 間違ってないのは平たい胸族の系譜って……げふんげふん。まさか子供エルフ。


「美乳だよ?」


「いやいや、なにも申し上げておりませんからね」


「なにをいっておる。目が雄弁に語っておるのじゃ」


「そうだよ?」


「ほれみたことか、エアちゃんはむちゃくちゃお怒りじゃぞ」


「……い、言い掛かりですよ?」


 完全に空気な名前じゃんか! お怒りな姿がボクには見えないけれどね。むしろそのネーミングをとがめろよ。


 ところでどこから声をだしてるんだろうか、エルフさん。ドワー娘ユウの口元は動いてはいないにも関わらず、やや籠もったようないつもと違う声音が届いてくる。えっと、腹話術かな。


 こんな技術まで使いこなすか、すげーなボクの幼馴染。スペックの高さと器用貧乏さにちょっと引くわ。


「それにしてもあれだな。精神的にも物理的にも、胸が踊らないよな」


「よし、そこになおれ」


「あら嫌だ 思いが漏れた 気づかれた 幼馴染に 目立つ場所なし」


 すぱぱぱ~ん。介錯された。


 伝達。ボクは君が好きだけれど、いわゆる紳士じゃないんだよ? 知ってた?

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