〇三 ステータスは大切

「雪の日はビキニで過ごすのには向いてないと思うんだよ」


「そうだろうね、ボクは知ってたよ」真顔。


「じゃあ、なんでビキニなんか着せるのかな?」


「まて、自主的に着てきたよね? 昨日も今日も」


「やだなぁ。ビキニでも着たらどう? っていったもん」


「……覚えがないのだが」


「えー、水着買いに行ったときにいわれたもん」


「去年の夏の話だよね、それ」



 それから。


「かりるねー」とユウは、ボクの衣装ケースをごそごそしながら、Tシャツとパーカーを迷うことなく選んで着始めた。ビキニの上から身につけていくさまはなんだか見ていてドキドキが半端ない。


 小柄なのでボクの服を着るとダボダボでワンピースのようでもある。裾から見える生足がフェミニンさを強調している。自分の服なのに可愛く見えるのは、ボクの好意のせいなのかなんなのか。


 細い肩が落ちていてラフな感じがよりあざと可愛いさを盛っている。ちょ、ちょっとブラ紐見えてますよ、ビキニのものだとはわかっているが背徳感マシマシだよ。


 袖が長くて手がでていないのを「うんしょっ、うんしょっ」っていいながら指先が見えるくらいまで捲くっている様子もいとをかしい。


 まったくけしからんな。なんだこの生き物は! ジャンガリアンがあるんだよな。ズボンは履かないのかな、別にいいけど。



 そうして。ユウはだぼっと可愛くしてから、メガネをかけ「ねぇ、ねぇ。キミの名前は輪転機りんてんきでいいかな?」などとおっしゃった。


 をいをい、やぶから棒にまた奇天烈キテレツなことをいいはじめぞ。黙っていれば美少女といわれても異存はない。その艷やかな唇がゆっくりと動けば甘えた猫の鳴き声のような耳に心地よい音がこぼれる。笑みを湛えるアヒル口に目が惹きつけられる。


 けれども語られる言葉は独特の感性で残念無念、頭を抱えたくなる。でもそれがちょっとクセになってるボクがいる。病気かな?


「ふむ、理由を聞こうか」


輪廻転生りんねてんせいっていうぐらいだから、証をどこかに残したいじゃない?」


「じゃない? じゃねぇYO! そんな証は必要か? 同じ字を使っているだけだよね。しかも生きたじゃなくて転生しただよね、残す理由。あとそれは無機物の名称ですからね」


「なんか輪転機ってさぁ、輪廻転生するための機械みたいだよね?」


「人の話をきいてねぇ~。そういわれると確かにそんな気がしちゃうけれども――印刷関係の人に怒られるぞ」


「そうだ! 輪転機に巻き込まれて転生したら物語として完璧だよね!」


「アホだ、アホがおる。そうゆうのを出オチっていうんだよ!」


 全身に文字が印刷されてしまうわ。下手したら全身に萌え絵がプリントされた芳一さんの出来上がりだぞ。



「さて、そんなことはひとまず置いておいて、異世界のお約束。ステータスを振るよ~」


「ボクの名前はそんなこととして置かれちゃうんだね(苦笑)」


「まずは『』とかで作って、あとで名前変える方法が開発されるかもしれないじゃん」


 それは超有名3Dダンジョンゲームで約四〇年ぐらい前に実現されてるな。


 でも、なんだかんだでステ振りとかいわれるとワクワクしちゃうところあるよね。チートなスキルを選んでさ。多かれ少なかれはあれど中二病みたいにに思いを馳せちゃったりするよね。


 ひとつ理解わかっていることは、中二病は他人に罹患りかん状態をみられると心が死ぬからね、注意だよ。



 ユウは、小指を立ててメガネフレームの中央のブリッジを押して、すちゃっとメガネを掛けなおす。


 それから、どこか芝居がかった挙動で、椅子を机の反対、ボクの対面に移動してから腰掛けた。そして、どこからか取りだしたスケッチブックに左手でせっせとペンを走らせながら宣言したのだ。


「さくさく決めるね~。とりあえずレベルは十六でしょ」


「ほほう、それはどういった経緯でそうなったのだろうか」


「年齢と一緒だし、わかりやすいよ」


「なんか誤解がある気がするけれども、参考までにレベル上限とか上昇の条件を教えて貰えるかな?」


「えーっと、一昨年おととし亡くなったおじいちゃんがレベル九九だから、そのへんかな。一年に一レベルアップだしね。それ以上は限界突破しないと難しいと思いまーす」


 なんですと。うん、新解釈いただきました。それですと、きっと老人が機敏でマッチョで恐るべき強さを誇る世界だろうね。長寿の代名詞ともいえるドラゴンやエルフはさらに可怪おかしいことになるよね。


「ではでは、ステータスはこのダイスたちを使って決めていくよ~」


 と言いながら、赤や黄色といった彩りも鮮やかな複数の多面体のダイスを机上の丼に転がし入れる。硬質なプラスチックが陶器の丼を跳ね叩き澄んだ高音を奏でる。自由だな。


「おっ、乱数要素が入るのはTRPGテーブルトークのそれっぽくてよいね」


「――丁か半か?」


「台無しだよ。渡世人かよ!」


 乱数はすごくありだと思うけれども、ユウという不確定要素に不安材料しか見出みいだせないのだよなぁ。これも予定調和っていうのかな。


「それじゃ、わたしが渡した順番にサイコロを振っていって~」


「おけ。ではこの二〇面の赤から振っていくのな――二だな」


「そだ、赤で想像するものはなにかな?」


 両手の指先を合わせるようにして、口元に寄せながら不意に聞いてきた。


「えーっと中世ベースのファンタジー世界だよな、レッドドラゴンとか?」


「わかった。レッドドラゴン二匹分っと」


「ちょっと待とうか。なにそのりんごニ五個分の身長みたいなのは」


「いいからいいから。次行ってみよ~。あとその身長はたぶん気持ち悪いし、まったく想像できないから」


「あれ、特大ブーメランになってない?」


「いいからいいから」


 解せぬ。不安が三〇パーセント上昇。


「この青いやつは六面なんだな――っと四がでた。で続いて黄色の二〇面が二だな」


「なんかパラメータが不足気味だよ。ハズレ転生になるかもよ」


「をーい。なんていった?」


「がんばれがんばれ」


「面倒だな、一気に振るよ。紫は四、緑は一九それから黒がえーっと九八」


「ふふっ、黒は運だよ! 昔から運がよきなのでそれにしたんだけど、やっぱり気持ちが悪いぐらい幸運でしたー」


「黒は百面なのな、〇から九九までか。しかしだいぶ球にちかづくのな。これだけ〇が含まれていたのは気になるが」


「ちなみに、赤は力、青は知力、黄色は体力、紫は器用で緑が敏捷だったのでーす」


「ほうほう、どうして知力用の青いサイコロだけ六面なんだよ! 最初から頭が悪い設定みたいじゃないか」


「なりたい職業となれる職業は違うんだよ」


 さも常識のように真顔で返されてしまうと、どう返答すれば良いのかわからなくなってしまうから。というかまた論点差し替えてきたな。得意技かよ!


 ちなみにほかの色のイメージは、青はスライム、黄色はカレー、紫は僧侶、緑は転移先の魔の森だけど、状況が悪化しそうなので言わないでおこう、そうしよう。


「脳筋前提断固反対! インテリ系のパラメータになってもいいじゃないか」


「サイコロ変更しての振り直しのコストはお高いよ~数学の宿題をやってもらうよ~」


「猫に小判、脳筋に数学。ブルーカラーに頼らないで自分でやってください」


「けち~。お願い。ねっ?」


 ボクの少しカサついた手を、柔らかな両手で包むように握って潤んだ瞳で見上げるようにしてもダメだからな。なっ! だ、だめなんだからね。ぐぬぬ。



 そんでもって。


「電気、ユウキ、輪転機~♪」


 ごきげんですね。ラップ調な下手くそなライムでリズムを作っている。おーけぃ、そこからはなれようか。


「あ、そうそう! マークも付けておく必要があるよね」

 またなにか思いついたな。今度は「搾乳、美乳、脱脂粉乳♪」などと怪しいリリックに変な抑揚をつけながら鼻歌まじりでスケッチブックにペンを走らせる。


 どんなマークなんだ。NEWだよね?


「ステータスって作るの大変なんだなぁ」


 ボクは、色色な小説を読んでいてもステータス部分は読み飛ばしちゃっていたのをほんの少し反省しているよ。ステータスには並々ならぬ努力が詰まっているんだね。きっと。


 まぁ疲れている原因は「そんなことないよ~、あるがままに受け入れればいいんだよぅ」こんなことを言っている、この人です。


「ところで、先程から隠しながら書いてるであろうボクのステータスを見せていただこうか」


「えーみたいの? どうしようかなぁ。そだ! 口頭でコマンド入力をどーぞ」


 えっ、そんなプレイにいきますか。ということはあれだよな。なんか思ったより羞恥心へのダメージがありそうなんだが、しかたないか。


「す、ステータスオープン?」


 うっわ、なにこれなにこれ。めっちゃ恥ずかしいわ。顔あっつい。


「すん。コマンドが違います。もっと魔女っ娘っぽく!」


 うっわ、なんか悪い笑顔してるなぁ。ちくせう。


「ぱられるぱられる、いやこれは変身か。じゃ、ぱいぱいぽんぽいぷわ……は、ちと古いか」


「あっはっは。アホだーアホがいる~。呪文長いヤツで! あともっと笑顔で!」


「すーぱーかりふらじりすてぃっくえくすぴありどーしゃす♪」会心のドヤにこ!


「……なにそれ」


 によによすんな! くっ、ボク、遊ばれちゃったぜ。羞恥心が限界を軽く突破するんだが。


「先生、ステータスがみたいです(土下座)」


「いいよー」


 いいのかよ!



【本日のステータス】

名前:ユウキ 輪転機(乳)

職業:サーバント×→肉壁×→無職(乳)

レベル:16/99

HP/MP:2/4

力:レッドドラゴン二匹分。

知力:よん(笑)

体力:不足

器用:ぶきよん(笑)

敏捷:はやくてちょっと気持ち悪い

運:すっごいよき


 ボクのステータスは死んでいた。パラメータが軒並み腐っている。転生前かな? どうしてだけがひらがなで(笑)が付いてるんだよ。アホっぽいだろうが!

 なんというかファジーすぎる。それと肉体に対して力が強すぎないですかね?

 なーんか、名前がとってつけた感満載の有機化合物みたいになっているし。


 おかしい。キャラクターメイキングはデジタルでもアナログでもすごく心がウキウキする部分だったはずなのだけれども。こんなにときめかないステ振りは始めてみたわ。


「あ、御飯の時間だ! わたし帰るねー」


「お、ちょ、まとうか」


 ユウは逃げ出した。パタパタパタ。


 ユウのさじ加減は絶妙で、思考の隙間をさくっとついて逃走されてしまった



 罪なやつだ。


 そういば、ひとつ残していった丼はなんだったんだ。気になって中を開けてのぞいて見ると「ほどほどにね」というメモが添えられている。


 それは小さくまとまるように畳んである、淡い空色のパンツだった。


「……く、喰らわねぇYO!」


 あいつめぇ。相手がいないツッコミに価値はあるのだろうか、独り言つひとりごつ


 その日の夕食の席で母親に「あんたたちもう少し色っぽい雰囲気にならないもんかねぇ、いつでもおバカな男子中学生がいるみたいなんだけど」って言われた。


 色色聞かれていたらしい。今日イチ恥ずかしい。転生のトリガーが悶絶死だったらヤバかった。



 余談。ユウは夜半前に数学の宿題と青の二十面ダイスを持って涙目でやってきた。アホや。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る