〇二 君とボクと白の世界
「おはぁよ~ございま~す~ぅ」
朝? 目を開くと薄暗い取調室にいた。カーテンの締め切られた部屋に安っぽいテーブル。そのテーブルを挟んで向い合せに置かれたパイプ椅子。卓上にはスタンドライトが設置されている。
そして、ランプシェードからは黄昏色の光が、卓上に複数置いてある謎の
はぁ、なんで寝てる間に机とか運び込んできてるんだよ。ボクは、どうして目が覚めなかったのよ。ちょっと自分が心配になっちゃう熟睡ぶりだよ。眠りが深すぎるだろう。寝起きの頭で詮無きことを思う。
ぼんやりと変わり果てた自室に視線をさまよわせていると、突然状況が開始されてしまった。
「自己紹介しとくね、ワタシは女神様だから。キミは腹上死したので例の部屋にいるよ~。こっちに来てね~」
と、なんだかくぐもった声で自称女神様のユウが語りかけてきた。
「転生っぽい流れだけど、これどう見ても取調室だよね? あとボク童貞。死因もうちょっと考慮して! そもそも遺憾なことにその死因で逝く直前の記憶がないから。記憶持ち込めないのかよ」
あ、なんか自白しちゃった気がする。恐るべし取調室。雰囲気で自白させるとは。
「あーもー、いちいち細かいってば~。もう
おい、その読み方はやめろ。ぼっちムーブ中の人は社会的に死んでいるみたいじゃんか!
「さっさと職業とステータス決めちゃうから、後ろが詰まっているから。早くしてよね、つーん。ちなみに遺産はワタシのものにするから死後も安心、ラッキーだね」
などと
いや眩しいからね、その光は寝起きにキツイからね。ランプシェードの関係でわりと指向性があるからなおさらだよ。「さぁはけ~」とか言っている。やはり完全に犯罪者扱いじゃん。寝ることは罪じゃないから! だよな?
「ところでユウ、今日はなにをしているのかな」
「えっ、なにかな――――ち、ちがうよ? 女神ですけど」
「今、返事したよね?」
「とんでもない、わたしゃ、女神様だよ~」
はぁ、今日もポンコツだなぁ。しゃーねー、付き合ってやりますかねぇ。
今日のユウは白いファーがついたフードのある淡い空色のコートを着て、太ももの半ば程の丈の下からは、スラッとした綺麗な白い生足がのぞいている。そう白いアンクレットの靴下以外は、下にはなにも履いてないようにみえる。
コートの袖からは指先がちょっとだけ見えて、首から下は実に可愛いらしい装いだ。
「さて疑問なのだが、その頭に被っている真っ白くて気味の悪いのはなんだろうか?」
見た瞬間ビクッとしたわ。悲鳴がでかけたまである。声で誰かはわかるけれども気持ち悪すぎだろ。なんでそんなもの被っているんだよ。まったく。
「火傷が酷くて、ゴム製のマスクが手放せないんだよ~……なし! やっぱりやめ、素顔だよ~」
なし? やっぱり? ふむ、そういう設定か。それでいて女神様なんだ。なんだかなぁ、不心得者すぎないか、不審者にしかみえないぞ。神などといった概念的な存在に対してそれはどうなの、不遜すぎぬか。想像の範疇を超越しておられる。
普通可愛いとか神々しいとかにふるのでは。ボクとユウの住んでいる世界線は同じだよね?
「そもそもだ! テンプレでの転生スタートは真っ白な部屋ってことに決まっているだろうに」
「だ~か~ら~、転生するなら今日しかないじゃんよ~」
えっ、どゆこと?
「窓の外を見てみてほしいよ~」
と言われてカーテンに手をかけて少しだけ隙間を開ければ、昨夜降りはじめた雪が街を白く染め上げていた。
ああ、そゆこと? 芸が細かいな……いや細かいのか? たしかに真っ白だけれども、白銀の世界だけれども、なんか違わね? 腑に落ちぬ。あとどうして窓が開いていたのかな? 流石に寒いから閉めるよ?
「なんで白い部屋なんだろうな? お約束にしても、こうも頻出するからにはなんらかの出典とかがありそうなものだけど」
「ピンクの部屋だったら、えっちいことになるじゃん、バッテン×」
「なるじゃんって、場合によるだろう」
「じゃ、雪がピンクならいいわけ?」
「いいわけって……その発想はなかった」
まったく意味がわからん。いつもの軽口を交えたやりとり。このゆるくてアホな空気は居心地がよいのだけれどね。
それから「まぁ、座り給えよ」といって椅子をひいてくれたので、渋渋ではあるけれども布団から抜け出して腰掛けることにする。ベッドから起き上がりのろのろと椅子に座ったボクを満足そうに眺めながら、開口一番、
「カツ丼クウカ? 国ノカアサンモ心配シテルゾ」と丼を突きだしてきた。
「なんで片言なのか? 寝起きにいきなりカツ丼を勧めるのかよ。しかもその丼の中身スナック菓子じゃん。あとここ自室。つまり自宅的物件いわゆる実家、母さんたちは隣の居間、目と鼻の先、あんだすたん?」
「カミサマノ、イウコトハ、ゼッタイ!」
「わがままだな~、てかそれは王様的なやつだろう」
絶対女神政ですかね。あ、スナック菓子はカツ丼味って書いてありました、変なところが律儀だよ。
それにしても、窓を開けてあったから室温が低くとても寒い。雪の日独特のしっとりとした湿度と底冷えする感覚。雪が音を吸収しているのか、いつもは耳に響く街の喧騒が鳴りを潜めていた。呼気が白く濁る。
「寒いんだけど、どうして暖房つけていないの? いつも自由につけているよね。部屋がものすごく寒いでしょうに」
そんなことをいったら、何故かパイプ椅子をボクの左隣に持ってきてぴったりとくっついて座る。
それからおもむろに身体を寄せてボクの手を握って、自分のコートのポケットに一緒に差し込んでドヤ顔でこういうのだ。
「これであったかいでーす」……ういやつめ。
「女神様(笑)距離が近いです」
「き、気のせいです。いまは魂の状態だから、距離が近く感じているんだよ」
そういう設定ですか、取り調べ感が台無しだけどね。高めの体温とほのかな甘い香りが伝わってくる。鼓動が微かに聞こえるかもしれない距離。
シチュエーション的には最高。けれども、その被りものが視界に入るからときめかないんだよな~、残念すぎる。
やや汗ばんだ手はなんだか離しがたくて、互いの体温を交換し合うことしばし。やがてできたあがった、変な間を埋めるように、ユウが別の丼を開けながら「好きな紙を一枚選んでほしいなぁ~」と言ってきた。
「え、これはなに?」
「職業選択の自由くじだよ。女神様がせっせと五分ぐらいで
まめなのか雑なのか。二つ折りのノートの切れっ端が丼の半分ぐらいを埋めている。なんにせよくじを引かなかったら話も進まないだろうし、なにかを期待しているような視線には抗えない。
意を決して器の中から一枚を掴み取って中身をのぞく。
「……サーバントってなんだよ」
「問おう、お前がわたしのサーバントか?」
「いきなり召使い扱い、むしろ奴隷的な印象すらある! 断固としてやり直しを要求したい」
「えー。わがままだなぁ。職業なんて一期一会だよ」
「四の五の言わずにひかせんかい!」と丼にさっと手を伸ばすと。
「きゃ~、ワタシの大切な
まぁなんとかもう一枚引かせてもらったけれども。
「で、こいつはなんだい?」
「えっと、
ふむ。え・が・お、なのかな、見えないけれども。
「これは職業ですか?」
「いいえ、違いますか? にこっ」
超いい笑顔(予想)で、ノータイムで、疑問形で、返答された。
「にこっ、じゃねぇぇぇ。棄却します。まともな職業も入ってるんだよね?」
「も、もちろんだよ」
なぜ、目(顔?)を逸らす。ならない口笛も吹かない。マスク越しにコーホーいっててベー◯ー卿みたいになってるからな。
蓋をしてさっと机の下に隠さない。
「ちょっとその丼をこちらに貸しなさい。調べたいことがあるから」
「きゃー。ワタシの……を隅々まで調べるだなんて~変態ですぅ」
ちょ、言い方。言い方に気をつけて! おーい、ここは実家。母さんどころか家族たちみなに聞こえてしまう。
「えーっと、大発表します。従者、従僕、奴隷、召使い、サーバント、雑魚、肉壁、ぱしり、荷物持ち、ポーター、犯罪奴隷、性奴隷、学級委員長、ラノベ作家…………うん、このへんは全部奴隷!」
「えへへ、がんばって考えた!」
平たい胸をはるなよ。この女神様(自称)はなんでちょっと頑張った感だしてるんだ。
「あと気になってるのが、いくつもあるんだが。棍棒、綿棒、せんめんきとか無機物ですから、自立行動不能、活躍の方向性がわからないよ。脱脂粉乳とかもうぎり食品、吹けば飛ぶしね。そもそもノット生命だからね。オケラは昆虫な、一文無し的な意味合いじゃないよね?」
ボクは問い詰めるようにライトをユウに向ける。ビクッ。白いマスクの怪人と目があってしまった。嫌すぎ。とりあえずこの駄女神のマスクを剥がして人に落とそう。
「い、いや。
そうだね、頭に被っているのはね。
「えーい、さっさとぬげぇ~」
「きゃ~ぬがさないで~いやらしい手つきだよぅ~」
ちょっとお前さん。ボクにもまだ立場があるんだよ?
はぁはぁ。結局
実際問題、転生するなら職業をちゃんと選びたいかな。中世ベースの世界なんて、普通に死にやすい世界だと思うんだよね。
いや死にやすいではなくて、むしろ生きるのが難しい気がする。特に現代人なんか。
「じゃ、次はワタシね」
「えっ、女神様も転生すんの?」
「丸裸にされちゃったワタシはもう神ではいられないから……」
「服はきてますからねー」
「うへへ、誰に説明してるんだろうねぇ」
こ、こいつめ、わかってやってるな。
「わたしはビキニウォーリアー! これはゆずれないよ~」
えっ、なんでユウは希望の職業につけて、ボクはくじびきだったの? しかも就職しなかったよね、ボク。モヤモヤ。というかボクのツッコミスルーされてるよね?
あと、戦士でよくね?
「ビキニにまだこだわってた? まぁよしんばその職業があったとしてだ、有象無象にユウのビキニ姿を見られるのは心情的にいやなんだけど」
もちろんボクはみたいけれども、ども!
「へーきでーす! バカには見えないビキニだから!」
「アホ、それだと全裸になっちゃうからな!」
「あっ、またアホって言った! ち、違うもん。えーっと、…………あ、あれだから認識阻害ってやつだから」
今、考えたろう、それ。
「それに、認識阻害だとボクにも見えないじゃないか!」あ、ちょっと語気がつよくなっちゃった。
「と、突然、な、なに大きな声を出しているのよぅwww ど変態だよぅ」
多機能にも程がある。ビキニの全能感と信頼度どうにかしろよ。とかぶつぶつ言っていたら「しかたないなぁ」といいながら立ち上がって、ユウはおもむろにコートを脱いだ。
コートの下はビキニだった。うん、靴下とビキニ。白い肌が際立つ。眼福。
「えーっと。きゃ~~おまわりさ~~~~ん!」
うむ、夢かな、妄想かな、やはり死んでたのかなぁ~。実は幼馴染が露出狂だった白銀の日の朝。オカアサンガ、悲シンデルゾ。
なんで雪が積もった早朝に外に行かないんだよって思ってた。普段雪の降らない都心部に住んでる人の殆どが、いい年した大人ですら、ワクワクしちゃってなんだかんだ理由をつけて新雪に足跡を残しにいくのがお約束だろうに。
というかいつも率先して外にボクを引きずり出す役目の代表格だと思っていたのだけれども、コートの下がこれでは行かないよな。寒いし。とりあえず寒いから暖房つけて物理的にもっと暖かくなろうよ。
なぁ、知っているか、この娘ちょっとヘンなんだぜ。
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