わけも わからず こうげきした! 3

 日曜日、平野は竜宝の護衛で駅前のビルに同行した。会議室の中には入らなかったし、入ったとしてもよく分からなかったと思うが、なにやら小難しい話を延々としているようだった。

 料亭での会食を挟んでビルに戻り、午後三時にはお開きになる予定である。


「平野」

「はい」


 待機中に声を掛けてきたのは金井ではない。今日は金井は休みを取っていた。代わりに、普段は竜宝の父に付いている桂木かつらぎが入っていた。

 桂木は三十をとうに越えたベテランの護衛だ。と言っても、御ノ道家に入ったのはそう昔のことではないらしい。平野はそのあたりのことをよく知らなかった。痩せ型で、横幅は平野より細いが縦には長く、どこか蝋燭のような印象を受ける男だった。

 平野が桂木の方に目を向けると、彼は目を細めて張り詰めた表情をしていた。


「そろそろ時間だ。車を」

「分かりました」


 頷いた平野がエレベーターの方へと足を向けた。

 その時だった。


 ボンッ!


「っ?!」


 小さな爆発音が聞こえた。バッと振り返った二人の視線の先で、白い煙がもくもくと湧き出てくる。

 竜宝がいる部屋だ。


「竜宝様!」


 桂木の方が先に部屋へ突っ込んでいった。平野も即座に後に続く――続こうとして、咄嗟に踏みとどまった。

 パニックを起こした人々が塊になって駆け出てくる。その中に紛れていたら、すれ違う可能性があると思ったのだ。

 サイレンが鳴り、スプリンクラーが起動する音が聞こえた。

 最後の一人がずぶ濡れになって部屋から出てきた。


(――いなかった……?)


 こちらもずぶ濡れの桂木が部屋から顔を出した。


「平野! 竜宝様はそちらにいらっしゃるか?!」

「いいえ、いらっしゃいません!」

「なんだって?! 見落としたんじゃないのか?!」


 激高しながら詰め寄ってきた桂木に、平野は必死に言い募った。


「いえ、確かに見ていましたが、ここを通った方々の中に竜宝様のお姿はありませんでした」

「なんだって……? それじゃあ……――」


 桂木が言葉を詰まらせ、苛立ったように首の後ろを掻きむしった。

 その様子を見て、平野も察する。自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。


「あの、桂木さん、まさか――」

「――ああ。竜宝様のお姿が消えた。連れ去られた可能性もある」

「そんな……っ」

「私はこの辺りを捜索する。お前は本社に連絡して、ここの防犯カメラをチェックしに行け!」

「はい!」


 平野は素早くスマホを出しながら、踵を返した。



 報告を済ませてビルの管理室に駆けこむ。

 防犯カメラの映像を再生してもらうと、すぐに竜宝の姿は見つかった。会議室から出ていくところは白煙に覆われて分からなかったが、一つ下の階の非常口から入ってくる姿。エレベーターに乗る姿、そして数分前に裏口から出ていった――


「――……え?」


 見覚えのある女性に手を引かれて。

 私服だし、キャップを目深に被っているが、間違いない。間違えるはずがない。


(美山さん……?)


 平野の頭は真っ白になった。


(どうして美山さんが? 何のために? 美山さんだから竜宝様はついていったのか? けれどどうして、なんで……?)


 見間違いだったかもしれない、と思って何度も再生を繰り返した。が、やはり見間違いなんかではない。間違いなく彼女は美山美玲その人だ。


(どうして……)


 そういえば、一週間前に会った時、なにか思い悩んでいるような様子だったと思い返す。これのことを考えていたのだろうか。しかし彼女は竜宝の父からなにか封筒を受け取っていたはず。


(あれの中身が、このことだった?)


 だとしたら、竜宝が大人しくついていっていることにも頷けた。いくら知り合いだからといって、竜宝を引っ張っていくのは難しいだろう。だが彼の父親の命令だとしたら話は別だ。


(……でも、なぜこのタイミングで、あんな派手なことをして……?)


 何かが頭に引っ掛かった。何かが――


「――……ん?」


 平野はふと気が付いて、画面を止めた。

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