私に任せてください! 3
喫茶店を出てふらふらと歩いていく。真っ直ぐ家へ戻る気にはなれなかった。
(うーん……とりあえず言われた通りにするしかない、か……あと私に出来ることって何かあるのかな……やっぱこういう時に王子の連絡先を知らないって不便だよね……)
そんなことをぼんやりと考えながら、どこへともなくさまよい歩く。
歩くっていうのは案外考えをまとめるのに向いているんだ。……まぁ、まとめるほどの考えもないし、まとめたところでどうにもならない案件であるのは確かなんだけど。
(……平野さんを傷付けるような事態だけは絶対に避けなくちゃ……)
そのためだったら本当に、何でもできる。
話術だって磨くし、スパイだって務めきってやる。
(必死になるよ、そりゃ。好きな人のため――恋してる自分のためだもん)
最初は一方的な一目惚れ。
でも少しだけ近付けた今は、平野さんのもっと深い部分が好きだ。
(見分けてくれるし、助けてくれるし……)
――そういえば、あの時言いかけたことは一体なんだったんだろう。
『美山さんは何のために――』
「美山さん?」
「わぁっ?!」
突然後ろから声を掛けられて、私は跳び上がった。
慌てて振り返る。
「あ……すみません、驚かせてしまって……」
「ひ、平野さん……?!」
ジャージ姿の平野さんが申し訳なさそうに眉尻を下げて立っていた。
そっか平野さんの家ってここからそう遠くないし前に山で会った時のことから考えればランニングコースがこの通りであってもおかしくはない! うわー!
私は顔が真っ赤になるのを自覚しながら、両手を挙げた。
「いえ! こちらこそすみません、驚いちゃって! ――平野さんは、ランニング中でしたか?」
「はい」
「今日はお休みの日ですよね?」
「ええ。休日だとずっと家でのんびりしてしまうので、少しぐらいは動かないとと思いまして」
家で……のんびり……可愛い……っ!
平野さんと“のんびり”って単語の組み合わせが可愛いよねもう有罪。ギルティ。こんなに背が高くてがっちりしていてザ・体育会系(強豪野球部)って感じのお人が家でのんびりしてる姿なんて想像するだけで、うっ、鼻血が……(注:エアー)。
自制心へ緊急フル稼働を命じて私はなにくわぬ顔を作った。
「美山さんは、学校だったのですか?」
「え?」
尋ねられてはたと気が付いた。そーだ私今制服着てんだった……。
「あ、はい、その、ちょっと用があったもので」
「……竜宝様に関係することですか?」
少し気兼ねしたのを振り払ったような態度でポツリと聞かれて、私は返答に詰まった。
やっばいなんて答えよう?! 少なくとも肯定は出来ない! 平野さんから王子へ報告がいく可能性があるし、そうしたら次の金曜日に追及される。そうしたら絶対に誤魔化し切れない! かと言って否定したら、それは嘘になるし、なにより言い訳が見当たらない……!
答えあぐねて思わず俯いてしまう。
(ああ、平野さんの前なのに……もういっそ全部ゲロってしまいたい……! いやでも何かあったら困るのは平野さんだしでも今ここで黙っていることで変な女だとは思われたくない嫌われたくないああああくそどうしよう……っ!)
「あの、美山さん」
困ったような声が聞こえたから、私はそろりと顔を上げた。
平野さんの真摯な目が私を見ていた――その事実だけですでに頭が狂いそうだった。心臓がばくばくと脈打って、もう上がらないと思っていた体温が限界を超える。
なのに、
「私が、何かお力になれることはありますか?」
「……え?」
さらなる衝撃に襲われて、ついに私の息は止まった。ぴたりと止まった。
「竜宝様のご指示では、その……私には言えないこともあるかもしれませんが……それに、私も仕事中は、どうしても優先順位がありますが……今は、オフなので」
「っ……」
「何かお困りでしたら、話していただけませんか? ――あ、プライベートのことを報告することはありませんから、どうかご安心ください」
「平野さん……」
私は歓喜のあまり泣きながらすべてを話してしまいそうになった。本当に本当に本当に、なんて優しいお人なんだろう! なんて素晴らしい大人なんだろう!
私なんて平野さんからすれば、仕事上傍にいる人間の同級生、赤の他人どころか透明人間にも等しい存在であるはずなのに。しかもこんなに地味で普通でなんのとりえも特徴もないのに。
オフとかなんとか建前を使って、こんなに気を配ってくださるなんて!
(駄目だ……駄目だ、話しちゃいけない!)
私はぎゅっと口をつぐんだ。
(この人の幸せを守りたい……私のことを気に掛けてくれる平野さんを、今度は私が守りたい!)
心は決まった。いや、本当は最初から決まっていたけれど。
もうこれで揺れ動くことはない。
「ありがとうございます、平野さん」
(でも、ここは――私に任せてください)
「私は大丈夫です! 平野さんにそう言っていただけるだけで、なんでも出来る気がしますよ! お休みのところ失礼しました。では、さようなら!」
私はパッと平野さんに背を向けた。これ以上ここにいたら、全部話してしまうのも時間の問題だと思ったからだ。
急いで走り去った私を、平野さんがどんな目で見ていたかなんて考えたくもなかった。
今の私は、これから始まる戦いに備えることで頭がいっぱいだったのだ。
唸れ、私のステルススキル!
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