私に任せてください! 2
ポストから郵便物を取って部屋に戻ると、即座に私は黒い封筒を開いた。いやだって怖いじゃん?! 怖いもんは早めに処理するのが鉄則!
「なになに……? えーと……え?」
黒い封筒の中身は、カードが一枚と写真が一枚。
『御ノ道竜宝に関して話がある。明日午後三時に“カフェ・灯篭”に来るように』
文章はとってもシンプル。
だがそれが逆に怖い。
なぜって、同封されていた写真には――
「平野さん……と、妹さん、だよね、この子……」
明らかにオフショット――というか盗撮だと分かる構図の二人が映っていた。
私は自分の心拍数が跳ね上がるのを感じた。血の気が引いていくのも自分で分かった。
(これ、明言してないけれど、絶対によくないことだ……! でも明言してないから、警察にも駆けこめない……!)
何を勘違いしているんだ? 漫画の読み過ぎでは? とか言われてそれでおしまいだ。くっそ、なんて巧妙な!
(どうしよう……どうしよう?! これ、明日私が行かなかったら、どうなるんだろう……というかどうして平野さんのことが……私のことが? これを出してきたのは誰? 王子に関する話ってなに? ろくなことじゃないのは分かるんだけど……)
ヤバい。怖い。
私はソファの上で、自分の体を抱き締めてうずくまった。
(なんで……なんで、こんなことに……?)
私はただ平凡に恋してただけなのに!
平々凡々の平子ちゃん。それが私だ。誰からも認識されない、究極の“普通”。漫画だったら輪郭しか描いてもらえないようなモブ。
なのにどうして、放っておいてくれないんだろう。
(……モブのくせに、出しゃばったから……?)
認識されるようになってしまったのかな。ステルススキルが消えつつある? そうしたらどうなってしまうんだろう。存在がないことが存在意義だったのに、存在が出てきてしまったら?
――……なんだこの悲しい妄想。
カードを放り出し、ソファに勢いよく寝っ転がった。
その拍子に手が当たって、持ってきていた郵便物がばさりと落ちた。
「あー……」
片付ける気にもならない。
「……ん?」
散らばった郵便物の中に、極彩色のポストカードがあった。
間違いない、あれは――
「お母さんからだ」
私はのそりと手を伸ばして、絵葉書を拾った。なんだかよく分からない前衛的な絵がどびゃあんと描かれていて、どこにいるのかなんてまったく分からない。普通こういうのってその場の有名スポットの写真とかにするもんじゃないの?
なんて一般論、お母さんに通用しないことは分かっている。
(ええと……アメリカ……ニューオーリンズ……)
そういえばグアテマラから北上するって言ってたな。資金は大丈夫なんだろうか? まぁこうやって葉書を寄越すくらいなんだから、大丈夫なんだろう。
文面を見る。
『現地マフィアの小競り合いに巻き込まれて死にかけたわ! この通り生きてるけど! 銃を向けられるのって本当に怖いのね! それがない日本って最高じゃない?』
……資金どころの騒ぎじゃなかった……。
「マジかお母さん……いや、でも、うん……元気そうで、何より……?」
現地マフィアの小競り合いにどうやったら巻き込まれるんだろう。そして銃を向けられた、って。笑い事ではないような気がする。
「んっ……ふふっ……」
笑い事ではないのに、笑えてきてしまった。
「ふふふふふふふっ!」
現地マフィアの小競り合いと、国内大企業の諍い。
どっちの方が恐ろしいだろう?
(いい勝負……でも銃とかが出てこないだけ、こっちの方がマシかなぁ?)
さっすがお母さん。――そうだ、負けてなんかいられない。私には味方がいる。最悪の場合は王子とか波瑠ちゃんとか羽美子ちゃんに相談すれば、きっとどうにかなるだろう。大丈夫。だいじょうぶ!
私は頭を切り替えた。
(――さて、王様の方は、と……)
鞄から白い封筒を取り出し、封を切る。
中身は――
「……えっ。ちょ……ええー……?」
私はばたりとソファに倒れ込んだ。
これは果たして朗報なんだろうか……?
(うーん……なんだか無駄に忙しくなりそうだな……)
☆
翌日午後三時。
私は言われた通り、カフェ・灯篭にいた。住宅街の裏手にあるがらっがらの喫茶店。制服で来たのは保険だ。万一何かあった時、御ノ道学園の生徒、っていう情報だけは残せるからね。
頼んだホットコーヒーが出てきた頃、昨日と同じ女性が私の前に座った。真っ赤な口紅は昨日と同じで、今日はピンクのパンツスーツを華麗に着こなしている。すげぇな……どこで買うんだろうこんなスーツ……。
「来た、ということは、正しく理解した、ということでいいのよね」
「……さぁ、どうでしょう」
「スマホ、出してちょうだい」
……言われると思った。
私は一瞬ためらったが、眼光の鋭さに負けて、おずおずとポケットからスマホを出した。
起動させていたボイスレコーダーの電源を、その人が落とす。
「スパイの真似事が上手じゃない」
「……」
「次やったら、問答無用で襲わせるからね」
誰を、とは言われなくても分かった。
私は唾を飲み込んだ。
「それで、私に何をさせたいんです?」
「簡単なお仕事よ」
とその人はにっこりと笑った。やらしい笑み。
「次の日曜日、御ノ道竜宝が出掛けるでしょう? それにどうにかして同行なさい。そして護衛の二人を撒いて、彼一人を指定の場所まで連れてくる――それだけよ。簡単でしょう?」
「……簡単じゃないです。彼は警戒心が強いですし、護衛の方々の目は欺けません」
「当然、多少のフォローはするわ。護衛の目を逸らすのはこちらでどうにかする。御ノ道竜宝の説得はどうにかなさい。出来るわよね」
出来ないとは言わせない――そんな目で睨まれた。
ああ、確かに、言えないよ……平野さんの妹さんが危険な目に遭うなんて、想像するだけで怖くてたまらない。正確に言うと、そんな事態になったら平野さんは平野さんを責めるだろう。そんな姿、見たくない。
「……御ノ道くんを、どうするんですか?」
「あなたが知る必要はない」
その人はぴしゃんと跳ね除けてから、「危害は加えないわよ、安心して」と申し訳程度に付け加えた。
「それで、やってくれるのね」
私は重苦しく頷いた。
その人は満足したように微笑んで、バインダーに挟んだ白い紙を出してきた。
「それじゃ、ここに名前と連絡先を書いて」
「名前はご存知でしょう。連絡先だって、手に入れてますよね」
「ごたごた言わないでくれる?」
「言いますよ。そっちが証拠を一切残さないのに、こっちだけ握られたら困ります。……そんなものなくても、あの写真一枚で充分、私には致命傷なんですから」
「そう。そんなに」
その人は私を小馬鹿にするように片方の頬を持ち上げた。――王子とは違う。同じ“小馬鹿”なのに全然違う。
「必死になるって素敵ね」
っ、あ~馬鹿にされてる! めっちゃくちゃ馬鹿にされてる!
私が思わず睨みつけると、その人はフンと鼻を鳴らした。
「じゃ、よろしく。場所は当日連絡するから」
「……わかりました」
消え入るような私の返事を聞いただろうか。たぶん聞いていない。伝票を持っていく程度の余裕は持っているらしい。
残された私はコーヒーをブラックのまま啜った。
すっかり冷めてて、苦味だけが舌の上を滑っていった。私の中身まで真っ黒に染まっていくような気がした。
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