第4章
私に任せてください! 1
翌週の金曜日、私はいつものように王子の車へ乗りこんだ。と言っても、頼まれていたものはすべて終わったのだから気楽なものである。私にとって天国でしかない。
(このまま次の仕事が来なければ最高なんですけどね!)
王子はいつものように偉そうに腕を組んで、澄ました顔をしていた。
平野さんの操る車が滑らかに走り出す。ああかっこいいなぁ!
「話術は磨けたか?」
「一週間程度でどうにかなると思います?」
「どうにかしろよ、つまらないな」
「私は芸人でもピエロでもないんですから」
「知ってる。芸達者な野良犬だろ?」
「ひどい! せめて飼い犬にしてもらえませんか?!」
「犬であることは否定しないんだな」
「それは……否定しても空しいだけかな、って……」
「ふん、分かってきたじゃないか」
満足げなご尊顔。あーくそ、ムカつくなぁ殴りてぇ。
「それで、次の仕事だが」
「あるんですか……?」
「……おそらく」
「おそらく?」
曖昧な物言いをあまり好まない王子が珍しく口ごもった。何なんだろう?
不審がる私をちらりと一瞥して、それから王子は真っ白い封筒を出してきた。
「ここでは開くな」
「あ、はい。……ええと、これは?」
「父からだ」
「父……――えっ、王子のお父様から?!」
王子はちょっと嫌そうな顔で頷いた。
「中身は俺も知らない。だが、お前にしか出来ない仕事だ、と言っていた」
「はぁ……」
私は間抜けのようにぽかんと口を開けたまま、腑抜けたあいづちを打った。
「えっこれ平気ですか? 主に法とか法とか法とか」
「たぶん」
「拒否権は……」
「どうしても無理だと思ったらうちに来い。直談判する機会ぐらいはどうにか与えてやる」
「ひぇ……」
それは実質“拒否権なし”ってことじゃないですか!
王子でもどうにかできないとか怖……怖すぎる……。
「……王子のお父様ってどんな人なんですか?」
「別に。普通の社長だ」
「すんません私が悪かったです」
「どうした急に」
「住む世界が違うということを忘れていました」
“普通の社長”とか言われても、“社長”の時点で普通じゃないと思っている平民にとっては雲の上のお話しでした。
「しかしどうして私なんかに……」
「さぁな」
「えっ、あれっ、そもそもどうして私のことが伝わってるんです?」
「俺に関わることは全部、金井と真柴から報告がいくようになっている」
「あー……なるほど……」
金井さんが助手席からちょっとこちらを振り返って会釈した。私も会釈を返す。
真柴、と王子が呼び捨てにしたのは、取り巻きの中にいる真柴先輩のことだろう。真柴先輩のおうちは王子の家に長らく仕えているらしい。両親ともに御ノ道グループの幹部で、その子どもである真柴先輩は王子のお目付け役兼学友としてずっと一緒にいるんだとか。いやー、ここ本当に現代? 世界線合ってる? 王子の周辺だけ時空歪んでない?
なんでこんなことを知っているかというと、羽美子ちゃんに聞いたからである。王子の取り巻きの中に先輩が一人だけいるんだねぇ、と何気なく振ったらそんな答えが返ってきて、めちゃくちゃびっくりしたことをよく覚えている……。(ちなみに一緒に聞いていた波瑠ちゃんは「アホらし」という顔をしていた。)
「王様、って呼んだら怒られますかね……?」
「俺の父のことを?」
ハンッ、と小馬鹿にするように笑って、
「いいんじゃないのか? とりあえず敬称だしな」
「じゃあ王様と呼びますね……」
ハァー憂鬱。なんだろう本当に。薄っぺらい封筒が物凄く重たい……。
私はそれを鞄にしまい込んだ。
「ところで、美山。お前最近はバードウォッチングに行かないのか?」
「えっ?」
バードウォッチング? なんで突然そんなことを?
「平野から聞いたが、
「……あっ、はいっ! そうです! 趣味です!」
そうだったぁ! バードウォッチングが趣味だって言い訳して咲貴子ちゃんの家を見張ってたのを誤魔化したんだった!
何すっかり忘れてるんだこの馬鹿は、という王子の目線は見ない振り。
「でもあの、最近は暑くて……雨も多いですし……」
「どうせ元々そんな熱中してもいないんだろう?」
「……ナゼバレルンデス?」
「多芸多趣味、広く浅くがお前の持ち味だろうが」
「アハハハハハ……」
分かる……分かるぞ……これはあれだ。どういうわけか知らないが私が“バードウォッチング”中に平野さんに会ったことが伝わっているんだ。それで王子が気を遣ってくれている……私があの言い訳のことをすっかり忘れて、あの山に行かなくなったから! 今後二度と行かなくても怪しまれないように!
王子は私が理解したことを察したらしい。
ニヤリと笑って続けた。
「バードウォッチング自体は悪い趣味じゃないと思うけどな」
「ハハ……ドーモ……」
よーし、帰ったらバードウォッチングについて調べよう!
そして明日は山に行こう! 決ーめた!
☆
平野さんと金井さんに「今日もありがとうございました」とお礼を言ってから車を降りる。
(あ~今日も平野さんはかっこよかった……)
降りる時に「お気を付けて」って言ってくれたし! 部屋までたったの数十メートルなのに!
(気遣いの出来る大人……さすがです、かっこいい……)
そしてあの微笑みね。最高。ちょっと疲れていらっしゃるように見えたけれど、まぁそれはそうだろう。王子なんかの傍に四六時中いさせられたら、疲れるに決まってる。私ごときが言えたことではないけれど、同情してしまうね――
――なんて、考えながらマンションのロックを開けようとした時だった。
ぽん、と肩を叩かれた。
「っ?!」
びっくりして振り返ると、そこには見知らぬ女性が。
紫色のパリッとしたパンツスーツに身を包んだ綺麗な女性。この色のスーツをかっこよく着こなすなんて、すごいな……そしてめっちゃ美人だ。でもなんか顔が怖い。絶対気が強い……波瑠ちゃんとも羽美子ちゃんとも違う方向性で、気が強い人だ。間違いない。
真っ赤な唇がぱかっと開いた。
「あなたが、美山美玲、ですね」
「え……」
知らん人にフルネームを呼ばれる恐怖ったらないね!
思わず固まった私の反応を見て、その人は確信したらしい。にこりともしなかったが、わずかに顎を引いて、ハンドバッグから黒い封筒を出した。
「こちらを」
「え、あの……これは……?」
「見ていただければ分かります。それでは」
と、その人は私に封筒を押し付けて、颯爽と立ち去ってしまった……。
手の中には黒い封筒。
鞄の中には白い封筒。
この二通の封筒は、私に一体何をしてくれるのだろうか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます