私の方を見てほしい! 9
昼休みに王子の軍団に混ざりこむ。彼らはいつも学食でランチをするからね。その移動時が一番近付きやすいのだ。
群衆にするりと紛れ込んでそーっと流れに乗り、さりげなくさりげなく、時々周りの会話に相槌なんかも打ったりしながら、王子の元へ近寄る。
王子は羽美子ちゃんや真柴先輩と話していた。
会話の切れ目を窺って……――
――今だ!
「竜宝様、ハンカチが」
スッと左斜め後ろから差し出す。
「ん? ああ、悪いな――」
とちょっと振り返った王子が、私を見てわずかに目を丸くした。
にっこりとわざとらしく笑いかけてやった私の顔は、果たして引き攣っていなかっただろうか……。
何かを察したらしい王子が黙ってハンカチをポケットにしまったのを確認して、私は再び群れに紛れ込んだ。そっとそぉっと離れていき――するりと脱け出す。
それから自分の教室の方へと戻って……
……戻る途中、どうしても耐え切れなくなって、人気のない廊下の隅で壁にもたれかかった。
(はぁ……はぁああああああ……本当に嫌だ、もう……)
いくらメモを渡すためとはいえ――
――平野さんのハンカチを手放すなんて!
(私のハンカチを渡したら何かしら不都合が生じかねないし……言った台詞も嘘じゃない、“誰の”ハンカチかは言ってないし、ハンカチが“落ちていた”とも言ってない……完璧だよ……くそう……)
霜月くんから貰ったメモだけでなく、私が書いたメモも入れてある。どうしてこうなったのかという説明と、ハンカチは平野さんに謝りつつ渡しておいてほしいという旨を書いたメモだ。
王子はちゃんと説明するだろうし、平野さんも納得してくれるだろう。
……でも……。
(ああああああ……せっかく、お話しするチャンスだったのに……私の馬鹿……)
壁に頭をぐりぐりしてしまう。本当にもう……もうっ!
しばらくは立ち直れそうにない……はぁ……。
☆
メンタルが地盤沈下を起こした私を波瑠ちゃんはとても心配してくれた。だが詳細は語らなかった。語れないよ……語ったら泣いちゃいそうだもの……。
「美玲、自力で帰れる?」
「うん……だいじょぶ……うふふ‥‥‥」
「……不安しかないんだけど」
のろのろと帰り支度をする。波瑠ちゃんは心配そうに見守ってくれている。ああ、ごめんよ波瑠ちゃん。頑張って明日にはメンタル復興させるから……無理かもしれないけど。
「あっ、良かったまだいた!」
ひょいと飛び込んできたのは羽美子ちゃんだ。
「美玲……――あんたどうしてそんな屍みたいな顔してんの?」
「えへへ……ちょっと、ね……それで、どうしたの羽美子ちゃん……?」
「そうそう、聞きなさい美玲。今週の土曜に講演会があるでしょう? なんだかって大学教授の」
ああ、羽美子ちゃんまでその話題ですか……ツラい……。
「光路(こうろ)大学の塩埜(しおの)教授ね。記憶力大丈夫?」
「それぐらい分かってるわよ! 重要なのはそんなところじゃないの!」
羽美子ちゃんは私の肩をガッと掴んだ。
そして耳打ちする。
「来ない予定だった竜宝が突然行くって言い出してね。しかもその後、甘いものでも食べに行こうとか言い出したの。それにあたしを誘ってくれたの!」
「……ああ! それは……良かったね!」
なんという天国と地獄。明暗ハッキリ分かれてしまったけれど、自分のメンタルがひどい状態だからって、人の幸せをけなすほど落ちぶれてはいない。
私はどうにか笑って羽美子ちゃんを祝福した。
「デートじゃん。やったね!」
「で、デート、なんて……!」
羽美子ちゃんは途端に顔を真っ赤にした。
「そ、そそそ、そんなことはないわ! だってボディガードも付いてくるし……あ、そうそう、それよそれ! 本題はここからなわけよ!」
「ほん、だい?」
「そう! ボディガードが付いてくるの! 意味、分かるわね?」
平野さんがいらっしゃるということでしょう? もちろん、分かっておりますとも。けれど私では――
しかし羽美子ちゃんはニヤリと笑った。
「一人ぐらいなら連れてきていいって言ってたわ」
「えっ」
「来るでしょ、美玲?」
「行きます!」
即決0.5秒だった。
天国――ああ、天国だ。地盤沈下の後には天国が待っていたのだ! え? それって死んでる? ハハハハハご冗談を。
(王子……! 羽美子ちゃん……! ありがとう……ありがとう!)
正直手のひらの上で転がされまくっている感じがしないわけではないのだがそんなのもう今更だ!
王子のご所望とあらば!
手のひらの上でタップダンスを踊りまくってやろうじゃあないか!
ぼそりと波瑠ちゃんが「……一回シメた方がいいのかしら」と呟くのが聞こえたが、聞こえなかった振りをした……怖いよ波瑠ちゃん……。
☆
ま、その前に金曜日の報告日があるんですけどね!
いつも通り放課後、コンビニで拾ってもらう。
(ああやっぱり平野さんはカッコイイ……!)
バックミラー越しに見える額がめちゃくちゃカッコイイのだ。イケメンはどこをとってもイケメンなのだ。ああカッコイイ! 最高!
「おい、美山」
「あのメモがすべてです」
「どんどん雑になっていくのやめろよお前。もう少し詳しく話せるだろう」
「……」
私はしぶしぶバックミラーから目を離して、メモに書き切れなかったことをすべて話した。
話し終えると、王子は足を組んで顎に指先を当て、「ふぅん……」といつになく真剣な表情を浮かべて思考の海に沈んでいった。うん、絵になることは認めよう。私の好みではないがな!
(よし、義務は果たした)
と私が再びバックミラーに目をやった瞬間を計ったように
「美山」
「……なんですか?」
不満しか感じていないのを悟らせるように表情に浮かべながら、私は応答した。
王子はこちらのことなどちらりとも見なかった。
「明日の講演会の最中に頼みたいことがある」
「え、断っていいですか」
「ほう、俺の頼みを断る、と?」
「……謹んでお受けいたします」
圧に逆らえなかった……。
王子は唇の端を吊り上げて、酷薄に微笑んだ。
「いいか、今から俺が言った通りに動くんだ。まずこの一件だが……――」
と、聞かされた内容は想像を絶するもので――
私は自分の血の気が引いていくのが分かった。
たぶん、きっと、間違いなく、私の顔色はよろしくない。
「王子……お断り申し上げてもいいですか?」
「つまり、無関係な学生を犠牲にしても良い、と?」
「私は無関係な学生じゃないんですか?」
「いい加減、俺のスパイをやっているという自覚を持ったらどうだ」
「ええ……嬉しくない……」
「とにかく!」
王子は真剣な目で私を見据えた。
「お前の存在が鍵だ。分かるな?」
「や、でも……」
「安心しろ、準備はすべてこちらで整える。保険も用意する。お前ひとりにすべて賭けられるほど安い問題じゃないからな、フォローは任せろ」
そこまで言われてしまったら……
――私はついに頷いた。心底嫌だけれど仕方がない。
(女は度胸、って言いますし、ね……!)
愛嬌だったかもしれない。まぁ些細な違いだ。
ただ、一つだけ、怖いことがある。
「……この件、波瑠ちゃんにばれたらどうなると思います?」
「……何があっても絶対にばらすな」
そう言った王子の顔も、心なしか青ざめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます