私の方を見てほしい! 7
霜月くんはその日の放課後に見つかった。めちゃくちゃアッサリ。
(うわぁ……マジで坊主頭になってた……こりゃ見つかんないわ。仕方ないね)
生徒会から
貸出窓口で白音さんと話している男子。彼が、霜月七星くん――
(……うん、あれは、間違いないね)
私の乙女センサーがびんびん反応している。
(彼、白音さんに恋してるな……!)
なんだ片想い仲間じゃないか!
そう思ったら一気に親近感が湧いてきてしまった。なんだよもう、なにが怪しいってんだよ王子のばーかばーか。
(でも、これを報告したところで『それで?』って言われそうだな……)
そういう奴だ、王子は。何を探れと言わないくせに、言葉以上の成果を求めてくる暴君。
(ったく、仕方がないなぁ)
白音さんに手を振って、霜月くんが図書館を出ていく。心なしか足元が浮いているように見える。いやぁ、分かるよその気持ち! 嬉しいよね!
私は彼の後を付けて、中等部の校舎に入った。
☆
鞄を持っていなかったから、きっと一旦教室に戻ってから帰るのだろう。
そう思って来たのだが。
(ん? 鞄を持って……どこに行くんだ?)
彼は靴箱とは逆の方向に歩いていった。
警戒するように周りをきょろきょろと見ているから、私は必要以上に距離を開ける。カモフラージュに書類っぽい紙の束を持ってきておいて良かった。これでうろついていても、何か用があっているんだなぁとしか思われないはず。
だが、彼はどんどん人気のない方に行ってしまう。
(これ、ばれたら一瞬で特定されるな……)
警戒している人間の尾行は難しい。
行った方向をなんとなく覚えておいて、姿が消えてから数秒待って、ようやくこちらも歩き出す。曲がり角では一旦停止。傍から見ればちょっと怪しいけれど、そうしないと駄目だ。
幸いにして、もう校舎の中に残っている人はほとんどいない。
(……いや、幸いじゃないな。いてくれた方が私としては楽だったんだけど……)
向こうが人目を気にしている以上、それは無理な望みだろう。
しばらくついていくと、彼はある部屋の前で立ち止まった。
(振り返る!)
その前に私はひょいと女子トイレに身を隠した。
失礼します、という声が遠くから聞こえた。中に入ったらしい。
私はトイレの中で壁にもたれたまま、じっと考え込んだ。
(あそこは……生物教員室、だったかな? 確か)
この学園、有り余る富に任せて一人の先生に一つの研究室を設けている。先生からしてみれば一国一城の主みたいなもんだ。最高だろう、たぶん。
(誰の研究室だっけ……)
まぁそれは後で調べれば分かること。
問題はなぜ、何の用があって、霜月くんがそこに入ったか、だ。
(誰かに何かを頼まれてる様子はなかった。質問があったのかな? でも、図書館に寄ってからわざわざ戻ってくるかな? 遠回りじゃん。先生にこの時間に来るよう呼ばれていた? ――どちらにせよ……)
……あんなに警戒していた意味が分からない
絶対に誰にも見られたくない、という感じだった。
(やましいこと、秘密にしたいこと、ばれたらマズいこと……何だろうね?)
しかもそこに先生が関わってくるとなると、けっこうな大事かもしれない。
(室内を覗ければいいんだけど……ちょっときついな)
ばれたら私の身が危ない。いじめ事件のような目にはもう絶対に遭いたくないのだ……!
すー、と扉の開く音がして、「失礼しました」という霜月くんの声。
「じゃ、気を付けて帰るんだよ」
「はい。さようなら、
伊駒先生!
(中等部の時に習ったなぁ。いっつも眠くなっちゃったけど……絶対にあの人の声からはアルファ波が出てるに違いない……)
温厚で良い人だ。そろそろ四十歳、というくらいだったはず。中肉中背で身長はやや小さめ。分厚くて大きな丸眼鏡と、目の横のほくろがチャームポイント。品良く刈り込まれた髪に、少し若白髪が混ざっているのが落ち着きのある印象を作り出していた。確か図書委員会の担当の先生だったと思った。
(懐かしいなぁ)
なんて、懐かしんでいる場合じゃない。
霜月くんは廊下を小走りに通り過ぎていった。帰りは周りを見回していなかった。もう誰もいないと踏んでいるんだろう。
(……ま、ここまで分かれば上等か……)
王子にも厭味は言われないだろう。言われたとしてもそこまでじゃないはず。
(なんで伊駒先生が関わってくるのか、とかは、王子が探ってくれるでしょ。……たぶん)
そこまで探れとか言われたらどうしよう……――
なんて思いながらトイレを出た瞬間。
ポン、と肩を叩かれた。
「うわっ、ひゃいっ!」
持っていたものをぶちまけながら、私は振り返った。
「こんにちは」
「……こ、こんにちは……」
伊駒先生……!
顔面を蒼白にする私を見下ろして、先生は困ったように微笑んでいた。
「えっと……見覚えのある顔なんだけど、ごめんね、ちょっと名前が出てこないな。何さんだっけ?」
「……み、美山、です」
「ああ、ミヤマさんね、ミヤマさん。うんうん、覚えてたよ」
はいダウト~それはまったく思い出せていない人の反応です! 五万と見てきたから分かるのです!
――とか言ってる場合じゃねえええええ! どうすんだこれ?! どうすればいいんだこれ?!!
「ところで、ここで何をしていたのかな? 君、高等部だよね?」
「えっとー……ちょっと、書類を……届けに来たんですけど……」
こんな真正面から聞かれることは想定していなかったから何を言っていいのか分からない……マズい、これは……詰んだ……?
「中等部に来るの、久々で……ちょっと、迷っちゃって……」
駄目だ、駄目だこんな理由で、見逃してもらえるわけが――
「誰のところに行きたいの?」
「……くっ、黒田先生、です……」
咄嗟にひねり出したのは、中等部時代一番仲の好かった国語の先生だ。彼女だったらきっと、突飛な話も受け入れて、合わせてくれるに違いない……!
伊駒先生は穏やかに目じりを下げて、
「ああ、黒田先生なら、一つ下の階の南側だよ」
「そ、そうでしたっけ、そうでしたね! そうだった! ありがとうございます!」
「でも今日はもうお帰りになったと思ったけど」
「えっ、あっ、そうですか……! じゃあ明日にしようかな、あはは!」
私はへらりと笑いながら、落とした書類を拾い集めた。とにかく今はできるだけ早くここを離れたい……!
「教えてくださってありがとうございました! では、失礼致します! さようなら!」
一息に言い切って頭を下げると、私は脱兎のごとくその場を後にした。
☆
(ふぅ……焦ったぁ……)
帰りの道中、私は溜め息ばかりついていた。あんなに焦ったのはいつ以来だろう。そうそうない焦りだったし、そうそう経験したくもない焦りだった。
(……それだけ先生も警戒してた、ってことか……)
何かある。間違いなく、何事かある。
(問題は、それをどうやって探るか、ってことなんですが……――)
先生の個人研究室には最初から鍵が付いていない。侵入は簡単だ。でもだからこそ、そんな場所に重要な情報を残しておくとは思えない。ハイリスクノーリターンな感じがする。
ならばどうするか?
(――……んー、わからん! もういいや、王子に投げよう! 別に今日明日で何か起きやしないだろ!)
私は匙を投げた。
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